第二十三幕 夕陽の射手(アーチャー)

「――さてさて、金目の物もいただいたし、こんな所は急いでトンズラ~♪」


「ブヒヒヒーン♪」


 来家一党および脇按使の鵜入を殲滅させた蔵人は、急いで、しかし、どこか意気揚々と白銀に跨って屋敷の門から出て来る。


 彼らがそんなに上機嫌なのは、白銀の背に乗る蔵人の後に金蒔絵きんまきえの太刀や黒漆塗りの腰刀など、ずいぶんと値の張りそうなお宝がたんまり載まれているからに他ならない。


 それはつい今しがた、無人になった来家の屋敷よりついでに頂戴して来た代物である。


「おおーい! 蔵人~っ! 白銀~っ!」


 そんな押し込み強盗とその相棒の耳に、どこからか、よく聞きなれた自分達の名を呼ぶ声が聞こえる。


「ああん?」


「ブヒン?」


 一人と一頭がそちらに鼻先を向けると、案の定、夕日に染まる一本の田舎道をケイルが駆けて来る姿が見えた。


「おお、なんだ小娘。やつぱり心配になって見に来たのか?」


 長い影を引きずりながら急いで駆け寄るケイルに、いつもと変わらぬおどけた調子で蔵人は意地悪に尋ねる。


「べ、別におらが心配してるわけじゃねえだぞ! 慈耀さま達が心配すると思って、おらが代わりに様子を見に来ただ。おらだけなら、おめえみてえな悪党と関わっても慈耀さま達が責められることはねえだろうしな……」


 蔵人の言葉に、ケイルもやはりいつもの如く、そんな意地を張った返事を返す。しかし、夕日のおかげで気づかれずにすんでいるが、けして夕日のせいばかりでなく、その頬はなんだかやけに赤く染まっている。


「そ、そんなことより、どうなっただ!? 来家は? あいつも倒しただか?」


 頬の赤みを誤魔化すかのように、今度はケイルが蔵人に訊き返す。


「いや。他のやつらは全員ぶちのめしたんだが、来家本人だけは取り逃がしちまった。でもまあ、あいつの兵力は完全に奪ってやつたからな。当分は慈耀の坊さんやお前らにちょっかいは出せねえはずだ。あとは俺のことで来家が何を言おうが知らぬ存ぜぬを決め込んで、坊さんが本家と京都守護に没官刑の不法を訴えさえすりゃあ、それで事はうまく収まるだろうよ」


「そうか。なら安心だな……っていうか、おめえ、その荷物はなんだ?」


 蔵人の報告に安堵の溜息を吐くケイルだったが、白銀の背に負われている高価な太刀やら何やらを視界の隅に捉えると、それらの彼には似つかわしくない品を細めた目で注視する。


「あ、いや、これは別に、なんでも……」


 ケイルが見つめるその戦利品を、蔵人は慌てて手で隠そうとする。


「山賊…って言うか、とうとう盗賊になっちまっただな……」


 そんな挙動不審になる蔵人を、すべてを悟ったケイルは軽蔑の眼差しで見つめた。


「ええい! なんとでも言いやがれ! 俺だって生きてくには銭がいるんだよ! 飯も食わなきゃならねえし、白銀だって養わなきゃいけねえんだからな! 悪党の上前撥ねてなにが悪い! 山賊上等だぜ!」


 すると今度は蔵人、開き直ってヤケクソに怒鳴り散らす。


「ついに認めただな……ん?」


 だがその時、何気に白銀へ目をやつたケイルは、驚くべき超常現象を目の当たりにして大声を上げる。


「あああーっ! し、白銀の毛が銀色に……」


 なんと、煤けた灰色をしているはずの白銀の毛が、いつの間にやら本当に名前通りの銀色に変わっていたのだ。


 それは、ケイルの気のせいでも、目の錯覚などでもない。夕日に照らされ、橙色に染まる景色の中で確かにそれは金色に近い白銀色に輝いている。


「んん? ……ああ、なんだそのことか。そういや話してなかったっけな」


 しかし、蔵人はさも当然とでもいうように、平然とした様子でケイルに答えた。


「こいつの毛はな、普段は煤けた灰色をしてるが、興奮したり、長く走ったりなんかすると、汗を含んだ毛に光が反射するせいか、こんな風に銀色に光って見えんだよ。ま、そんなとこから、こいつは〝白銀〟って名付けられたっていうわけだな」


