第四話
「主上、
中には王のほかに
ふと貴妃と目が合えば、彼女はもの悲しげな顔をした。
今回のことでひどく胸を痛めているのだろう。
「莉璃姫……! なぜ罪人がここにいるの!?」
血相を変えたのは圭蘭だ。
彼女は忌々しげに、莉璃のことを睨んでくる。
「余は嫌疑のかかっている者の釈放を認めたつもりはないのだがな」
王は呆れ顔で腕を組んだ。
「今、皆に事情を聞いていたところなのだ」
王と貴妃は対になる朱色の椅子に腰を下ろし、それ以外の者たちは椅子の前に敷かれた絨毯の上で膝を付いていた。
どうやら話は始まったばかりらしい。
「ならば我々も参加させてください」
白影は皆と同様ひざまずくと、両手の指を胸の前で組み合わせる拱手をとる。
「どうか……どうかお願いいたします」
莉璃も白影の隣に並び、額を床にこすりつけそうな勢いで頭を下げた。
王は良しとも否とも口にしないものの、そのまま話を続けた。
「で、こちらが証拠の品とのことだが、皆は――とくに柳家の圭蘭姫は鳳家の莉璃姫が犯人だと確信しているようだな」
「そうに決まっていますわ! でなければわたくしの衣裳が莉璃姫の部屋から見つかるわけがございませんもの。それに衣裳に毒針を仕込んで貴妃に害をなそうとするとは、なんて恐ろしい……! とても人のする所行じゃございませんわ!」
圭蘭は芝居がかったような口調で好き勝手に述べる。
「主上、どうか莉璃姫と鳳家に厳罰を与えてくださいませ。これは国を揺るがす大事件ですわよ。もちろん
その激しい口ぶりに圧倒され、莉璃は息をのんだ。
――叫びたい……違うわ、と。勝手放題捏造するのはやめてちょうだい、と。
けれど今ここでそう主張したところで、誰も信じてはくれないだろう。
大切なのは言葉ではなく明確な証拠。
それが莉璃側に無いことがなにより痛かった。
どうすればいいの、と拱手をとったまま震え続ける。
すると背に温かな手が添えられる。
ふいに顔を横向ければ、視線の先の白影が「任せてください」と言わんばかりにうなずいた。
それだけで安心してしまう自分に、莉璃は戸惑った。
「さて困ったものだな。仮に犯人が莉璃姫だとすれば、
「そんな……!」
莉璃は思わず立ち上がっていた。
衣裳はもう仕上がる寸前。袖を通す貴妃のことを想い、今日まで努力を積み重ねてきたのだ。
ふいに巻き込まれた事件のせいで全て水の泡となってしまうなんて、とても耐えられない。
「さらに柳家の衣裳が行方不明となれば、残るは櫂家の衣裳のみとなる」
「主上、それではあんまりですわ!」
圭蘭がふたたびこちらをキッと睨んだ。
「莉璃姫、わたくしの衣裳を今すぐに返しなさい! いったいどこにやったというの!?」
「再度、言いますわ。わたくしは犯人ではございません」
そう。盗んでなどいないのに、なぜ失格とされ、王家の花となる夢も奪われなければならないのか。
悔しいあまりに四肢が小刻みに震えだした。
「主上、大変申し訳ないのですが……」
そこで櫂家の彩佳がおずおずと手を挙げた。
「実は私どもの衣裳製作が遅れておりまして……とても期日に間に合いそうにないのです」
「期日とは三日後の締切のことか?」
「それが……できればあと十日ほどいただきたいのですが……」
彩佳は申し訳なさそうにうなだれる。
「まさかここにきて三家の衣裳がまともに使えぬとは……
頭が痛いと言わんばかりに、王は手で額をおさえている。
「問題ありませんよ」
立ち上がったのは白影だ。
「柳家の衣裳はじきにここにやってきますし、事件の犯人は莉璃姫ではない。鳳家の衣裳も使用することができるはずです」
彼は自信に満ちた表情で、廊につながる扉を見つめていた。
どういうことなの?
王や貴妃、圭蘭や成官吏など、その場にいる皆が白影に注目する。
「おまえはすべてをわかっているようだな、白影」
王がそう言った時、白影の部下である
「悠修です。入室させていただきま――莉璃姫!? どうしてここにいるんです!」
彼はすぐさま顔色を変える。
「悠修、私が頼んだ柳家の衣裳は? 持ってきたのか?」
白影は質問の答えを急かすように、悠修に詰め寄った。
「それなんですが、白影さまの棚に柳家の衣裳らしきものはありませんでしたよ」
「わたくしの衣裳とは……どういうことですの、白影さま」
我慢できないといった様子で圭蘭が立ち上がる。
「白影、皆がわかるように話してやれ」
王に命じられ、白影は淡々と説明を始めた。
「さきほど私は悠修にこう明かしました。今回の真犯人は鳳家を陥れようとする柳圭蘭殿の自作自演。昨夜、柳家の衣裳を自ら隠そうとする柳圭蘭殿を発見し追跡、密かにその衣裳を押収したが、今朝はそれをあえて明かさなかった、と」
「わ、わたくし!?」
「それで悠修にその衣裳をとりに行かせたのですが」
「わたくしが犯人とは、白影さま、なぜそのようなことを!?」
「あなたは少し黙っていてください」
白影はわずらわしげに眉間に皺を寄せる。
「だが悠修、柳家の衣裳はなかったんだな?」
ええ、と悠修はうなずいた。
「ご指定の場所にはありませんでした」
「なぜおまえは、なかった、とわかるんだ?」
「なぜって……それは見ればわかりますよ」
「だがおまえは私の指定した場所に行っていないだろう?」
不意打ちをくらったように、悠修の表情が凍りついた。
「それは……どういうことですの?」
話の内容がつかめなくて、莉璃はもどかしさに拳を握った。
と、その時、新たに部屋の中に入ってくる者の姿がある。
「主上、ただいま戻りました」
ひざまずいて頭を下げるのは、武官らしき装いの男二人だ。
何を持ってきたのか、片方の男の手には、麻袋のようなものが提げられている。
「それは……! なぜそれを!」
声を上げながら、悠修が武官めがけて走り出した。
しかし白影に背後をとられ、首をしめられるような格好で拘束される。
彼のあまりの速さと手際のよさに、悠修も目を丸くしている。
「動くな、悠修。見苦しいぞ」
何が起こっているの? わからなくて、莉璃は呆然とせざるを得なかった。
「おまえたちは白影の指示どおり、悠修を尾行したのか?」
問うたのは主上だ。
武官たちは、はい、と首を縦に振る。
「悠修殿はこの部屋を出たのち、中書省に向かわず北の高楼の方角へと向かいました。そして周囲を気にしながらあちこち歩き、最後は高楼の裏庭にある茂みの中へ入り、数分後に出てきました」
「ほう。それで?」
「その後、こちらに向かったようでしたので、引き返して茂みを探ってみたところ、これが」
武官は皆の前で、麻袋の口を開いた。
――衣装!?
まさか、と息をのまずにはいられなかった。
麻袋の中に入っていたのは、刺繍が刺された深紅の絹生地――花嫁衣装だったのだ。
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