3

「おにいちゃんさあ、なんでうちだったの?」

「……」


単なる疑問でしかなかった。

それ以上でも、それ以下でもなかった。

それは、ちゃんと私の声にも乗っていたと思う。

黙ってごりごりと咀嚼そしゃくしたクッキーを飲み込んで、それでもしばらく黙ったまま、おにいちゃんは何度かまばたきをした。


「……そうだな。うーん、ダメだ。どうやっても、こればかりは後付けの理由にしかならないよ」

「つまり、衝動的かつ通り魔的犯行と解釈してオーケー?」

「……反論もできないけど、人聞きが悪いなあ」


どうしてこうなったかなあ、とひとちながら、おにいちゃんはまたクッキーをつまんだ。

それは狐色きつねいろというには、やや茶に寄っていて、やっぱり焼きすぎだったんだろう。


「……おにいちゃんは、何がしたいの?」


目的を問うと、おにいちゃんは返事をせずに、またごりごりとしばらく焼きすぎたクッキーをくだいていた。

そのまま嚥下えんげして、今までのお巫山戯ふざけが鳴りをひそめた顔で、自分のひざの上のチョコとクッキーの山をしばらく見つめてから、コートと制服を着替えに行こうともせずに待つ私を見上げた。

逃げられないと観念したのだろう。


「それ、いちゃう?」


色の白いは七難しちなんかくすとかおにいちゃんは言ったけど、こういう時にすごみをすのも、また美貌びぼうだった。

その顔を至近距離で見る事に慣れている私も、さすがに一瞬だけ躊躇ためらって、けれどもそれは結局一瞬だけだった。


いちゃう」

「そっか。うん、丁度いい頃合いかもね」


長話になるとさっした私は、おにいちゃんの座るソファの肘掛ひじかけに腰掛けた。


「……僕はね、大枠おおわくで言えば、人間に戻る方法を探してるんだよ」


それは、随分ずいぶんと含みのある言い方だった。


大枠おおわくってどれぐらい? 牧場のかこいくらい?」

辛辣しんらつだなあ。大判おおばん額縁がくぶちぐらいだよ」


それでもかなりの大枠おおわくだろうそれは、と私は思った。


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