第24話

 愛猫さんの車に乗り込み、高速道路を経由し辿り着いた先は。


「わーい。うみだー」


 我ながらものすっごい棒読み。だが当然だ。

 晴天。絶好の行楽日和。お天気予報のお姉さんが今朝『今日は各地で今年一番の暑さとなるでしょう』と言っていたが、正しくその通りだ。

 となれば、この真夏の海に人々が大挙として押し寄せるのは必然で、様々な場所からはともすれば楽し気な声が上がるのも必然。


 ……対して俺は一人砂浜の上、海パン一丁で膝を抱えながら絶賛縮こまっていた。

 だってだって当然じゃないか。灼熱の太陽がメラメラと燃え盛り、うだるような暑さから肌は汗ばんで、挙句かれこれニ十分はここに座り続けて。周りの海水浴客からも心なしか白い目を向けられて、縮こまり続けるしか無いでしょうが。


 そうして暑さや気恥ずかしさやら鬱屈とした心境やらから脱するべく、気まぐれに独り言を呟くのも当然。当然の成り行きによる現実逃避だ。

 溶けたアイスみたいな作り笑いで独り言を呟いていたら、目の前を通り過ぎたカップルが眉を顰めてこちらをガン見していた。

 ええ、ええ。ごめんなさいねぇ、小目汚し失礼しますねぇ。こっちだってねぇ、来たくて来たわけじゃないんですよ。俺だってこんな陽キャが集いし場所に来るつもりは無かったんですよぉ。


「うう。何で俺がこんな目に」


 抱えた膝に自然と顔を埋めてしまう。

 早く帰りたい。冷房の効いた部屋でのんびりとゲームがしたいよぉ!

 と、叫ぶ寸前に。


「つかさー!」


 遠くの方から俺の名前を呼ぶ声が聞こえて、すかさずそちらへ振り向く。

 と、そこにはエアリーな雰囲気漂う髪形をした美少女が一人。肢体をあられもなく晒して砂浜も駈ける様に、通り過ぎる男性諸君が思わず後ろ髪を引かれて目も引かれている。そこには先ほど俺の事を眉を顰めて眺めてきたカップルの片割れの男性も含まれる。傍らの女性から頬を抓られながら去っていく彼の後姿を尻目に、俺は目の前までやってきた美少女を見て。


「……本名で呼んでいいのかよ?」


 半目で告げた。すると美少女こと彩音は。


「ああ、そう言えばそうでありますね。いちいち切り替えるのも面倒でありますので、ここからは呼び方も口調も統一するであります」


 そう言ってコホンと仰々しく咳ばらいをしてから、彩音は意地悪気に微笑んだ。


「そ、れ、で。どう?」

「どうって……?」

「この豊満なバデーを見てのご感想」


 告げられてからも数秒ぽかんとしてしまったが、彩音の得意気な顔と、それに誇らしげに張られた胸を見て得心した。

 その上で俺は指を三本立てた。


「ツッコミどころは三つ。まずバデーじゃなくボディーな。んで、体つきを評価してもらうにしても、兄である俺から仮に褒められたとして嬉しいのか? あと最後だけど、それは自虐ネタか?」

「シンプルに殺してほしいのでありますか?」

「口調が戻ってるぞ」


 俺の指摘を受けて、彩音はこれ見よがしに舌打ちをした。

 別に彩音をイジメたいわけじゃない。彼女がそもそもいけないのだ。だってそうだろう。そりゃモデルの仕事を引き受けているぐらいなのだから、確かに一部を除いて彩音のスタイルは良いだろうさ。でもその一部が将来的な成長を鑑みたとしても精々Cが関の山だっていうのに、一体どんな言葉を投げかけろって言うんだ。


「まぁでも赤いビキニという、身の丈に合わないながらもえらく挑戦的な心意気は評価してやろう」

「やっぱ殺してほしいのでありますか?」


 殺意の衝動を垂れ流す彩音であるが、それでも遠巻きに男性の海水浴客が眺めてきている辺り、やっぱり見てくれはそれなりみたいだ。

 とは言え、彩音の今の姿はジョニトリーにおける俺の普段の姿な訳で。もしも俺が女装してここに来たら、こんな不躾な視線を投げかけられていたのかと思うと怖気がする。

 俺は目を瞑りながら嘆息する。


「しつこいけど口調な。皆の前ではちゃんと隠し――」

「皆の前って何のこと?」

「そりゃジョニトリーの人に――」


 そこで俺は閉口。代わりに目を開く。

 聞こえた声は、彩音のものでは無かった。故にすかさず振り返り、背後に立った人影に目を向ける。

 そこには黒いビキニ姿で首を傾げる愛猫さんがいた。


「ジョニトリーの人? 何か隠しているっていうの?」

「い、いえ、そんな。あはは、いやまさか」


 慌てて言い繕おうと捻り出そうとするが、ロクな言葉が出ない。

 ただただ苦笑いを浮かべる片方の口の端が吊り上がっていくのみで、それに比例して愛猫さんは中腰で半目の顔を近づけてきて。

 ……そうして不意に破顔。ややいたずらっ子めいた面持ち。声色はどこか艶めかしくて。


「やぁだ。もうっ」

「……はい?」


 呆けるばかりの俺に、愛猫さんは細い腰をくねらせて自らの両頬を抑えた。


「良いのよ、良いの。生理的現象なんだから。うんうん仕方ない仕方ない。隠したくなる気持ちも分かるけど、初心な子には肌色は刺激的よね。反応しちゃうわよね。私の水着にも反応しちゃったのねっ。って何を言わせるのよ、やだもうー!」


 バシバシと俺の背中を叩く愛猫さんは、大阪の気軽に話しかけてくる赤の他人のおばちゃんを彷彿とさせられて、俺は失笑した。

 しかし俺のそんな反応なんて気にも留めた様子も無く、愛猫さんはいずこかへ鋭い眼差しを向け。


「獲物の匂いがするわね。ごめんなさい。私、今日に人生を賭けてるの。失礼するわ」


 そう言って上半身をやけに左右へ揺らしながら、愛猫さんはどこかへと去っていった。その後姿を見届けつつ彩音がポツリ。


「……もしも私がいずれあんな醜態を晒すようであれば、介錯をお願いしたいであります」

「安心しろ。お前はああはならない」

「え。司……」


 呆気に取られた様子の彩音へ俺は横目を向け。


「お前はあそこまでアグレッシブにはなれないよ。自分が許せないだろうから。んでプライドが邪魔して孤独なまま死に絶える」

「よくもまぁ実の妹を相手にそうも歯に衣着せぬ物言いが出来るでありますね!? 自分でも薄々察しているから余計性質が悪いでありますよ!」

「まぁまぁ、そういきり立つな。かく言う俺だって孤独死だ。兄妹仲良く――孤独に死のうぜ?」

「ニヒルっぽい笑顔で言うのは勝手でありますけど、お父さんやお母さんの前で言えるでありますか? もしも兄妹二人して孫の顔も拝ませてあげられなかったら、きっと成仏しないでありますよ」

「うむ。それは一理あるな。よし彩音。孕んでこい」


 片手を彩音の肩に乗せて一つ頷く。と、彼女はぴくりと鼻筋を震わせた。


「兄妹だからギリギリでありますけど、もしも他人に同じことを言われたら問答無用で嬲り殺してるでありますよ?」


 と。そこへ。

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