「へえ~そうだっただか……なんか、すげえ珍しい馬なんだな。おめえ」


 その世にも稀なる不思議な話を聞き、ケイルは感心したように白銀の首筋を撫でてやる。


「ブヒヒヒン♪」


 彼女の優しげな手の動きに、白銀は気持ちよさそうに嘶く。


「それにものすごく綺麗な銀色だ……だども、そんな珍しい馬をおめえみてえなもんが持ってるっていうのは妙だな……まさか蔵人! おめえ、どっかのお屋敷から盗んで来たんじゃねえだろうな!?」


 その美しく輝く毛並みに見惚れていたケイルは、突然大声を上げると再び蔵人に疑念の眼差しを向ける。


「人聞きの悪いこと言うな! こいつはだな。俺が…」


「ブルルルル…」


 弁明しようとする蔵人を乗せた白銀は、なぜか悲しそうな調子で鼻を鳴らす。


「あ、白銀、てめえ! なんで今だけそんな声を出しやがる!? あらぬ疑いをかけられちまうじゃねえかっ!」


 慌てて否定する蔵人だったが、ケイルと白銀は何か言いたげな目で蔵人を見つめている。


「ち、違う。そもそも、こいつはだな…」


「白銀、おめえもいろいろと苦労してるだな」


「ブヒヒヒヒン…」


 そして、蔵人の説明も無視し、二人は妙に意気投合して互いに見つめ合う。


「コラ、おまえら! 俺の話をちゃんと聞け!」


 そこには、ここ数日間に渡る蔵人との暮らしの中で、ケイルが彼とともに過ごした、なにげない、いつもと変わらぬ平和な一時が流れていた。


 ケイルは家を飛び出す時、今度こそ、自分の素直な気持ちを彼に伝えようと心に決めてここへ来た……のはずだった。


 しかし、蔵人の顔を一目見ると、やはりいつもの悪態を吐いてしまって、どうしても素直に話すことができない……。


 でも、今のケイルはそれでいいんだと思うようになっている。


 それこそが一番自然で、一番楽しい、蔵人との接し方なのだから。


「やっぱり、行っちまうだな……」


 不意にケイルは淋しげな顔になると、白銀を見つめたままで尋ねる。


「ああ。お尋ね者な上に、地頭の屋敷まで襲っちまったんでな。もうここにはいられねえよ」


 蔵人も優しく、どこか淋しげな微笑みを浮かべながら静かにそう答える。


「もう一度確認しとくが、もし役人に訊かれたら、俺はお尋ね者の大悪党で、脅されて嫌々家に泊めてたってちゃんと言うんだぜ? 仕方ねえ。俺様が悪役を引き受けてやるからよ」


「ああ。ものすげえ極悪人の山賊で、血も涙もねえ最低な野郎だったって話してやるだ」


 口ではいつもの悪態を吐いているが、ケイルのその顔はいつもと違い、とても穏やかな笑みを湛えている。


「おう。その意気だぜ……さ、行くぞ白銀。そんじゃな。坊さん達にもよろしくな。もし縁があったら、また逢おうぜ」


 蔵人は最後にそう告げると、白銀に合図してその脚を踏み出させる。


「えっ……?」



 〝もし縁があったら、また逢おうぜ〟



 予期せぬ蔵人のその言葉に、ケイルは返事も忘れて驚きの表情を浮かべる。


 彼の口からそのような言葉を聞くとは、まるで思ってもみなかったのだ。


 また、蔵人の方にしても、お尋ね者というその身の上から、これまでに一度としてそんなことを口にしたことはなかった。


 無意識に口を吐いて出た言葉だったが、彼自身、なぜ自分がそう言ったのか、実のところわからないのだった。


「ヘン。らしくねえな……」


 橙色に染まる田舎道を、ゆっくりと白銀の背に揺られながら蔵人は彼方へ遠ざかってゆく。


 別に悲しくなんかないはずなのに、その後姿を見つめるケイルの瞳には、なぜだか自然と涙が溢れ出てきてしまう。

 

 そんな涙に滲む景色の中、弓掛ゆがけ嵌めた右手をひらひらと振って、真っ赤な夕日に照らされながら蔵人は愛馬とともに旅立って行った……。



                      (もののふウエスタン 終劇…






 ……………の、はずだったのだが。

 

 ビュンッ…!


