18話:英雄の軌跡
胸に焼き付いた痛みがだいぶ治まるまで、丸三日もかかった。
その間、僕はなるべく大人しく過ごしていた。
鍛錬も『鈴の宿』周辺でできるものだけ。
特に《枷》を外したままの状態を長時間保てるようになるため、鍛えて鍛えて鍛えまくった。
凍傷の痛みと戦いながらの鍛錬だったから、より集中することを求められた。
そしてついに、少し〖纏雷〗にも手をつけた。
まずは魔素の感触を掴むところから。
周囲に散漫している魔素の流れ。
それを感じることができるようになるまで僕はひたすら瞑想を課せられた。
手応えは未だなし。
継続していく中で感覚を掴んでいくしかない。
そして部屋にこもっての鍛錬──四日目のことだった。
『喜べ大将ァ!
オレらの意識の同調率、それと【ギフト】の浸透率が基準値を越えたことでェ、イイコトができるよォになッたぜァ!』
突然、イゼがそんなことを言い出した。
「いいこと?」
僕は胴体の包帯を巻き直しながらそう聞き返す。
『ああァ!
これから大将はオレの中に眠ッている【ギフト】の持ち主である英雄たちの記憶を覗き見ることができるようになッたァ!
つまり英雄たちが自分たちの目で見てきた英雄譚の軌跡をォ実際に辿れるッてわけだ!
どうだァ! くッッッッッッそやべェだろァ!』
「え、ええ?」
口で説明されただけでは、よく分からなかった。
とりあえず『クソやべえ』ことであることは確かなのだろう。
『まァ、実際に体感してみたが早ェわなァ!
つゥわけでイッて来いァ!』
「え、なに」
暗転。
最後に間抜けな顔でそんな言葉を残し、僕は意識の世界へと旅立った。
=====
それは、イゼに身体を乗っ取られている時とほぼ同じ感覚。
眼球の中にあるもう一つの眼球から見える視界。
その視線の先には──凶悪な魔獣が佇んでいた。
ソレを一言で表現するならば『牛頭人身の怪物』。
湾曲した鋭利な角に、波打つ血管の浮き上がった表皮。
両手に握られている一対の巨大な斧。
止めどなく溢れ出ている涎。
そして狂気の笑みが刻み込まれた相貌。
怖い。
僕はその魔獣を目にして、心からそう思った。
『ソイツァ大将に譲渡したギフト【
そんなイゼの声がどこからか聞こえてくる。
僕はその声に少しの安心感を覚えた。
恐怖も僅かに和らぎ、目の前の光景も客観的に捉えられるようになる。
しかし、その安らぎは一瞬にして終わりを告げた。
『さァ、開戦だァ』
直後、視界が大きくブレた。
そして白雷を纏い弾ける幾百、幾千もの斬撃。
避けては斬る。
往なしては斬る。
立っては斬る。
しゃがんでは斬る。
転がっては斬る。
宙を舞っては斬る。
斬っては斬る。
斬っては斬る
斬っては斬る。
斬る斬る斬る。
どんな体勢からでも繰り出される斬撃。
止まることのない斬撃の連鎖。
質より量とか。
量より質とか。
そんな次元じゃなかった。
繰り出される“量”の全てが、これ以上ない“質”を纏っている。
これが速さの限界を超えた速さ。
極地の先の極地。
俊英──【雷髄】の剣舞。
最初こそ反撃しようと手を出してきていた牛頭人身の魔獣も、気付けばただの肉塊に成り下がっていた。
まさに細切れ状態だ。
僕はその光景を目にし、戦慄に打ち震えた。
「──っはあっ! はあっ!」
そして現実へと帰還する。
『戻ってきたなァ!
