第七章 真実は金色に輝く
第一話
王の執務室をあとにした二人は、軍の詰所で一台の馬車と六人の警備要員を借り入れた。
そして二人向かい合う格好で、さっそく馬車に揺られていた。
「
いくらか落ち着いて問えば、白影はこちらに視線をくれた。
「仕立屋が集合した初日、圭蘭殿相手に悠修がおかしな態度を見せたので、念のためあの二人の過去を調査しておいたのです」
そういえば以前、白影は莉璃の部屋で、書類らしきものに目を通していた。『ただの調査報告書です』と言っていたそれに、彼らの情報が記してあったのかもしれない。
「それで、今回の件では悠修が不自然に『
すぐに勘づいたらしい。
「圭蘭殿のためにと
自分の部下の失脚をどう思っているのか、白影は神妙な面持ちをしている。
馬車が目指しているのは、王都の南西方向にある
彼はそこに向かったに違いないと、莉璃は確信していた。
なぜなら以前、彼は言っていたのだ。
故郷の思い出話を口にし、『いつか必ず帰ろうと決めてはいるのです』と。莉璃とともに製作した花嫁衣装を眺めながら、妹に『こんな衣裳を着せてやることができたら、どんなに幸せか』と。
圭蘭の間者であった零真が、どのような気持ちで花嫁衣装の製作を手伝ってくれたのかはわからない。
けれどそれを持って向かった先は、やはり彼の生まれ故郷だと思えた。
「零真は間違いなく立華村の出身なんですね?」
「府庫から借りてきた地図を見て、そう言っていましたわ」
「それは五年前に製作されたものですか?」
「たしかそうだったと記憶していますが……どうしてですの?」
首をかしげれば、莉璃の膝の上に、数枚の紙が載せられる。
「これが今年度、新たに製作された地図の写しです。地図作成は兵部の担当ですが、作り替えるのは五年に一度と決まっていまして」
揺れる馬車の中、「ここです」と白影が指さす箇所に視線を落とした。
「これは……まさか、本当ですの……!?」
気づけば莉璃は悲鳴のような声を上げていた。
「このことを零真は知らないんですね?」
「ええ、おそらく……」
――なんてことなの。
まるで鋭利な刃物で心臓を一突きされたような気分になった。
心臓がどくどくと脈打って、胸が痛い。
五年の間に、まさかこのようなことになってしまっているなんて。
いてもたってもいられず、莉璃は御者台につながる小窓を開ける。
「お願いいたします、もっと急いで! お願いですから早く……!」
冷静さを失っているのはわかっている。
けれどもう、のんびりと馬車に揺られているわけにはいかなかった。
「莉璃姫、どうか焦らないでください」
白影は莉璃の肩をつかむと、落ち着くように諭してきた。
「どんなに急いでも、到着は日が暮れる頃になりましょう」
「それでは遅いわ……だって零真はきっと馬で行ったんだもの」
「ならば私たちも馬にしますか? 空は曇ってきましたが、おそらく天気は保つでしょう」
「可能なのですか?」
「あなたが私に抱き支えられるのがお嫌でなければ」
「そんなこと……お願いいたします。少しでも早く着きたいのです!」
自分が行ったからとて、なにをどうすることもできないのかもしれない。
もしや零真にも会えず、貴妃のための衣裳も取り戻せないのかもしれない。
けれど今は、早く――とにかく早く、彼のもとへと行きたかった。
* * *
その後、白影はすぐさま護衛の武官から駿馬を借りてくれた。
それに二人で騎乗し、曇天の下、必死に駆け続けること八刻弱。
立華村に到着したのは、夕刻にさしかかった頃だった。
「着きましたよ。ここが村の中心地です」
大きな湖の前で、白影は馬の足を止めさせた。
彼は馬の背からあざやかに飛び下りると、「どうぞ」と莉璃に向けて手をさしのべてくる。
白影の手に自分のそれを重ねると、抱きとめるような格好で馬から降ろされた。
「ああ……降ってきましたか」
言われて顔を上げれば、頬に冷たい雫が落ちた。
朝はあんなにも晴れていたのに、空には厚い雲がかかっている。雨が音をたてて、あたりを濡らし始める。
「通り雨かもしれません。おさまるまで柳の木の下にいてください」
「いえ、この程度問題ありませんわ。それよりも零真と衣裳を捜さなければ」
莉璃は白影の手を振りはらい、さっそく周囲の景色に視線を向ける。
目の前には大きな湖。雨のおかげで向こう岸の詳細な様子は見てとれないが、どうやら楕円形をしているらしい。視線を動かせば、湖を縁取るように植わっている柳の木と、地面を埋め尽くすように咲いている白い花が目に入る。
遠くに見えるのは、紅葉を終えた山々だ。
「これが零真が言っていた湖……」
天気がよければどれほど美しいのかと、莉璃は想像を巡らせた。
彼はいまだこの場所に来ていないのか、もしくはすでにたどり着いているのか。
「歩いて捜してみますわ。村に来ているのなら、きっと湖の近くにいるはずですから」
「止めても聞き入れてくださらないのでしょうね」
「よく理解してくださっていますのね」
雨の中、歩き始めた莉璃のあとを、白影は無言でついてくる。
季節はもう晩秋。
雨の冷たさに季節の変化を感じ、
「嫌でなければ、これをかぶっていてください」
ぶっきらぼうな言葉とともに、頭の上に白影の官服の一部が載せられる。
どうやら莉璃のために、袖を破ってしまったようだ。
「ありがとうございます」
「そう大きくはない湖のようですね」
「大人の足で一周六刻程度と言っていましたわ」
平静を装って答えつつも、莉璃の心は不安で押し潰されそうになっている。
――零真に聞かなければいけないことが、たくさんあるわ。
なぜ衣裳を盗んだのか、なぜ圭蘭の間者となったのか、どのような気持ちで衣裳製作を手伝ってくれていたのか。
零真は今、なにを思っているの?
思いを馳せれば目頭が熱くなり、白影に気づかれないよう袖で拭った。
やがて湖の周囲を三分の一ほど歩いたところで、莉璃と白影は足を止めた。
「あれは……」
「ああ、あなたの予想どおりでしたか」
湖のほとりに植わっている柳の木の下。
そこにひとりたたずむ人影を見つけたのだ。
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