薔薇の下に埋め戻す結句

梔子の残り香と共に

結局、どんなに難しい理屈を並べ立てたところで、おにいちゃんは、ただ死ぬために、満ち足りるために、誰かを愛し、愛されたかったのだ。

なんとも回りくどい。

なんとも回りくどいけれど、そこに辿たどり着くまで、それ以上の回り道をおにいちゃんはしてきたんだろう。


けれど、たして、私にその「誰か」という大役たいやくつとまったのか。

本当の結末を知っているのはおにいちゃんだけで、そのおにいちゃんはもういない。

テレビゲームにきょうじたり、冗談を言い合って笑い合ったりも、もう二度とない過去の時間。

誰もおにいちゃんを記憶していない以上、私だけの薔薇の下秘密傷痕きずあとのような宝物。


おにいちゃんの部屋を探していた時、そのメモは他のメモと違って、紙束かみたばの山から離れたところに、くしゃくしゃに丸めて投げ捨てられたように床に無造作むぞうさに転がっていた。

唯一、ほとんどが日本語で書かれていたそのメモは、きっと、おにいちゃんが私に書きのこそうとして、昔にしたためたものだったのだろうと、今では思っている。


そこに「うれうことなかれ」と書かれていても、それはどだい無理な話というものであって、まして、こうしてこの唯一の傷痕きずあとをなぞるたびに、晴れやかとは言いがたくも、だからと言って陰鬱いんうつと一言で済ませるにはわたった気持ちがき上がる。


だから、たとえ、もうおにいちゃんが満ち足りていたのだとしても。

とむらいというほどしおらしくもなく、恋というほど甘いものでもなく、執着というにはあまりに呆気あっけなく指の隙間からこぼれ落ちる、感謝と呼ぶにはどこかみ合わない。


ぎこちなくも兄としてふるまってくれた、あの化け物のさかずきに、私はそんな感情をかたむけ、そそぎ続けるしかないのだ。

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