第22話

 あれから彩音は当日のプランを教えてくれなかった。

 しかも慌てる素振りも無く、平素と変わらぬ彼女の生活ぶりを見て、本当に信じて良いのかと疑りながら、とうとう海水浴前夜。疑う事しかできない己の行動力の無さが情けない。


 しかし、もう悩んでも悔やんでも仕方ない。なるようになれ、である。身も蓋も無い言い方をすればやぶれかぶれだ。天に、いや彩音に身を任せるしかない。


 と、いうわけで、夕食を終えて自室に戻ってから気分はすこぶる落ち込んでいたが、いつもの時間になったために俺はパソコンを立ち上げる。

 理由は、ゾンハン。


「月曜日はゾンハンデー」


 何となく口にしてみたが気分は晴れない。代わりに乾いた笑いが込み上げた。

 しかし、それをあいつに気取られるのも癪だ。普段通り接するよう心掛けなくては。


『こんばんはでござるウルフ殿! 今日もお相手をよろしくお願い致したいでござるwwwwwwwwwwww』


 相変わらずの草っぷりだ。しかし、こうも広大な草原をこいつは、八日はプライベートでも生やしているのだろうか。

 ……流石にそれは無いか。え、無いよね?

 でも八日の事だから、普通に使っている可能性もある。そして周りから直接指摘されずに煙たがられている可能性すらある。

 そんなの不憫じゃないか。

 なので。


『おう。今日も頼むわー』


 うん、今日も今日とてスルーします。

 というか、今更指摘するのも酷だろう。知らぬが仏だ。

 それにそもそも八日はニートの引きこもりなのでプライベートで誰かとやり取りすることも無いだろう。ここは生暖かく見守る、もとい見過ごしてやろうじゃないか。


 という訳でいざゾンハン。

 ゾンハンにおける俺の目下の目標はスナイパーライフルの強化であり、そのためには百回近く依頼をこなさなくてはならない。そしてその依頼の殆どはパートナーを組んで臨まなければいけない依頼ばかりで。

 よって、八日を引き連れて依頼をこなしているのだが。


『八日はこんなんばっかで、つまんなくないのか?』


 本日六回目の依頼を無事に終え、ギルドの依頼受注画面を開いたままチャットを打ち込んだ。


『つまんなくないでござるよ! どうしたでござるか?』


 八日はアイテムボックスから弾丸を補充している。


『前々から思ってたけど、俺がやりたいクエストばっかやってるじゃん。それで八日は面白いのかなーって思って』


 八日は確かに下手くそだ。弁護の余地も無い。その点俺は超絶に上手いとまで行かずとも、それなりの腕前だと自負している。だから、以前には彼の武器や防具を強化するために低レベルの依頼をこなしたりもしたのだが、最近は俺のやりたい依頼ばかりプレイしている。


 八日の装備も充実してきているため、ここからは本人の趣味趣向で装備を整えていく段階なのだが、八日は何も求めてこない。彼はショットガンを多用しているが、そのショットガンも基本形のままだ。派生武器までは手が及んでいない。

 以前に『某にとっては無用の長物でござるよーwwwwww』とか言ってたが、そもそもゾンハンにおける醍醐味は、そんな無用の長物を使いこなして、更なる強い武器を求めることにあるだろうに。

 と、八日は。


『吾輩は大丈夫でござるよ! ゾンビをバンバン打ってるだけで楽しいでござるwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww』


 今日一番の草っぷりだ。ま、彼がそう言うなら良いんだけどさ。

 ふと俺はパソコンの右下を見た。そこに表示されるのは時刻。もう午後十一時過ぎだ。

 いつもなら夜半時間までプレイするが、明日は海水浴。予定では朝九時にジョニトリーで愛猫さん達と待ち合わせだ。

 朝九時ってだけなら学校がある時よりも遅い時間に起きれそうなものだが、俺の場合はメイク時間がある。それに彩音からプランの内容も聞いておかないといけないし、早めに起きなくてはいけない。


 明日の事を思って、すっかり気分が滅入ってしまい、俺は小さく吐息を漏らしながら打鍵する。


『楽しんでくれてるとこ悪いけど、今日はこの辺にしとくわ。明日早いんだよ』

『あ、そうなのでござるか。何か用事があるんでござるか?』

『ああ。明日海に行くんだよ。めっちゃ気分が萎えてるけど』


 普段なら『そうだよ』の一言で済ませるのだが、余りにも明日の事が憂鬱でついつい詳細に語ってしまう。

 と、三十秒ほどの間を置き。


『wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww』

『何で大草原』

『まさか、女の子と海でほざるあ!」


 ほざるあって何だ。思わずぽかんとしてしまったが、しかし『ござるか』のタイプミスだと直ぐに気付いた。


「女の子、か。まぁ、そうなるのか」


 愛猫さんは元より、獅々田さんだって来るみたいだし。それに他にもジョニトリーの従業員が来るかも。そう考えたらハーレムである。しかも誰もが見目麗しい。

 ……ただ、俺は女装して海水浴なんだが。


『一応、そういうことらしい』


 更にげんなりしてしまい、仔細に語るのも億劫なために茶を濁すような返事をした。

 が、チャットが返ってこない。

 訝りながら腕組みをして返事を待つ。と。


『楽しんでくるでござるよ1 私も寝るでござる1」


 なんて、二回もタイプミスをした挙句、八日は言うや否やログアウトしてしまった。

 呆気に取られながら、俺もログアウトしてパソコンをシャットダウンする。

 真っ暗になったディスプレイに、苦い顔をする俺の顔が映っていた。


「はぁ。マジで憂鬱」


 思わず呟いたと同時、ふと違和感を覚えた。


「あれ。八日の奴、『私』とか書いてなかったか?」


 別に男が私って一人称を使うのもそれ程おかしな話じゃない。だが、吾輩のイメージが強い八日には似つかわしくない。

 とは言え、八日もリアルで吾輩なんてつかっていないだろうし、ついつい零れ出たんだろう。もしくは他のゲームでネカマプレイしているのに引き摺られたとか。あいつならあり得る。


 ともあれ、この際八日なんてどうでも良い。問題は明日だ。

 俺は自室の明かりを落としてベッドにダイブ。そして。


「明日こそ何事も無く、平穏無事に過ごせますよーに」


 と、独り言ちて。瞼を落とした。

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