 突然、後ろ手に振る蔵人の右手の親指と人差し指の間を、何かが高速でかすめ飛んで行く。


「…ん?」


 旋風つむじかぜが通り抜けたかのようなその感覚に指を動かしてみると、パクパクとしてなんだか変な感じだ。


 不思議に思い、右の手に視線を向けた蔵人は、その手に嵌めた?の親指と人差し指の間が刃物にでも触れたかのように擦り切れているのに気づいた。


「なんだ?」


 そして、その切口の隙間からさらに前方へ目を向けると、少し行った所の地面に一本の矢が突き刺さっているのが見える。


「……ま、まさか…」


 嫌な予感を感じつつ、蔵人と白銀が後を振り向くと同時に。


「とうとう見つけたぞっ! 早射りの蔵人ーっ!」


 そう叫びながら物凄い勢いで近づいて来る、黒毛の馬に乗った阿布脇按頭の姿が彼らの目に映った。


「やべっ! 阿布の野郎だ! チッ…もう来やがったか……白銀、全速力だっ! これ以上、あんな危ねえやつらに付き合ってられっかよっ!」


「ブヒヒヒヒィィーンっ!」


 蔵人の掛け声に、白銀も「がってんだ!」とばかりに一声嘶くと、急加速して疾風の如く走り出す。

 ケイルは蔵人達の姿が見えなくなるまで見送るつもりだったが、そんな悠長な時間は与えられず、彼らはあっという間に遥か彼方へと走り去ってしまった。


 パカラッ、パカラッ、パカラッ、パカラッ…!


「ドウっ…!」


 わずかの後、呆然とその様子を眺めていたケイルのとなりに、追い駆けてきた阿布脇按頭がなぜか馬を止める。


「そこな娘! その方、この輪囲尾民倶荘の領民だな?」


 そして、これまたなぜだか、馬上よりケイルに向けて尋ねる。


「え!? …あ、へ、へえ……」


 突然のことに、ケイルは動揺して正直に答えてしまう。その直後、もしや蔵人のことを問い質されるのではないかと緊張する彼女だったが。


「ならば、他の領民達にも伝えておいてくれ。もと・・地頭の来家留奉はかように卑劣な者であったが、鎌倉様の目指すまつりごとは、けしてその方ら民を苦しめようとするものではない。むしろ、朝廷の不当な支配からすべての民を救おうとなされておられるのだとな」


 ケイルの心配を余所に、阿布はそんなぜんぜん関係ない言伝をケイルに託す。


「は、はあ……」


 その予想外の展開に、ケイルはただただ生返事をすることしかできない。


「それから今ひとつ。その方、もと下司の簾戸慈耀の居所は知っておるか?」


「へ、へえ……」


「だったらこう申しておいてくれ。もし還俗げんぞくして鎌倉の御家人になるつもりならば、地頭としてもとの領地――つまり、この輪囲尾民倶荘を本領安堵する用意はいつでもこちらにあるとな。では頼んだぞ。行けっ! 黒金くろがね! ハァっ!」


 そして、阿布はそう言い残すが早いか漆黒の愛馬を走らせ、もうずいぶんと遠くまで行ってしまっている蔵人達を再び執拗に追い駆け始める。


 その慌ただしい追う者と追われる者の姿を、ケイルは呆然とその場に突っ立ったまま、しばしの間眺めやる。


「グスン……」


 それから涙を手の甲で拭い、夕日に赤く染まった顔に満面の笑みを浮かべると、彼らの走り行く方角に向って大きな声で叫ぶ。


「蔵人~っ! おめえも気が向いたら~! またこの荘に帰って来るだぞ~っ!」

 

 そんなケイルの心からの素直な声が、暮れゆく春の山々に木霊した。


                 (もののふウエスタン 今度こそ本当に終劇)




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もののふウエスタン 平中なごん @HiranakaNagon

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