第41話 エピローグ

 一か月後のある日。劇場ではオペラがいつものように行われていた。出演者を知らせるチラシにはフレデリック王子とソニアの名前も書かれている。名前の後には但し書きとして、いつ出演するかはわかりません、と書かれていた。二人は出演したときだけ最後に挨拶することにした。


「もう隠れてこそこそするのは疲れました!」


 ソニアも、離宮へ行くことが決まり、自分の考えをはっきり言うようになった。


「僕もだ。その代わり離宮とは名ばかりの家で、いろいろなことをする羽目になった」


 街からだいぶ離れたその場所につれて行ける召使は、それぞれ一人ずつ、調理人は地元の夫婦が一組住み込みで働くことになっている。王宮の生活とは雲泥の差だったが、これも国王陛下の命令によるものだった。陛下から見れば、フレデリック王子はまだまだほんの子供のようなもの。二人で力を合わせてこの境遇を受け入れ、何とかやって行けということだ。


「社会勉強ということらしい。王宮でぬくぬくと育ってしまったから、こんなことをやらかすんだと言われた。自分が育てたのに、とんでもない人だ」


 フレデリックは、そんなことを言っているが、困っているようには見えない。こういう生活ならソニアが何とかしてくれるだろうと踏んでいる。


「ソニア、ここには変な噂をする人はいないが、タヌキやキツネに気を付けなきゃいけない。外へ出る時は警戒するんだぞ!」


「フレデリック様まで怖いことを言うんですね」


「外へ出る時は僕に言うんだ。当分一緒に出よう」


「はい、そうしましょう」


 タヌキやキツネが怖いのはフレデリック王子も同じだった。二人とも今までの生活で遭遇したことがなかった。


 それから更に一か月後のある日、フレデリック王子とソニアの結婚式が行われた。

 ジョージにあこがれて劇場へ通い、偶然会えたと思ったら本当はフレデリック王子だった。同じ男爵家のジョージなら釣り合うと思った相手が、全く違っていた。始めは大きな誤算だと思っていたが、あれよあれよという間にここまで来てしまった。


「本当に僕でよかったの?」


「何をいまさらそんなことを言って……」


「だって、いつも僕をジョージだと思っていたから……騙しているような気分だった」


「本当ですか? そんなふうには見えなかったけど」


「まあ、いいですよ、もう。あ、そうそう、一つだけ聞きたいことがあるんですが」


「なんだい?」


 ソニアには、王宮へ行った時から心に引っかかっていたことがあった。パトリック医師からもらった薬を、紅茶に入れて王子に飲ませた時のことだ。


「あのう、いつか王宮で眠ってしまったことがありましたが……あの時私は何を言ったのか、今でも気にかかっています」


「どうしてそんなに気になるのかな? あの紅茶に何か入っていたの?」


「い、いえ、別に何も……」


 王子は、ソニアの反応を面白そうに見ている。


「僕の気持ちを確かめようとしたでしょ?」


「ああ、気がついていたんですか?」


「分からないとでも思ったの。魂胆が見え見えじゃないか。カップを交換したら、ソニアが飲んじゃった」


 ソニアはきまり悪そうに、手を振って否定している。


「じゃあ、私の気持ちを聞いてしまったの? ああん、どうしよう」


「まあ、いいよ。聞かれて困ることは言っていない。それに僕のことを素敵だとか、夢中で何も目に入らないとか、会うといつもドキドキしていると言ってたから許してあげる」


 ソニアは、顔を真っ赤にして怒っている。


「あ~あ、私に飲ませるなんてずるいわ……」


「僕の本心を聞き出そうなんて考えるからだ。僕はいつも、ジョージの代わりなのかなって悩んでたんだぞ」


 王子の方がむくれてしまった。


「もう何も言わないで。ほら」


 真っ赤になって、頬を膨らませているソニアの髪の毛を撫で唇を奪った。これではもう何も言えないし、抵抗もできない。ソニアは、フレデリック王子の一途さに降参してしまった。


 結婚式のパーティーが終わってイザベラとジョージは二人で顔を見合わせた。あんなに夢中になっていたフレデリック王子は、結婚してしまった。いや、目の前にいるのが夢中になっていた人だ。思わずクスリと二人は微笑みを交わした。ジョージが神妙な面持ちで言った。


「人違いをしたけど、名前は違っていても好きなことに変わりなかったんだな、ソニア様は。イザベラ様は、僕を王子だと思って夢中になっていたんですか?」


 一体何を言い出すのだろう、この人は。もう痩せる必要は無くなり、サンドウィッチをぱくついていたイザベラは、思わずむせてしまった。


「ゴホゴホ、何をおっしゃるのかと思えば……」


「王子でなくても構わなければ、僕がお付き合いしますよ――――あなたのお散歩

に」


「お散歩に……ゲホゲホ……ですか」


「まあ、散歩だけじゃなくてもいいけど」


 それを目ざとく見ていたソニアは、姉を肘でつついた。


「どうせ、どなたもお相手がいないんだからいいじゃないのお姉様?」


「なによ、ソニアっ!」


「意地を張らないで……」


 口一杯に入っていたサンドウィッチをごくりと飲み込むと、プイと向こうを向いてしまった。その時は無言だったが……ソニアが去ってしまうと……。


「まあ、一緒にお散歩でもしましょ」


「ありがとう。今のスタイルの方が魅力的だし、健康のためにも……」


 いつも細身の体型を保つために、ストイックに練習に励むジョージが自分のために時間を取ってくれる。イザベラは楽しい気持ちになった。


フレデリック王子とソニアは、離宮へ向かって馬車を走らせた。お付きの人は一人ずつ。田園風景の中を二人で揺られる。ソニアはそっと眼をつむった。頭の中には無数の星が輝いている。そのうちの一つがソニアだった。王子が空を見上げたった一つの星をつかみ取った。

「見つけた、ソニアを」

王子がギュッとその星を抱きしめた。眼を開けてソニアは、一人囁いた。

「どんなところへ行ってもきっと大丈夫です」

「どうしてそう思うの?」

「だって、私は予知能力があるから」

ソニアは不思議な娘(こ)だな、とフレデリック王子はソニアの頭をなでた。こうすると幸せそうな顔をするから。ソニアはうっとりと王子の肩に寄りかかった。 


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舞台裏は大波乱! 東雲まいか @anzu-ice

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