第25話 苦悩の日々
ソニアは、家に着くと部屋にこもってぐったりとしてしまった。早々と、ソニアにとっての本当の普段着に着替え、ベッドに体を横たえた。ソニアの頭の中には、いつの間にかパトリックが現れて、彼と二人で道を歩いていた。二人は歩きながら会話している。
「パトリック様、私はもう秘密にしているのが苦しくなりました」
「何でも僕に話してください。心が軽くなりますよ」
ソニアは、フレデリック王子と出会ったいきさつを話していた。パトリックは時折驚きの表情をしたり、相槌を打ったりしながら親身に話を聞いてくれた。しかし、フレデリック王子と婚約していることだけは言えなかった。それだけはソニア一家と国王陛下とフレデリックだけの秘密だからだ。話したら、相談にはもう乗ってくれないのではないか、という危惧もあった。婚約のことまでは知らないパトリックは、こう言った。
「皇太子殿下は、あなたが歌がお上手なので一緒にステージに立ちたかっただけです。だから、その夢だけをかなえて差し上げればよいのではありませんか。ソニア様は、そのための同士。ですから、ステージでうまく歌うことだけを考えて、練習に励んでください」
「その目的を達成できたら……その後は」
そのあとは結婚することになるのだろうが、それも黙っていた。
「その後は、私とお付き合いください。いいでしょう?」
「はい、素敵ですね」
そうすれば自分の気持ちも楽になるし、秘密を抱えて悶々とすることもない。
「良かった。あなたとお会いできて」
「私も……」
ソニアは、すうっとパトリックの方に吸い寄せられるような感覚に陥った。パトリックの上には、透明な青い空が見えた。すがすがしい方、私はこんな人の方があっているのではないかしらと思い、さらに手を伸ばした。その瞬間、
「ソニア、もう夕食の時間よ! 帰ってきてからずっと寝ていたようね、ソニア」
眼を開けた途端に見えたのは、母親の顔だった。
「あら、つい寝てしまった……もう夕食の時間になっちゃったの?」
「よっぽど疲れたのね。もう準備が出来ているから降りていらっしゃい。あなたの気持ちもわかるような気がするわ。知らない人たちに囲まれて、気が張っていたのよ」
「ああ、そうだったわ。なんだか気疲れしちゃって。パーティーは思った以上に大変だった」
「そうかもしれない、偉い方々が大勢いらっしゃるんだから。本当のパーティーはもっと大勢の人が来るんだから。しかもあなたはこれからは注目の的よ」
「そうなのよね。これからは、もっと大変だわ。全然現実味がないけど」
注目の的という言葉が、重く心にのしかかってくる。ああやっぱり、誰かに縋り付きたい気持ちが、変な夢になって表れた。何か口実を付けて病院へ行き、パトリックに会ってみようか。しかし何の病気だと言えばいいのだろう。どこか具合が悪くならないだろうか。
「さあ、階下で、夕食を頂きましょう。食べれば元気が出るかもしれないわ」
「そうね、今まで大抵の時はそうだった」
ソニアは、頭の中のパトリックの姿を追い払って食卓へ向かった。父のラムジーが、既にテーブルについている。
「ソニア、大変だっただろう。ご苦労だった。お前は我が家の希望の星だ。苦労をかけるがそれだけやりがいがあるというもの、頑張ってくれ」
「はあ、お父様。まだ今のところ大丈夫ですが、私に最後まで務まるか不安です」
「おまえならだいじょうぶだ。いざとなるとお前は強い」
自分のどこが強いのか、ソニアには何も根拠がないような気がする。我が家の命運を自分が握っているのかと思うと、責任重大だとさらに気が重くなってくる。
「お父様、それにお母様やお姉さまも、あまり私に期待をかけすぎないで! 私だって大変なんだから!」
正直な気持ちがあふれ出してきて、三人に向けて大声を出してしまった。その後は気まずくなってしまい、食事は何を食べているのかもわからず、皆一様にソニアの顔色を窺い黙々と食べものを口に運んでいた。明日は気晴らしに散歩に行こう。さりげなく医院のあたりまで行ってみれば、パトリックに出会うチャンスもあるだろう。具体的にどうするかは決めていなかったが、ソニアの予感では、悪いことにはならないような気ががする。会ったときに、目を閉じてどんな色が出るか楽しみだった。
翌朝、食事の後片付けを手伝い身支度をして、外へ出た。家族には、ちょっと近所を散歩するだけだと言ってあるので、イザベラがついてくることもなかった。もっともイザベラは、家でダイエットのためだと、体を動かしていたのだが。
家の前の小道を出て、街の中心へと続く大通りを歩いていく。大通りには出窓のある家や小さな商店が現れ、次第に人通りが出てきた。さらに歩くと店構えが大きくなり賑やかさを増していく。何本かの交差点を過ぎた頃にパトリックが働いている医院が見えた。もう仕事が始まっているのだろうか。すぐ前まで来て窓の中を覗き込む。白衣を着て歩き回る人の姿が見える。離れたところからパトリックがいるかどうか見ていると、気がついた一人がもう一人に話しかけた。パトリックの姿は見つからなかったのであきらめて引き返そうとしたその時、医院のドアが開いてパトリックが出てきた。
「これから仕事なので、準備をしていたところです。やっぱり来てくださいましたね。ちょっとその辺を歩きましょうか」
「お時間大丈夫でしょうか?」
「気になさらないで。最近色々なことを気にしてばかりでしょうから」
やはり、昨夜の夢の様にパトリックのところに来てよかった。この人になら胸の中のもやもやした思いを聞いてもらえそうだ。歩く前に目を閉じると、透き通るような青い空が見えた。大丈夫、と念じながらソニアはパトリックと並んで通りをゆっくりと歩き始めた。
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