第11話 アナザーサイド中編

 私がこの『ゾンハン』を始めたのは、クラスメイトの女の子に勧められたのがきっかけだった。

「へぇ。そう言うゲームもあるんだねぇ」と言いながらも、勧められた当初は別にプレイする気も無かった。

 なのだけど、高校が冬休みに入り暇を持て余した折にクラスメイトが勧めてきたことを思い出してゾンハンを一人でプレイしてみたのだ。

 ほんの手慰みみたいに始めたのだが、自分好みのキャラクターを一から作るのが楽しくて、それだけで二時間は費やした。ゾンビを倒すホラーゲームだと知ったのはその直後だ。知っていたら、多分やらなかった。怖いのは苦手。でも、丹精込めて作ったキャラクターのデータを白紙に戻すのが惜しくて、私はプレイすることにしたのだ。


 最初は女言葉を意識せずに普段通り使っていた。すると色々な人が丁寧に、本当に優しく手ほどきしてくれた。

 でも、何度かプレイする内に、彼らが明らかに色目を使ってきていることに気付いた。女性特有の『勘』ってやつだったのかも。

 そう考えれば、このゾンハンの世界も現実世界のように感じられてしまって、私は辛くなってしまったのだ。


 ――だって、ここでも私は完璧でいなきゃいけない気がしたから。


 それから直ぐにそのアカウントを削除した。でも代わりに新しいアカウントをこれもまた直ぐに作り直した。理由は、この世界も本当に完璧な私を求めているのかを知りたくて。

 結果は、その通りだった。

 以前にテレビでやっていたアニメを少しだけ見齧ったことがあって、その中のキャラクターの一人が誇張気味なオタク男子で、私は彼の口調を真似てプレイしたてみたのだ。すると、見事なまでに誰も寄りついてこなかった。アバターはデータが残っていたために見た目はそのままにも関わらず、だ。


 何人かに声もかけてみた。吾輩と一緒にパートナーを組みませんか、と。

 でも、彼らには断られ、もしくは無視された。

 中には承諾してくれた人もいたが、それも一度切り。挙句、こう言われた事があって。


『下手な癖にくんじゃねーよ』


 私が原因で依頼を失敗した折に、パートナーだった人から吐き捨てるように言われたチャットだ。それを告げた人は、その後直ぐにログアウトした。


 私は泣かなかった。辛いとも思わなかった。

 ただ、諦観していた。

 やっぱり、どこだろうと完璧な私が求められているんだ。完璧じゃない私に存在価値は無いんだ、と。


 モニターの前で、薄笑いする私がいた。

 もう、このゲームは止めよう。

 そう思いログアウトしようとした時、『下手な癖にくんじゃねーよ』の下に新しいチャットが紡がれた。それは。


『てめえ、ゲームで粋がってんじゃねえぞコラ!』


 とても喧嘩口調。それが誰が発し誰に向けた言葉であるかは、直ぐに察した。その後に立て続けに表示された同一名のチャットから理解した。


『あの野郎、わざわざ全体チャットで言いたいことだけ言って消えるとか情けねえ奴だな。十六夜さんとやらも、あんなの気にすんなよ。ゲームは上手い奴だけのもんじゃねえからな』


 十六夜。そう書かれて、それが私のゾンハンにおける名前であるのを思い出した。

 相手のアバターが見えない中で、すかさず私は返事をする。


『いえ、でも、下手なのは事実でござるし』

『何だその口調。もしかしてネカマ? って、口調でバレてたらネカマも何もねえか』


 ネカマ、という単語に嫌な意味で胸が跳ねた。この口調を使って何度か吐き捨てられた単語だから。この人もまた、彼らと同じように呆れながら私の前を去るのだろう。

 するとチャット欄に新しい文章が表示された。悪口雑言が書き込まれたのだろうか、と思いながらそこを見て。


「っ」

『良かったら俺とパートナー組もうぜ。丁度パートナー探しててさ。俺の名前ってウルフじゃん? これってロンリーウルフから取ってて、つまりぼっちってことでさ。まー、何だ。十六夜もパートナーがいなければどうよ?』


 私のアバターに近寄る人物が一人。髪の無い、黒い肌をしたアバターだ。

 そんな彼を一瞥して、俯き加減になりながら震える手先で私は打鍵する。


『吾輩、下手でござるよ?』

『知ってるよ。いや知らんけど。でもさっきのやり取り見てたら上手くは無いんだろうなって分かるよ。その上で誘ってんだよ』

『吾輩、ネカマかもしれないでござるよ?』

『それも知っとるわ。つか、そんな口調の女とか逆に怖いだろ』

『吾輩、二十代前半のニートでござる』

『それは働けよ。とは言っても、ここはゲームの世界なんだ。現実世界は関係ないだろ?』


 なんでなんだろう。何でこの人は、こんな優しいんだろう。

 気付けば私は泣いていた。けどそれは、胸の中に広がる暖かい思いから溢れて零れた涙で。

 そんな涙を指先で拭ってから、こう打鍵した。


『デュフフ。物好きでござるねウルフ殿。いっぱい足引っ張ってあげるでござるよ』

『デュフフて。……ま、良いさ。俺一人でもクリアーしてやる。でもわざと足は引っ張るなよ? 精一杯やれ。その上で足を引っ張るならいくらでも引っ張れ。そしたら俺は、お前の手を引っ張り上げてやるよ』


 胸が高鳴った。

 今にして思えばそれはきっと……恋の始まりだった。

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