どォだァ、史上最速の剣技を目の当たりにした感想はァ!』
イゼにそう問いかけられ、僕は言葉に詰まった。
今実際に目にし、感じたものを僕の持つ言葉で表現することは不可能だと思ったから。
あの至高の斬撃は、僕なんかが簡単に解釈できるものじゃない。
あれは最早、一つの『作品』だ。
僕はそんな思いと共に黙り込む。
するとその沈黙こそが答えだというように、イゼはどでかい嗤い声を上げた。
=====
あれから。
僕は素振りをする時、師匠ともう一人──【雷髄】の影を視界に映し出すようになっていた。
質と量の到達点。
速さに特化した斬撃。
「ふっ、ふっ」
一通り短剣を振り、僕は腕を下ろした。
違う。
全然違う。
こんなものじゃない。
頭の中にこびりついて離れないあの【雷髄】の斬撃は、こんなものじゃないんだ。
「はっ、はっ、どう、して」
情けない顔でそう呟く僕。
みっともない剣しか振ることのできない自分に歯痒さを覚える。
『大将よォ、アドバイスしてやろうかァ?』
そんな僕に降ってきたのは、イゼのそんな言葉だった。
僕は藁にもすがる思いで首を大きく縦に振った。
『大将よォ、自分自身では気付いてねェだろうがァ、てめェ【雷髄】の記憶見てからちッと前までの欲張りクンに逆戻りしてんだよァ』
「っ」
そう言われて、僕は黙るしかなかった。
そうだ。
僕は焦らず一歩一歩前進していくと誓った筈だ。
向こう見ずで突っ走るのではなく、自分に出来ることを一つずつやっていこうと、そう確かに誓った。
あの【雷髄】の魅せた剣の軌跡を完全に再現することは、果たして今の自分に出来ることと言えるのか?
『そうじャあ、ねェよなァ?』
イゼは真剣な声で言った。
『オレはなにもあの斬撃を完全に模倣しろッて言いたくて記憶を観せたんじャあねェ。
つゥか、無理だろァ。
あれはあくまで一つの指針だァ。
てめェにはてめェだけの剣がある。
そいつのための
「僕の、剣」
僕は【雷髄】じゃない。
身長も、体重も。
骨格も、体格も。
性格や考え方だって、なにもかも違うんだ。
僕は僕だ。
僕は僕のまま、より強くなれるように【雷髄】の剣技を取り込むんだ。
『そうだァ。
てめェがやることは模倣じャねェ。
かッ喰らうことだァ!
なにもかも全てかッ喰らッて、アイル・クローバーを構成する一つにしちまえ』
喰らう。
喰らう。
僕は短剣を握って立ち上がる。
『まァ具体的なアドバイスをしてやるとすりャあ、そうだなァ。
常に意識するのは“量”。
繰り出し続ける“量”の中で敵サンは絶ッ対ェにどこがで隙を見せる。
そこでたッたの一つ、一撃だけで良い。
渾身の“質”を紛れ込ませろァ』
──【雷髄】のようなナァ。
そのイゼのアドバイス一つ一つが水滴のように僕の中に染み込んできた。
僕は頭の中でその教えを何度も反芻する。
意識するのは“量”。
その中に、渾身の“質”を紛れ込ませる。
「よし」
そして僕は短剣を握り直した。
気付けば、周りが真っ暗になるまで僕は剣を振るっていた。
大の字になって地面へと倒れ込み、肩で大きく息をする。
『だァァいぶマシになッたじャねェかァ。
その調子だァなァ!』
「う、うん」
イゼからのそんな言葉に、僕は少し嬉しくなる。
まだ、剣の柄を握る手のひらが熱い。
あれからずっと剣を振っていたのに、それを苦だと思うことは一度もなかった。
素振りは、身体との対話だ。
剣一振りごとに感覚が研ぎ澄まされていくのが分かった。
それでも、幾千と振るってきた中で辛うじて再現できたと言える【雷髄】の剣筋は、たったの一筋だけ。
まだ。
もっと僕のものにできる。
僕はもっと、強くなれる。
そう自分に言い聞かせ、僕はまだ熱を残す手のひらを握り込んだ。
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