第六話
「そうですね、妻となるあなたには話しておくべきでしょうね。……それを知られずに結婚できればなどと、考えた私のなんとあさはかだったことか」
その時、
何? びっくりして顔を上げると、白影はいまだ微笑んでいる。
「その噂話は真実です」
「え?」
ということは。
「私は
「そうですの?」
「司家の当主――父と異国の女の間に生まれた庶子。それが私です」
「庶子……」
いきなりの告白に、さすがに驚いた。
庶子とは、正式な婚姻関係にない両親から生まれた子のこと。
つまり彼は、言葉どおりに受け取れば、やはり司家の正当な跡継ぎではないということになる。
「この異質な髪の色を見ればおわかりになるでしょう? 私は純粋な
「あ、遊び女って……」
その表現に戸惑いを覚え、つい彼から視線をそらそうとした。
けれど白影はそれを許さない。
強引に引き寄せられ、彼の胸もとに飛び込むような格好になる。
「なにをなさるの……!」
抵抗をものともせず、白影は莉璃の顎を右手でつかみ、くいと持ち上げた。
至近距離で彼と見つめ合う――いや、睨み合うようになる。
「……私の母と火遊びをしたあと、父はすぐにこの国に戻ってきましたが、のちに蕗国の女――遊び女が病で死にまして。私は六つの頃に司家に引き取られました」
けれどその頃、白影の父である司
しかも二人の間には、白影の妹となる女児が産まれていたのだとか。
「あの頃、司家でどんな扱いを受けるのかと、戦々恐々としていましたよ。だが父も、父の妻である今の母も、私のことを驚くほどに大切にしてくださったのです。どこの誰ともわからぬ女の子を……今の母に至っては、なさぬ仲の子である私のことを、です」
それは彼にとって、どれほど幸せなことだったのだろう。
「だからこそ私は、司家のためにあろうと……司家をこの国一の貴族に必ずしてみせると決意しました。それが父と今の母に対して唯一、私ができることだからです」
「だからそんなにも……」
彼の一番大切なものは自分ではなく、自分を大切にしてくれた両親。
そのためには彼自身の人生などいくらでも犠牲にできてしまうのだろう。
「……だから白影さまは、黒髪がお好きなのですわね?」
問いながら、そうに違いないと確信していた。
その身に流れる異国の血ゆえに、黎国人とは違う銀色の髪をしている彼だから。
白影は自分の髪色を異形と言った。
そして常々「私のような男と」と、自分を卑下するような言葉を口にしていた。
つまり彼は、激しい劣等感を抱いているのだ。
その髪色だけでなく、異国の女人の血が混じっている自分自身に関して。
「半端者の私にとっては、黒髪は何より貴いものですので」
どこか苦しげなその表情を目にして、莉璃はうずくような痛みを胸に覚えた。
半端者。そのような悲しいことを言わないでほしいと思うのに、なんと言葉をかければいいのかわからない。
「莉璃姫、あなたには申し訳なく思います」
白影は唐突に謝罪してきた。
「このように異形であるばかりか、まさか遊び女の血が混じった私と結婚しなければならないのですから」
「わたくしはそのような点であなたを判断いたしませんわ」
けれど白影は、またしても自嘲気味に笑う。
「嘘ですね」
白影はようやく莉璃の顎から手を退けた。
「――嫌だ、と思われていますでしょう?」
ふいに問われて、莉璃は目をまたたいた。
「だからあんなにも浮かない顔をされていたのでしょう?」
「見当違いです。わたくしはただ衣装の図案の件で気落ちしていただけですわ」
ようやく真実を明かした莉璃だったが、白影はもはやそうとは認めてくれなかった。
よほど彼にとっては根の深い問題なのだろう。首を横に振って、「嘘だ」とひとりごとのように呟いている。
「庶子とはいえ、司家に男児が生まれなかった今、私は歴とした嗣子です。――それでも、どこぞの輩とも知れぬ私を夫とするのは耐えられませんか」
そんなことはありません、とすぐさま答えたかった。
人のすべては生まれや育ちで決まるものではないのだから、と。
けれど今の彼は、どうしたって聞く耳を持ってくれなさそうに思えた。
なんと伝えれば彼の心に届くの?
わからなくて、つい口ごもってしまう。
すると白影は、ふたたび莉璃を抱き寄せた。
不敵な笑みを浮かべて、大きな手で莉璃の髪をなでてくる。
「はなしてくださいませ」
「莉璃姫、あなたはやはりかわいそうな方だ」
彼の吐息が、莉璃の頬にふれた。
「得体の知れない男と無理に結婚させられ、打ち込んでいる仕事も容赦なくとりあげられる。夢や希望を奪われ、私や司家を恨みながら死ぬまで飼い殺されて生きていく。……ご自分でもかわいそうだとお思いになるでしょう?」
答えられずにいると、顎をつかまれ、強引に仰向けられた。
鼓膜を揺らすのはどちらのものともわからない心臓の音だ。
燭台の火がちらりと揺れ、彼の白肌を赤々と照らす。
なぜだろう。胸が痛い。
苦しくて、今にも焼け焦げてしまいそうで。だからいつものように怒り、彼を拒絶することができなかった。
「……ですがそれでも、あなたを逃がすつもりはないんです」
かたむいた白影の顔に、口づけされる予感。
なぜ、と頭の中が真っ白になった時、唇にかすかな熱を覚えた。
それはそっとふれるだけの、はかない口づけ。
「ひどい……ですわ」
離れた唇の隙間から、震える声がこぼれおちた。
このような形で口づけをするなんて、ひどい。
気づけば莉璃は、白影の頬を叩いていた。
けれどそれはとても弱い力。それでも右の手の平がじんわりと熱くなって、痛みを覚える。
白影は表情を変えなかった。
たぶん彼は、わざと叩かれたのかもしれない。
「出て行ってくださいませ」
口づけをされたことで、逆に冷静さを取り戻せた莉璃だったが、それでも白影は莉璃を離そうとはしなかった。
「出て行って、今すぐに……!」
「もう一度謝らせてください、莉璃姫」
彼は溜息混じりにつぶやいた。
「申し訳ありません。私の身勝手な欲のために、あなたにも犠牲になってもらいますよ」
悲しげな微笑が、莉璃の脳裏に焼き付いた。
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