第18話 アナザーサイド

 黄昏時。あるいは誰そ彼時。そんな事を思いながら少女はフッと笑った。

 誰そ彼時等と、とてもカッコいい言葉をついつい思い出してしまう私。しかもこんなニヒルに笑ってしまう私。傍からすれば知的なお姉さま然として見られること請け合い。

 と、一人で窓辺に座りながら夢想する学生服姿の少女を、指さす小さな影が一つ。


「ねえママー。あの綺麗だけどちっこくてサングラスしてる人、一人で笑ってるよー。楽しいことあったのかなー?」

「こら健ちゃん! ヤバい人を指さしちゃいけません!」

「……」


 そそくさと立ち去る親子を横目にして、件の少女は頬を引き攣らせていた。

 しかしコホンと咳払いをすると気を取り直し、サングラスの奥の瞳で店内を見渡す。


 書き入れ時の店内は人で混み合っていた。喧騒とまでは行かずとも活気に溢れ、人々は全員が楽しそうな顔をしている。談笑し、そして口に運ぶのはこのお店のメニュー。どれもこれもメニュー通りの見た目だ。

 その様を眺めて彼女は呟く。


「流石はジョニトリーですわね。けれど、こうも栄えている一番の理由は」


 そして彼女は視線を滑らせて注目する。

 それは一人の店員。長いポニーテールの少女だ。

 入店時には不遜な口調に戸惑いもしたが、こうしてテキパキと無駄なく動く姿を見て考えを改めていた。

 でも、と少女は内心で言いながら別の人物へと目を向ける。それは。


「獅々田、可憐さん」


 少女は名前を呟く。彼女の視線の先には、丁度接客途中の店員がいた。

 物腰の柔らかさと愛想の良い受け答え。そして最たるはその愛くるしい笑顔。それこそが、このジョニトリーをこうも繁盛させる一番の要因だと少女は判断していた。要するに、獅々田こそがこの店の看板娘だと見当をつけていた。

 華やぐ笑みを振りまく獅々田がパントリーに引き上げるまでを見送って、少女は呟く。


「やっぱり、外見も振る舞いも上々ですわね。でもこれだけでは、こうも繁盛している理由には乏しい」


 フランチャイズとは言え、結局は他のジョニトリーと変わらないメニュー。それに、店員は確かに可愛らしいが、それだけ。にも関わらずこうも繁盛している。

 その理由を思案する少女だったが、ふと客席へと姿を見せた見覚えの無い店員に目を奪われた。


「か、可愛い……」


 口を掌で覆って感嘆していた。ショートヘアーの美少女に目を釘付けにしていた。

 そんな美少女はとある客席に近づく。そこはガラの悪そうな青年二人が座る席。

 ……そして例の事件が起きた。


 従業員、青年二人、店長、そして客までも巻き込んだ一悶着を少女は黙って見届けていた。

 美少女が青年二人と一緒に警察に連行され、それぞれの客席へと謝りの言葉を店長自ら回って告げている最中、少女は一人ごちる。


「なるほど。居心地の良さですか。それこそが、このジョニトリーにおける最大の武器」


 と、店長が少女の客席まで回って来ると、深々と頭を下げた。


「先ほどはお騒がせして大変申し訳ありませんでした」

「いえ、構いませんわ。むしろとても参考になりましたわ」

「え。参考、ですか?」


 怪訝そうに尋ねてくる店長に、少女は小気味よく頷く。


「ええ。これからも店舗運営を頑張ってくださいまし」


 笑顔でそう告げて、少女は席を離れて会計を済ませた。

 店を出た直後、サングラスを外すと少女は小さく笑い。


「ふふ。頑張って頂かないと、ね。そうでなくては、張り合いがありませんもの」


 少女らしい華やぐような声を漏らす。けれど瞳には、獲物を前にした猛禽類の如き光が滲んでいた。








 ……と、そんな少女を指さす影。


「ねえママー。またあの人一人で笑ってるよー。ああいうのをヤバい人って言うんだね?」

「そうよ。でも指さすのはいけません。健ちゃんにも、ヤバい人菌が移りますよ」

「うげ、ばっちい! 僕あんな風になりたくないから指ささない!」

「ふふふ。えらいえらい」


 和気藹々と話す親子を横目に、少女は顔を真っ赤に染め上げて足早に去っていった。その瞳は最早猛禽類じみたものでは無く、走り去る後姿はあたかもウサギのよう。

 あるいは、緩やかなウェーブを描くセミロングの髪を風に靡かせ踊らせながら猛進する姿は、たてがみを揺らす馬を彷彿とさせた。

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