3

「おにいちゃんさ、ヨーロッパのって言ってたけど、なんで?」

「時間だけは沢山あるけど、その分大量の思い出があるわけでね、みぃちゃん」

「……ボケ?」

「そういうわけではない。そういうわけではないよ、みぃちゃん。

 僕は認知機能がおとろえてるわけではない。

 というかおとろえやしないからオーバーフロー気味というか、その結果の今というか……ああ、いやこれはこっちの話」


わざと言ったのだけど、少しムキになっておにいちゃんは返してきた。


「まあいいや、よく覚えてないってことなんだもんね」

「……そもそも国として残ってないと思うけどね」


あのあたりは国の入れ代わり激しかったし。

そうつぶやいた割に、おにいちゃんは覚えてないこともあってか、さほど懐かしむわけでもなく、どちらかというと淡々としていた。


「やっぱり吸血鬼って本当に不老不死なんだ」

「うーん……それはちょっと違うんだなあ」


そう言いながらも、おにいちゃんは目敏めざとく私の間違えた漢字を指差して続けた。


「逆なんだよね」

「逆?」

「そ。だって、僕はすでに死んでるから」


私は素早すばやく間違えた漢字を指しているおにいちゃんの手をとって、テレビで見たことがあると思った脈の位置に指を当てた。


「みぃちゃん、ズレてる。もそっと左」


面白がるような声音でおにいちゃんはそう指摘した。

けれど、それで位置を修正したとしても。


「……わかんないや」


結局、自分の脈をはかったこともないのに人の脈、しかもたぶん脈がない(注:慣用句でない)人の脈なんて分かるわけがなかったのである。

おにいちゃんは逆に、手をはなした私の手をとって、迷うことなく私の手首の一点に指先を置いた。


「ここだよ」


おにいちゃんの手はひんやり冷たかった。

おにいちゃんは少し目を細めてから、今度は私の手をひっくり返して、私の指先を自身の手首の一点に置いた。


「……ほんとに、ないの?」

「そうだよ。生きてれば、ここが脈打ってる。

 みぃちゃんのそれと同じように」


どこか底冷そこびえするような冷たさを指先からも、つかまれた手の甲からも感じながら、私はそこになんの動きも感じなかった。

だから、脈の位置が本当にそこなのか、その時にはわからなかった。

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