第24話 ガーデンパーティー③
いら立ちを込めた声が後ろから聞こえた。
「なかなか戻らないと思ったら、ここにいたのですね」
ソニアは、はっとして振り返った。リリーとフレデリック王子、一歩遅れてイザベラがこちらへ向かって歩いてきた。
「すいません。僕がお引止めしてしまって、ちょっとおしゃべりをしていました」
パトリックが、そういって詫びると、テーブルを離れていった。王子は彼の姿を視界に捉えていった。
「パトリックと話していたのですか。彼のお父上には皆世話になっています。この辺りでは有名な名医ですので。彼も医者でしたね」
ソニアにいった。
「はい、彼もお医者様だそうです」
イザベラが、興味深そうにソニアに訊いた。
「ソニア、あの方ともお知り合いになったの、後で紹介してね」
「えっ、ええ」
リリーも楽しそうにソニアの顔色を見ている。
「ソニア様はすぐにお友達が出来て、羨ましいわ」
テーブルの向こう側には、遅れてやってきたジョージもいた。フレデリック王子は、ジョージに向かって手を上げて合図した。彼はすぐにそばにやって来た。
「お招きいただきまして、ありがとうございます」
「そう堅苦しくなるな、今日は楽しんでいってくれ」
リリーとイザベラも挨拶したが、イザベラはソニアに小声で囁いた。
「あの方、ステージに出ていらっしゃるジョージ様よねえ。なんか、変だわねえ。どこかで会ったことがあるような、無いような」
ソニアは、急いで否定した。
「ステージでいつも見ていたから、会ったことがあるような気がするだけよ。変なことを言わないで、お姉さま」
「そうかしら、どこかでお会いしたことがあるような……」
「あら、お姉さまは初めて会うはずよ。気のせいよ」
イザベラは、ジョージの顔をじっと見つめている。顔のパーツから髪の毛までをじっくりと見ている。
「そうかしら……」
「そうよ……」
「そうね! 勘違いね」
今度は、フレデリック王子の方を向いた。またしても不思議そうな顔をしている。やはり目や鼻口元、そして髪の毛、今まで憧れてカウンターで見ていたフレデリック王子が目の前にいる。そしてまた、ソニアに小声で囁いた。
「フレデリック王子様は、やはり素敵な方。だけど、劇場にいた時とは、なんとなく雰囲気が違うような気がするの。なんだか、あの時よりもよそよそしくなったような……あなたもそう思わない?」
「いえいえ、そんなことはないわ。劇場ではちらりと見ただけだけど、あの時の王子様と全く変わらないわ。お姉さま、気のせいよ。どうかしちゃったの?」
それでも、首をかしげている。もう一度じっと王子の顔を見つめた。イザベラの視線に気づいた王子は、極力表情を表に出さないよう顔をこわばらせた。
「やっぱり私の気のせいね」
「そうよ」
王子は、イザベラに言った。
「イザベラ様は、まだダイエットなさっているんですか。さらにお痩せになって、あと少しでソニア様と同じぐらいの体型になりますよ。それに随分美しくなられた」
「まあ、嬉しいですわ。頑張った甲斐がありました」
王子に褒めてもらいたくて、随分無理をしてきた。食欲に負けてしまいそうになることもが何度もあったが、褒めてもらえることだけを支えにダイエットしてきた。本人から美しくなったと言われて、天にも昇る気持ちだ。やはり自分の勘違いだったのだと、ダイエットの話題が出てようやく納得できた。ダイエットをすると、美しくなると言ったのは王子だった。
「ソニア、やっぱり私の勘違いだったわ」
「当たり前じゃない、お姉さま」
「うふふふ……」
王子に褒められて、ソニアが婚約者だということを忘れて喜んでいる。リリーが、イザベラの様子を見て言った。
「フレデリック王子様は、いつも女性にもてますね。いつもハラハラ致しますわ」
フレデリック王子は意外そうに答えた。
「リリー様、そんなことをおっしゃって。異性に面になるのはあなたの方でしょう」
「ちやほやしてくださる方はいても、本当に心が動かされる方にはまだお目にかかれません。そんな方が一人いれば十分です」
王子は、本心からの言葉なのかどうも信じがたい様子だ。
「ジョージ様、私もジョージ様の舞台が見てみたいわ」
リリーのが言った瞬間、ジョージとフレデリック王子が顔を見合わせた。ソニアもはらはらした。リリーが劇場へ来たら、きっとじっとしていられないで王子のいるボックス席へ行ったり、下手をすれば楽屋にまで入ってきてしまうかもしれない。するとジョージが慌てて答えた。
「ご覧になりたい時は、おっしゃってください。リリーさまのために特別な席をご用意しますので。他の方たちと一緒では窮屈でしょうから」
リリーを、離れた場所に置こうということらしい。ソニアは少しほっとした。フレデリック王子の同士として、いつまで秘密を守り通さなければならない。ソニアはリリーを敵に回すことはできないとさらに緊張感が高まった。
この日ソニアは、リリーという王子の幼いころからの友人と、若い医師のパトリックと知り合うことになった。年配のカップも何組かいたが、名前を名乗り合っただけでそれ以上の会話をすることがなかったので、深く印象には残らなかった。庭を散歩したり、席を移動して親しい人同士で話し込んでいた人々が、テーブルに着きだした。カールトン一家もテーブルの隅の方で四人固まって座った。どうやら会はもうお開きになるようだ。会を取り仕切っていた執事が挨拶をし、皆お互いにお礼やお別れの言葉を言った。
再び次々に席を立ち、出口に向かって歩き始めた。ソニアは、王子に挨拶をしようと傍へ歩いていったが、何組かのカップルたちに取り囲まれて傍へ寄って話すのもはばかられた。小さく手を振り出口の方へ向かった。その後方から呼び止める声が聞こえた。
「ソニア様、今日はお目にかかれてよかった。何か悩み事でもおありですか。ずっと困ったような顔をしていらした。僕でよければ相談に乗りますので、いつでも来てください。大通りをまっすぐ行ったところに病院がありますね。そこで父が開業していますので、僕もそこにいます。いつでも来てください」
パトリックはそれだけ一息に言うと、ソニアの横を通り過ぎた。
「あ、ありがとうございます」
「怪我をしていなくても、いらしくて下さい」
「まあ、パトリック様」
少年のような横顔がソニアのすぐ横にあった。彼は、大股で通り過ぎていった。一人で秘密を抱えて張りつめていた心の糸が、今にも切れそうだった。
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