散り

「おにいちゃん」


れなのに、如何どうしておびえもせずに、の子はを見ているのだろう。

――如何どうして、おびえているのだろう。


まで散々さんざんきるほどに、暗闇くらやみなど歩いて来たでは無いか。

今更、煉獄れんごくが地獄に変わった所で、何を恐れる事があろうか。

なのに、何故なぜの小さな灯火ともしび蹴倒けたおし、にじり、堪能たんのうする事を躊躇ためらっているのだろう。


「おにいちゃん、ねてないなら何?」


の真っすぐな視線と言葉を正面から受け止める事は、最早もはやには出来無かった。


「おにいちゃん。私、何かした?」

「……何も、何もしてないよ……みぃちゃんは、なんにも悪くない」


ようやく、れだけ返した。

そうだ、みぃちゃんは何にもして無い。

みぃちゃんは、ただが巻き込んだだけ。

働きかけたの主体で、みぃちゃんはそれに対しての反応を返しただけだ。

力を入れ過ぎて、強張った手をなんとか自力で引きがす。

今にも干乾ひからびそうな程に、喉が渇いていた。


「……ほんとに、そうかなあ」

「みぃちゃん?」


の言い方は、再考しろと求めている訳では無いのだと、ぐに分かった。

ただの、反証のための前振りだ。

でも何故?


「……ほんとのほんとに最初から言うならさあ、たぶん私が気づいちゃったから、だよね。おにいちゃん」


みぃちゃんはそう、ほのかに笑いながら、おだやかに言って首をかしげた。


「それは……」


れは確かにそうかもしれない。

だが、れを制御するだけの力はには無かったし、みぃちゃんだって望んで気づいた訳では無い。


「だからさ、私は、その分の責任ぐらい、負うつもり、あるよ?」

「……………………みぃちゃん、何を、言ってるんだい」


何を言っているのか、わから無かった。

何の心算つもりで言っているのかも、わから無かった。

だから、問い返そうとして、でもみぃちゃんのの目に何度か怖気おじけづいて、ようやれだけ口にした。

みぃちゃんは唇をとがらせると、仕方ないなあとでも言いたげな表情で口を開いた。


「というか、ずーっとしてきてるし、おにいちゃんもわかってるもんだと思ってはいたんだけどな」


みぃちゃんは何処どこかで見た事のある表情で見詰みつながら続ける。


「だって、おにいちゃん、ずっとここにいるし」


れはただ此処ここが仮説の実証をするのに適していそうだと、そう漠然と思ったからという、れだけなのだ。

れもまたはかない夢でしかなかったのだと、渇きを痛感している所なのに。

けれど、みぃちゃんはただ温かく笑って、続きを口にした。


「おにいちゃんはおにいちゃんじゃん。たとえ何をしてたとしても、私にとってはおにいちゃんだよ」


の場でれを口にする意味。

――れは、雷霆らいていに打たれた様な、頭の天辺てっぺんから爪先つまさきまでを、するどつらぬく衝撃だった。

がらでは無いが、天啓、と言い換えても良いのかもしれない。

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