第15話

 面と向かって明らかな敵意を向けられ、二人は怒りに顔を滲ませた。


「おい! それはどういう意味だ? ああ?」

「侮辱行為とか何言ってんの? そっちこそ証拠も無いのに人を性犯罪者みたいに言ってさ、それこそ侮辱行為なんじゃねーの?」


 黒男、スーツ男と引っ切り無しにかかる罵詈雑言に、でも獅々田さんは悠然としていた。


「私は事実を告げたまでです」

「だからー、その証拠を出せって言ってんだよ!」


 スーツ男がテーブルを強かに叩いた。

 ぴくりと、獅々田さんの肩が震えた。当たり前だ。いくらベテランでこういう客に慣れているであろう獅々田さんでも、驚いて当然。

 いい加減、俺が出ていくべきだ。もう知ったこっちゃない。ここをクビになってでも良い。獅々田さん一人に任せておいて、見た目は女でも心まで女々しくなった覚えはない。


 とまぁ、威勢良いことを考えていても、客席に踏み出そうとした足はがっくんがっくんと震え切ってしまっていて、きっとブリキのおもちゃの方が滑らかに動くだろうさ。

 だが、それでも眺めつづけるのは御免だと発奮して獅々田さんの元へと向かおうとした。だが、俺は足を止めた。それはあの場に一人の人物が近寄ったから。


 青年たちがそれに気づき、獅々田さんからその人物に目を向ける。

 その人物――愛猫さんは獅々田さんの横に立つと、彼女の背中を二、三回優しく撫でてから、庇うように一歩踏み出した。


「わたくし、この店の店長を務める、愛猫と申します」


 愛猫さんは恭しく一礼した。そこで俺はとある物に目がいった。愛猫さんが片手に持つパッド型の電子機器だ。あんなのをジョニトリーの勤務で扱うのだろうか。


 青年たちは愛猫さんの登場に慌てるどころか、むしろしたり顔を見せた。


「店長さんさー、従業員の教育がなってないんじゃないのー?」

「それは、大変痛み入るご意見で御座います」

「そうそう、そういう態度でいるのが接客業だよねー。イイじゃーん、流石店長さん」

「恐縮で御座います」


 詰られ褒められ、その最中に愛猫さんは恭しく頭を垂れるばかり。

 その様子を横で見守る獅々田さんは顔は俯かせない。見届けている。だが、彼らの発言に憤りを感じているのはよく分かった。下げられた彼女の手が、硬く握りしめられたから。


 愛猫さんの様子に気分を良くしたのか、青年たちは続けて言う。


「でも人を見る目はなさそうだよな」

「ああ、確かにそれは直さなきゃねー。こんな従業員を雇うとか――」


 その時だった。

 愛猫さんは、片手を机の上に置くと、姿勢を低くして青年たちにヌッと幽鬼のように顔を近づけた。


「な、何だよ」


 不満げな顔をするスーツ。それに対し愛猫さんは笑顔だった。だが、その目は笑わず、ともすれば睨むかのよう。

 突然の出来事に目を丸くする彼らに、彼女は告げる。


「私はお二人からの意見は聞きます。ですが、従業員に対する謂れの無い誹謗中傷は聞く筋合いが御座いません。何故なら、お二人はお客様では無く、『ただの』一般人だからでございます」

「なっ。ふざけてんのか、おい!」


 勢いよく立ち上がったスーツに、けれど愛猫さんは整然としたままだ。


「ふざける? 奇遇ね。私と全く同じ意見だわクソガキども」


 え。えええええ。く、クソガキて。

 ハラハラとして成り行きを見守っていたら、やっぱり黒尽くめも立ち上がってスーツに加勢し始めた。


「おいおいおい。そりゃねえだろ店長さんよ。こっちはお客様なんだぞ」


 すると愛猫さんはテーブルから手を離すと肩を竦めた。


「お客様? 何言ってんの? まだ何の注文もしていなければ、勿論金も払っていないくせに」

「て、てめえ」


 今にも殴り掛からん二人を前に、愛猫さんは酷薄な笑みを浮かべたままとある物を彼らの眼前に示した。

 それは、先ほどから彼女が持っていたパッド型の電子機器。

 胡乱な目でそれを見つめる二人に、愛猫さんはそのパッドをタッチしながら告げた。


「そんな自称お客様に見せてあげる。散々っぱら証拠証拠と宣っていたでしょう? ほら、お待ちかねの証拠よ」


 ニッと笑って彼女はパッドを翻した。

 スーツに黒尽くめに獅々田さんに、そして俺。

 俺たちが視線を注ぐディスプレイに映ったのは、動画だった。

 そこに映っていたのは。

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