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あの時から、気づいた時点から、すでにそうだったのだ。

おにいちゃんはおにいちゃんでしかない。

少なくとも、この化け物は私に「おにいちゃん」として根ざしてしまった。

その期間が長過ぎた。

み、とも言えるのかもしれない。

だから、私はあの時も今も、あの名前も知らない化け物を、おにいちゃんとしか呼べない。


「…………」

「おにいちゃん?」


呆然ぼうぜんと黙ってしまったおにいちゃんの顔をのぞき込むようにして、私はココアのマグをテーブルに置いた。

その時のおにいちゃんの目は、いつぞやのバレンタインデーに見た時の、静かながらに高熱を帯びた熾火おきびのような目ではなく、風に揺らぐない、か細い灯火ともしびのような目だった。


「……それ、は」


ようやくしぼり出したような声は、いつものおにいちゃんの柔らかな声とは程遠い、固くて寒々さむざむとした声だった。

そんなおにいちゃんを見たのは初めてだった。


「それは……それは、ああ、そうか、、は」


吐息が大半をめたつぶやきの一人称は、聞き覚えのないものだった。

普段とは明らかに違うおにいちゃんに私が戸惑っていると、おにいちゃんは私を見ないまま、一瞬だけ困ったように、それからいつものおだやかな笑顔を浮かべた。


「ああ、ごめん、みぃちゃん」

「……」


おにいちゃんがそうだと気づいた時よりも、あのバレンタインデーの時よりも、それまでの中では一番のおにいちゃんだったんだろう。

私の視線にいたたまれなくなったのか、おにいちゃんは私から目をらして立ち上がって、「紅茶をれてくる」と言ってカップを取りに行ってしまった。


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