第11話 アナザーサイド後編

 って、うわぁ、何を考えてるのよ私は。

『今にして思えばそれはきっと……恋の始まりだった』って。余りにもオトメが過ぎる……。

 そうじゃないでしょうが。今の私は十六夜八日。名前の由来は私がゾンハンにおける喋り方の参考にしたアニメキャラクターの異名とやらで、八日はただ単純にこのアカウントを作った日付。

 そんな十六夜八日にウルフ殿が求めていることは、気の置けるゲーム仲間なのだ。


 だからこそ、私は自分の気持ちを押し殺す。グッと堪えて、キーボードを打ち込む。その文面は。


『デュフフwwwwいきなりそんなカップルみたいなやり取りされても困るでござるwwwwwキュンキュンでござるwwwwwww』


 はい、これっぽっちも押し殺せませんでした。微塵たりとも想いを隠し切れませんでした。

 で、でも、仕方ないじゃない。本当にカ、カカ、カカカップルみたいなやり取りだったのだし。キュンキュンしてしまったし……。

 けれどチャットを送ってから気恥ずかしさが込み上げてしまい、「くへぇ」と珍妙な声を上げてしまう。

 と、ウルフ殿からのチャットが画面に表示されると、そんな感情は一瞬で消え失せた。


『お前、男なのに気色悪いこと言うな。フレンド切るぞ』


 男。そう、ウルフ殿は私を男だと思っている。その文面だけでも現実を突きつけられて少しばかりショックを受けたが、最も衝撃的だったのが『フレンドを切る』という単語。


「やだぁ……」


 どうしようどうしようどうしよう。本当にフレンドを切られてしまったらどうしよう……。

 だが、そこでふと思い出す。

 そうだ。ウルフ殿はネットと現実、つまりゾンハンとリアルを分けている。であれば。


『ちょ、待つでござるよー。リアルで男でも、ウルフ殿には関係ないでござるよね?』


 打ち込みながらまた自己嫌悪に打ちひしがれてしまった。

 けれど直ぐに『そうだな』と返って来て、ちょっぴり気分は和らいだ。でも、このまま男性になり切っている私を自覚するのが悲しくなりそうで、なので話題を変えようと試みる。


「そう言えば、ウルフ殿も今来たばかりって言ってたけど、それが本当なら何してたのかな……」


 ふと気にしてみて、泥沼にはまりかける。

 ……まさか、ね。彼女とか、ないない。うん。

 そう自分に言い聞かせながら打ち込んだのは。


『それで、ウルフ殿は何か用事でもあったのでござるか? まさか、彼女とか?wwww」


 しっかり気にしていた。それはそうでしょ、気になるでしょう。

 いちいち手に汗握ってしまうやり取りに、私の心臓はもう爆発寸前だ。

 けれど、返ってきたチャットを見て一応胸を撫で下ろす。


『んなわけねーだろ。バイトだよ。前にも言ったろ。やっとバイト先が見つかったって。そういう八日は何してたんだ?』


 バイトか。そう言えば言っていたかも。というか、私もバイトで遅れてしまったし、何だか運命を感じちゃいそう。

 頬を緩めて『実は吾輩もバイトで』と打ち込み、直ぐにそれを消した。そして項垂れながら悲哀の声を漏らす。


「私、ニートの設定だった……」


 ともあれ顔を上げ、嘆息交じりに打ち込む。


『吾輩は寝てたでござるよwwwww』

『働け』

「本当は働いてたのになぁ。頑張っていたんだけどなぁ」


 ちょっぴり剥れてしまう。でも自分がそんな設定で通したのがイケない。

 まぁ、今は彼との会話を楽しもう。


『確かにお金は大事でござるからなぁ。千春ちゃんの抱き枕も新作が発売されるみたいですしお寿司』


 千春ちゃん、というのはウルフ殿が好きなゲームのキャラクターだ。

 そのゲームはドキドキメモリーズというゲームで、恋愛ゲームなんてジャンルで括られているのだそう。

 パパはゲームが好きだ。でも私は殆どゲームをしたことが無くて、ドキドキメモリーズなんて知る由も無い生活を送ってきた。

 でもこうしてゾンハンをやってみて、しかもそこで仲良くなれたウルフ殿がドキドキメモリーズが好きなようで。必然だったのだろう、私もそのドキドキメモリーズをプレイしてみたのだ。


