第16話
「お、俺?」
思わず一人で声を漏らしてしまう。
その映像には、俺が映っていたから。
だが、普段の俺では無い。女装した俺だ。もっと言えば、今と同じくジョニトリーの制服を着た俺。
そして場所は勿論、ジョニトリー。その客席だった。
上から俯瞰したように撮られたそれは、俺がとある客席で丁度接客をしている最中だったのだ。ただ、そのお客は映っていない。
けれど、そこまで考えていつの映像であるかを察する。
だって俺は、客席で接客なんて一回しかしていないのだから。
すると愛猫さんは。
「ああ、こっちのカメラの方が分かりやすいか」
と言ってディスプレイをタッチ。そして視点が切り替わり。
「っ」
苦虫を噛み潰し飲み下すような声が青年二人から漏れ聞こえたのは気のせいだろうか。どちらにせよ、彼らは苦い顔で見つめていた。ディスプレイに映された自分たちを。
映像はそのまま流れ、俺がおしぼりとお冷を置く。そして青年二人が何やら俺に話しかけ。
――触れた。俺のケツに。
いや、正しくは触れた瞬間か。俺だからこそ分かるが、その瞬間の映像が流れていたのだ。だが、角度的に触れているかどうかは判然としない。俺が背後に手を伸ばしている黒尽くめの姿が映ってはいるが、それだけ。
それを見て、青年二人は顔を見合わせてからやはり、破顔した。
「これが証拠? どこがだよ。これじゃあ触ってるかなんて分かんねえだろうが」
「店長さんさー。これはお粗末でしょー」
せせら笑う二人。
まぁ、確かにそうだ。決定的証拠とは言えない。しかしながら、明らかに俺の背後に手を伸ばしているのだ。それに俺は間違いなく触られた。
ここは俺が出て行けば解決するはず。
そう思い、踏み出そうとして。
「はぁ……ここで認めれば、通報まではしないでおこうと思ってたけど、バカねアンタたち」
愛猫さんの呆れたような声に俺は踏みとどまる。
「ああ? 勝手に通報でもしろよ。こんな恥ずかしい目に遭わされたんだから、慰謝料ふんだくってやるよ」
相変わらず威勢の良い黒尽くめに対し、愛猫さんは無言。黙り込んだまま、もう一度ディスプレイをタッチ。
その様子に痺れを切らしたスーツががなり声を上げ。
「いい加減にしろよ、てんちょ……」
だが、その声は次第に弱まり、終いには噤んだ。
唖然とする二人はディスプレイを眺め、愛猫さんは。
「きんもちいいわね、この瞬間……」
何やら恍惚としながら言っていた。
そんな彼女がパッドに映し出したのは、先ほどと同じ場面。
だが、違った。角度が、視点が違った。
その映像は、接客をする俺の背後、胸程の高さから撮られたもの。
であればこそ、克明に映し出されたのは触られた瞬間。
何を? 分かり切ってる。
俺の尻を、いや――俺のケツを黒尽くめが触った瞬間だ。
むんず、ではない。さわっと撫で上げるような挙動が繰り返し、繰り返し再生されている。見ている俺が、その時を思い出してぞわぞわっとしてしまう。
「こ、これは」
言い淀む様子の黒尽くめだったが、愛猫さんがテーブルをバシンと強かに打つと、びくりと肩を震わせた。
そんな彼へ向ける愛猫さんの顔は、悪魔めいたもので。
「貴方、以前にもウチの店で同じような事してたらしいじゃない? お陰で辞めた従業員もいたみたいだし。でも当時とは違って、ここはアンタたちみたいな輩を排除するために監視カメラを色んな場所に置いているの。で、どう? 待ち侘びた証拠は? これが何よりもの証拠。言い逃れは出来ないわよねぇ? 刑事裁判は元より、民事裁判も受けてもらうわよ? みっちりきっちり毟り取ってあげる。ケツの毛一本残さないわよ」
頬を引き攣らせる黒尽くめに、ひーひっひと笑う愛猫さんは間違いなく悪魔めいていた。
だが、そこに口を挟んだのはスーツ。両手を肩の高さまで水平に上げてため息を吐き。
「ここってさ、キャバクラみたいなもんでしょ? わざわざ女の子だけ雇って営業しているしさー。それなのにちょっとした『お触り』でそうも言われる筋合い無くない? 性的な目で見られるのは女の子達も承知。客だってそういうの目当てで来てるんでしょ? 俺らだけ言われる筋合い無いでしょー」
「そ、そうだよ。それともあれか、そういう客から毟り取るのが目的なんじゃねえのか? 美人局みたいに、従業員を山車にして儲けようって魂胆なんだろ!」
一度は消沈していた黒尽くめも、スーツの加勢で蘇る。
また振り出し。
そう思っていたら、ふと愛猫さんが嘆息した。これ見よがしに肩を竦めて。
それを見て、黒尽くめが声を荒らげる。
「んだよ! 言いてぇ事があるなら言ってみろよ!」
「山ほどあるわよ。でも、それより先に、周りを見てみたら?」
「え?」
黒尽くめが言われて辺りを見回した。
そして彼は怯んだ。無様に頬を引き攣らせ、目を泳がせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます