第3話 ここはどこ
そのころソニアは、思いがけない場所に迷い込んでしまっていた。
休憩時間になり、二人ですぐ客席からドアを開けて、廊下に飛び出しカウンターに向かった。ソニアはリンゴジュースの入ったグラスを持ち、どこで一息つこうかときょろきょろしていた。イザベラは、フレデリック王子を見つけ傍へ走って行ってしまったが、王子には特別興味がない。王子が自分のような娘を相手にするはずもないのだ、と姉の行動がばかばかしく思えてその場を離れたかったのが本当のところだ。案の定、王子の上には灰色の雲がかかっている。これは、ソニアの頭の中に見えただけだが。彼女には未来の運命が色となって脳内に現れるのだ。だからと言って気にする必要は無い。
反対方向へ歩いていくと、客席の脇の通路の方へ戻ってしまうが、そのわきに関係者以外立ち入り禁止という表示があった。その表示の向こうには、出演者たちの控室や、舞台衣装やセットなどが置かれた場所があった。
―――へ――え、この向こうに出演している人たちがいるのね
扉一枚隔てた向こうにあこがれの出演者たちがいるのかと思うと、自然と胸が高鳴った。
―――なんだか覗いてみたい!
そう思いながらも、じっと扉を見つめる。扉はほんの少しだけ、隙間が空いていた。そこから片目だけをぴったりとくっつける。薄暗い中で何かが動く気配がある。人や物が移動して、次の場面の準備をしている。見つからないようにと念じながら、隙間にくっつけた片目に全神経を集中させ、人の動きを追う。お目当ては、ジョージだ。黒い衣裳を着た歌手の姿が次第に大きくなる。
「あっ、まずい!」
ガタンとドアが開けられて、背の高い男性が目の前に現れた。その瞬間に物凄い衝撃が体中に走った。これはただならぬことが起きる前兆かもしれない。脳内に色が見えるだけではなく体に衝撃が起きることもあるのだ。
「君は……ここの女優さん?」
「い、いえ! わ、わ、わ、わたしは怪しいものではありません!」
「こんなところから覗いてるなんて、十分怪しいじゃないか……」
「あああ、すいません、出演者に会えるのではないかと思って、つい……」
ジョージは、ソニアに有無を言わせず腕を引っ張り中へ入れると、バタンと扉を閉めた。彼の上には、輝く星が見えていた。これは彼がスターだから当然なのだと、納得した。彼の将来も輝いているのだろう。
「他のお客さんに見えるでしょ」
ソニアは、薄暗い通路へ引きずり込まれた。
「ここは……」
「君の想像していた通り、楽屋やステージの脇へつながる通路。そう思って覗いていたんじゃないの?」
「ま、まあ、そうですが……」
ソニアは、そのまま追い返されると思っていたので、引きずり込まれてしまってもドキドキしながら様子をうかがっていた。なぜ、一般客の入れないところへ招き入れてくれたのだろうか不思議に思いながら。薄暗い通路では、衣装や小道具などを持った人が行き来していてそこに誰がいるかを気に留める様子はない。階段を昇るとステージに出られるようになっている。下っていくと回り舞台を回転させる仕掛けがあり、出演者はそこまで降りることはできない。通路をさらに進むと楽屋や衣裳部屋があり、かなり複雑な造りになっている。初めて見た舞台裏にソニアは興奮していた。しかも目の前にあこがれのジョージがいる。
ジョージは、ソニアを見た瞬間女優かと思ったが、彼女の眼には人を引き付ける力があり、顔立ちの美しさが際立っている。今日の主演の歌手よりも美しいのではないかと思っていた。
「あの、今は?」
「休憩時間でしょ。ここでせりふの確認や、次の場面を考えながら瞑想していたんだ」
「お、お邪魔してしまいました」
「そうだね。ちょっと迷惑だったかな」
ジョージは、上から見下ろすようにソニアの顔を見た。本当に迷惑そうな顔をしている。
「あ、あのう。どうすれば許してくれますか?」
「そうだねえ。何をしてくれるの?」
ステージ上では見たこともないような、強い視線で威圧してくる。震えながら持っていたグラスを差し出した。
「あのう。そんなことを言われても、私……」
「じゃあ、そのグラスの中身を頂こうか」
「あ、こ、これは、私のリンゴジュース……」
と言葉を発する間もなく、グラスを取りごくごくと飲んでしまった。
「うまい! じゃあ、後半もお楽しみに! ジュースありがと」
「またここへ来てもいいですか?」
厚かましくも、こんな言葉が出てしまった。ジョージは、再びソニアの顔をじっと眺め、あごをに人差し指をかけ上を向かせた。
「ふん、いい根性してるな。まあいいだろう。さあ、もう行った行った!」
「ああああ……」
ソニアは、今度は長身のジョージにドレスのすそをつままれ外に放り出された。
―――嘘みたい! ジョージに会えたんだわ。憧れのジョージに! やった!
ソニアは、心の中でガッツポーズを取った。
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