第2話

 ……と、いうわけで。


「それでは、面接を開始するであります。早速ですが自己紹介をどうぞ」


 テーブルを挟んで対面に座る彩音は、後ろ髪を束ねたワイシャツ姿に変身しており、しかもインテリ感漂う眼鏡までわざわざ着用してきてすっかり面接官になりきっていた。手元には俺が後程受ける面接に際し作成した履歴書がある。


 自己紹介をどうぞって、どんな面接だよ。と思いつつも、ここまで段取りをしてくれたのだし少しだけ茶番に付き合ってやるか。


「えーと。どうも、太田司です。趣味は千春ちゃんとの出会いから結婚生活までを妄想する事。特技は無いですけど千春ちゃんのためなら何でもできます」

「はいゼロ点。むしろマイナス点であります」


 ぴしゃりと言われ、思わずムッとしてしまう。


「んだよ。何が問題なんだよむしろやる気に満ち満ちてて満点だろこなくそめ」


 すると彩音は目を尖らせた。


「本気で言っているでありますか? 何たらメモリーズか知りませんけど、そんなの普通の人は知らないであります。ましてや千春ちゃんとの生活を妄想だとか言って、そんなの知らない相手からしたら明らかな変質者であります。そんな人間、司が面接官だとしたら採用するでありますか?」

「……しないな」


 返答を聞いて彩音は拍子抜けしたような顔を見せた。


「……てっきり『する』って言うと思ったであります。同志だからとか理由をつけて」

「うん、それも一瞬考えたんだが、流石にな」


 俺の言葉を聞いてうんうんと嬉しそうに頷く彩音を眺めつつ続ける。


「流石に、俺以外で千春ちゃんとの生活を妄想できる奴が身近にいたら嫉妬心で狂いそうだからな。それだけでもう不採用決定だ」

「……」


 一瞬で冷めたものへと変貌する彩音を尻目に、俺は「あ」と声を上げる。


「でも、桃夏と秋奈と冬美を推してる人ならオーケーだ。むしろ別々の推しキャラがいる人間の方が好感度は上がる」


 素直な気持ちを述べたのだが、彩音はしかめっ面で首を振ってくる。


「やはり根本的に改善しなきゃダメでありますね。とりあえず、コーヒーでも飲みながら私の話を聞くであります」


 この面接ごっこをする前に、コーヒーを注いだコップを彩音から渡されていた。ポーションミルクとガムシロをセットで。普段ならそんな優しさはむしろ気味悪いと一蹴する俺ではあったが、彩音はもしかしたら長話になることを想定しているのかもしれない。であれば、ここは一つ厚意に甘えておこう。


 コップを手にして熱いコーヒーを啜る。そんな俺の姿を見て彩音は満足気だ。


「アルバイトとは言え、お金を貰う立場になれば、それはもう立派な社会人なのであります。そして、社会人には本音と建前ってのが付きものなのであります」

「悪いけど、俺はそういうのは嫌いだ。素直に生きるって決めてるんだよ」

「司が馬鹿正直に自分の本性を晒して、今までの面接の結果は如何でありましたか?」

「うぐ……」

「公明正大で清廉潔白な人が自分を曝け出すのは問題ないであります。けど、司の場合はネガティブな要素しか無いであります。挙句公私混同で履歴書の趣味特技欄にあんなのを書いて。そんな人間を受からせてくれるところなんて、普通じゃ見つからないでありますよ」


 鬼の首でも取ったかのように言ってくれやがる。

 ただ、このまま不採用続きなのは俺も御免だ。楽しい千春ちゃんとの生活が危ぶまれる。背に腹は代えられない、か。

 俺はコーヒーを一気に飲み干してから腕を組む。


「なら、どうすりゃ良いんだよ」

「急に素直になったでありますね」

「千春ちゃんのためだ」

「まだ言うでありますか。……まぁ良いであります。動機がどうであれ、引きこもりがちだった司が仕事をしようという意欲が沸いたのは良い事でありますし。私が的確なアドバイスをして差し上げるであります」


 漸く本題か。前振りが長かったからだろう。コーヒーを飲んだってのに何故か眠気が襲ってきやがるが、何とか欠伸を噛み殺し、彩音の言葉に耳を傾ける。


「まず、せめて面接の時ぐらいは、アニメやゲームの話題は口にしないであります。司はそういう話題になると長々と語りだして話が脱線するでありますから、これは絶対に守るであります」

「うん……分かった」

 瞼を擦りながら頷く。


「あと、敬語できちんと話すことであります。自分のことを呼称する時は、『俺』ではなく、『私』であります」

「私? 僕、とかでも良いんじゃないのか……?」


 重い瞼を何とか開いて尋ねた。彩音は何故だか意味深に微笑んでいた。


「まぁ、これもコツであります。僕より『私』の方が印象がよろしいのでありますよ。はい」

「ふーん……」


 ダメだ。眠い。とうとう瞼を閉じてしまった。しかし彩音はそれに構わず話を続ける。


「印象と言えば、司はいつも気怠そうな声で喋ってるでありますけど、もっと高めの声で喋ってみるであります。それだけでも好印象を与えることが出来るであります」

「そう……」


 あぁ、瞼の裏に千春ちゃんが見える。やっぱり可愛いなぁ、千春ちゃんは。

「でへへ」と、 思わず笑みが零してしまう。しかしそれに対して彩音も。


「ふふ。おやすみなさいであります」


 何故だか嬉しそうな声でそんなことを言ってきた。

 ……そして俺はまどろみに身を委ね。

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