第39話 ひきこもる姉妹

 ソニアは、朝食の時以外はずっと一人部屋にこもっていた。イザベラも食事の時に家族と顔を合わせたきりで、日課の散歩もせず部屋で体操だけをしてこもっていた。二人は食事の時に顔を合わせても、気まずくてほとんど会話をすることはなかった。顔を合わせれば何かしら話をしていた二人が、黙りこんだままだ。父ラムジーと母ネリーは珍しいこともあるものだと、不思議に思っていた。

 そこへフレデリック王子がやってきた。突然の訪問に二人は驚き、本人の希望でソニアの部屋へ通した。王子はソニアの部屋をノックした。家族以外が部屋へ来ることはなかったのでソニアは機械的に答えた。


「どうぞ」


「入るよ」


 その声を聴き、飛び上がるほど驚いた。聞き慣れた綺麗な声がドア越しに聞こえた。


「ああああ! フレデリックさま―――! ちょっとお待ちください!」


 どうしよう、寝間着のままだし、化粧もしていない。髪はぼさぼさだ。こんな不意打ちはないだろう。慌てて髪をとかし、せめて口紅だけでもと慌てて唇に塗った。その間一分ぐらいだ。こんな格好でどうしようか。


「早く開けて! 何をしているんだ?」


「あわわわ、はい、もうすぐ……」


 もう着替えている時間はない。早く開けないと……一応人に見られるぐらいにはなっただろう。


「お待たせ……しましたあ。こんな格好ですが……」


「うわあ。可愛すぎる……僕を、誘惑する気か?」


「そ、そ、そ、そんなつもりでは! 早く開けろと言われたので、もう少し待っていてくだされば、着替えられたのにい。やっぱり着替えましょうか?」


「もういい、見てしまったんだから」


 寝間着姿で上目遣いで王子を見ているソニアの姿を、王子はニコニコして上から下まで眺めている。傍へ寄られたソニアはきまり悪そうに下を向いた。


「あ―ん、急にいらっしゃるからです。今日はもう出かけることもできないと、部屋にこもっていました」


「そうだったのか。さぞかし心細かっただろうな」


 ソニアは机の前にちょこんと座り、王子にはベッドに座るよう勧めた。広い場所に座り慣れている王子はそこの方が良いだろうと思ったからだが、王子は座り心地を確かめている。王子のベッド程スプリングは良くない。


「私もイザベラも部屋でじっとしていました」


「やはりリリーが、国王陛下に言いつけてしまった。彼女の言うことは信用できるのだろう。もう隠し立てするのはやめて、すべて白状した」


「すべてと言いますと!」


「最初から……卒業してからの事すべてだ。ジョージが時折こちらへ来て一緒に練習していたことや、彼に頼み込んで舞台に立っていたことを」


 ソニアは、ふ―っとため息をついた。


「さぞかし驚かれたでしょうね」


「ああ、呆れていたよ。顔が真っ赤になった。それでね、僕たちは結婚したら離宮に住むようにと命じられた。でも、また出演しても構わないそうだ」


「離宮……ですか……どのような所なんでしょうか? フレデリック様は行ったことがあるのですね」


「いや、行ったことは、ない。ひょっとすると幼いころに行ったことがあるのかものしれないが覚えていない。だからどんなところかはわからないんだ」


 ソニアは、椅子から立ち上がり王子に跪き、彼の手の甲に自分の手を重ねた。外から来た王子の手は冷たかった。


「でも、国王陛下が行けとおっしゃるのですから、大丈夫ですよ。良い所に違いありません!」


「そうだな、だといいけど……」


 王子は、考え込むようなポーズを取った。


「何か、ご心配があるんですか?」


「いや、別に……そういうわけではないんだが」


 父王は相当の剣幕だったはずだ。すべて王子の一存で今までの事をやってきたのだから。それを、離宮に行けばいいなどと言われて安心できるはずがなかった。フレデリック王子はこれには何か魂胆があるのだろう、と勘ぐっていた。王子はソニアの手をぎゅっと握った。


「さあ、これで外出できないなんてことはなくなった。今まで通り街を歩けるし、また舞台に立つこともできるよ」


「ええっ、舞台に立っても大丈夫なのですか?」


「ああ、もう名前を偽って出演することはない。本名で出られる」


「それは、すごいことですね」


「だから、次のステージもこの間と同じように演じるんだ。心配するな、ソニアは観客の前でも素晴らしい歌が歌えていたし、堂々としていた」


「そう言っていただけると、嬉しいです。イザベラとジョージ様はどうするのですか?」


「もう、彼らはボックス席でフレデリックとソニアを演じることはない」


「リリー様は驚かれるでしょうね。再び私たちが出演したら」


「ああ、いいさ。彼女も呆れるかもしれないが構わない。元気が出てきただろ、ソニア」


「はい、だいぶ」


「じゃあこっちへ座って。僕の隣へ」


 王子がソニアの手を引っ張り、自分の方へ引き寄せた。ソニアは、フレデリック王子の部屋へ行った時と同じように嫌な予感がしていた。また二人で横になってスプリングで弾みんで遊ぼうなどと言い出すのではないだろうかと。


「心配するな」


「……えっ」


「そうだ、一緒に離宮を見に行ってみよう」


「はい。なんだか元気が出てきました」


 ようやくソニアの顔に笑顔が戻ってきて、フレデリック王子はほっとした。ソニアはいつも心配性だな、と頭をなでていた。こうするとさらに安心しきった笑顔を見せる。もっと自分の事を信頼してくれたらもっと可愛い笑顔を見せてくれるのに、と王子はソニアの髪をなでながら思っていた。

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