 感想は、面白かった。何だか少女漫画みたいで、でも主人公は男の子で、そんな目新しさに私は楽しみながらゲームが出来た。

 でもそれだけ。ウルフ殿程、入れ込みはしなかった。

 なんだけど、ゲームをプレイしたことを彼に言ったら、のべつ幕なしにドキドキメモリーズの良い所を語られた。そんな熱量で話されたら、私も乗るしか無くて。

 そんなこんなで、私はウルフ殿からドキドキメモリーズを信仰している同志みたいに捉えられていた。でも、私はそんな状況を嬉しくも思っていて、ドキドキメモリーズの情報を漁ったりなんかするのも日課になっていた。


『俺はそのためにバイトを始めたんだ。夏コミでドキドキメモリーズのグッズを買い漁るためにな』

『羨ましいでござる! 某も夏コミ行きたいでござる!』

『勝手に行ってろ』

『冷たいでござるwwwwwww……あ、ちなみにバイトってどんなの始めたんでござる?』


 楽しいなぁ。ずっとこんな風にいられたらどれだけ幸せなんだろう。

 そう思いながらも、いつもなら尋ねないであろう事を訊いてみた。

 だって何だか嬉しかったんだもん。彼と私が、ゲーム以外でも同じような時間を過ごしていることが、アルバイトをしていた事が嬉しくて、ポカポカした心持ちの中で、スッと訊いていた。そして私は――。


『ジョニトリーだよ。今日は初日だったんだ。けど安心しろ。なるべく月曜日にはシフトを入れないようにお願いしとくから』

「……え。ええええええええ!?」


 絶叫した。

 廊下からは「ふわぁっ」っと夏帆の驚くみたいな声が聞こえてきて、「大丈夫だから!」と先んじて答えておいた。


 それより、え。ジョニトリーって。え?

 待って、待ってよ。そんな。ええ? 嘘。嘘よ。そんなはずないでしょう。

 でも、ウルフ殿が嘘を吐く必要も無い。なら、もしかして私がジョニトリーでアルバイトしていることを何でかバレて、冗談みたいに告げてきた? いえ、でもそれもそんなことをする必要が無いし、そもそもバレるはずも無いし……。


 色んな事がぐるぐると頭を回る中で、いつまでも黙り込んでいてはダメだと判断し、けれど打ち込む言葉も思い当たらず、私は苦し紛れに。


『wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww』


 いっぱい打ち込んで送った。けれど返ってきたのは。


『は?』


 たったの二文字。

 どうしよう。どう返そう。ここでどこのジョニトリー? とか訊くのもおかしいし、けどここで話題を流すのも白々しいし。

 そんなこんなで。


『ジョニトリーってレストランでござるか?』

 と送った。万が一の可能性もあるし、一応尋ねてみた。すると当然。


『そうだよ』

 と返って来て。私はやっぱり彼がジョニトリーに勤務しているのだと思い知らされて、色んな感情がない交ぜとなる。でもいずれの感情もとってもポジティブ。嬉しくて、ドキドキして、ポカポカで、にへらと笑ってしまう。

 こんな時はやっぱり、これを打ち込もう。


『wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww』


 笑顔は人を笑顔にするんだもん。これで私の気持ちが伝わってくれればいいな。

 すると直ぐに返事は来た。


『もしかして八日、ジョニトリーが好きなのか?』

『嫌いでござる。それよりさっさとギルドを開始するでござるよ1』


 我ながらとても早く打ち込んだ。だって、ここでもしもバレたら、私がジョニトリーで勤務している事がバレたら、嘘つきだと言われかねないから。そしたら本当にフレンドを切られるかも。

 ……ても、彼ならそんなの許してもくれそうか。なら、本当のこと言えば良かったのかな。でもでも、やっぱり怖いし……。


 そうやって悩みながらも、結局は真実を告げず、彼と二人きりでゲームをした。

 いつも通り私は足を引っ張ってしまって。


『来週までに腕を上げてこい』

『大変申し訳ありませんでしたwwwwww』


 というやり取りで幕を閉じた。

 彼がログアウトしたのを確認し、私もログアウト。そしてパソコンをシャットダウン。

 今更ながら制服のままでゲームをしていたことを思い出して、急いで部屋着に着替え出す。


 その最中、ずっと思っていたことは。

「あの人も、ジョニトリーで働いているんだ……」


 ついつい何度も着替えを中断し、感慨に耽る。

 けど、下着姿で何分も硬直していたらくしゃみが出てしまって、その後は一気に着替えた。

 でも着替え終えると、やっぱり気になってしまって、床の上に敷かれたカーペットの上に横になる。


「でもあれよね、うちの店ではないか」


 女性しかいないから、違う店舗であるのは間違いない。

 それは少し寂しいというか、残念ではあったけど、仕方ない。

 そこまで考えて、とある人物の事を思い出す。それは。


「太田さんは、そう言えば男の子か」

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