12話:飢えた万雷
翌朝、剣の都はたった一つの話題で騒然となっていた。
その話題というのは勿論──昨夜、突如として斬り倒された精霊樹について。
『魔獣の仕業に違いない』
『革命軍【
『精霊樹から伸びる一条の白い稲妻を見た』
剣の都では様々な憶測や噂が飛び交っていた。
また、いたるところで警備に励む冒険者たちの姿が見られた。
この都の顔とも言える【氷霊】のギルドの冒険者たちは勿論のこと、普段はいがみ合っている精霊序列三位【癒霊】のギルドや、精霊序列四位【地霊】のギルドの冒険者たちまで。
その光景は、今ここ剣の都が直面している事態の深刻さをそのまま物語っていた。
まあ、でも、その……原因は全て僕たちにあるんだけど。
『イイなこりャあァ!
お祭り騒ぎじャねェか!』
「よ、良くないよ!
ああもうどうしよう!
僕たちの仕業だってバレて捕まっちゃったりしないかな!?」
『だァいじョォぶだッてェ!
このオレが断言する!
昨日オレらを見てたヤツァ一人もいねェ!
つゥかオレの速さを目で追えるヤツは絶ッ対ェいねェ!!』
そんな自信たっぷりのイゼの言葉に「なら良いんだけど」と歯切れの悪い返事をした僕は、思い出したかのように押し寄せてきた身体中の痛みに悶絶した。
ベッドの上をのたうちまわる。
「ッ〜〜〜、ッ、ッ」
『オイオイ大丈夫かよァ?
久々の生身でちッと張り切り過ぎちまッたかァ。
悪かッたなァ。
後悔はしてねェがなァァァァァ!!!』
イゼ曰く、この痛みは【
──【
あの後、僕はイゼから詳しくこの【ギフト】についての説明を受けた。
この【ギフト】には大きく分けて二つの能力が備わっているらしい。
一つが──身体の“内側”で作用する能力。
もう一つが──身体の“外側”で作用する能力。
前者の能力の名は〖解枷〗。
文字通り、身体中のあらゆる《枷》を強制的に取り去ってしまう能力。
筋力の過剰な増強。
関節の可動域拡大。
五感の超強化。
これを極めれば、人体を使った大抵の芸当は再現することが可能になるらしい。
だけど、このように反動が大きい。
動けなくなるくらいの痛みが身体を襲ってくる。
これに関しては、より《深度》を深め、身体の基礎能力を向上させていくことでしか克服することはできないらしい。
そして、後者の能力の名は〖纏雷〗。
この能力も文字通りで、周囲に生成した雷を身体に纏うことができるようになる能力。
これは【
ここで一つ『それでは【魔法】と同じではないか』という疑問が生まれる。
しかし、そう思えて実は全然違う。
人々が【魔法】を行使する際に利用しているのは、体内魔素と呼ばれているものである。
これは一度【精霊結晶】を通して体内に取り込んだ魔素のことを指す。
これに対して、〖纏雷〗を行使する際に必要となるのは体外魔素と呼ばれているものになる。
これは【精霊結晶】を介していない、どこにでも満ちている天然の魔素のことを指す。
つまり、わざわざ【精霊結晶】を通して【魔素】を体内へと取り込み、それをあらゆる力へと変換させるという【魔法】行使の過程を、〖纏雷〗は丸々すっ飛ばしてしまっているというわけだ。
周囲に魔素が満ちている限り、無尽蔵と言っても良いほどの白雷の生成が可能となる。
ほぼ反則と言って良いほどの力だ。
あえて難点を述べるとすれば、引き出す白雷の威力が周囲の魔素量に依存してしまうこと。
それともう一つ、白雷に変換できる魔素は自分から半径五メートルの範囲内に存在しているものに限るということくらい。
『まァ、こッちはあくまで副次的な能力だァ。
だから鍛えるなら先に〖解枷〗を鍛えなァ!』
イゼはそう言っていた。
確かに、この身体中の痛みからしてちゃんと言う通りにした方が良いだろう。
『まァ、痛ェのは分かるぜ大将ォ!
だがァ一体いつまでそうしてられねェよなァ!?
せッかくのお祭り騒ぎにこのままじャあ混ざれなくなッちまうぜェ!』
「ち、ちょっと待って!
あと少し! あと少ししたら頑張るからぁー!」
僕の苦痛に満ちたそんな声は無情にもイゼの嗤い声に掻き消されていった。
=====
太陽が真上を通り過ぎた頃。
昼食(と獣の肝)を摂った僕は悲鳴をあげる身体に鞭打って【氷霊】のギルドへと向かった。
そしてその光景を目にして立ち尽くす。
そこにあったのは、騒然と混乱が入り乱れた空間。
ギルドのカウンターには冷静さを失った人々が多く押し寄せており、受付嬢さんたちは掠れ声になりながらも必死に対応をしていた。
「こ、こんなことに」
僕はそんな言葉を漏らすしかなかった。
「誰か説明してくれー!」「魔獣がこの都に紛れ込んでるって本当なの!?」「私は革命軍が攻めてきたって聞いたんだけど?」「んなことより俺らの命は大丈夫なんだよなあ!」
人々の放つ負の感情がギルド内を満たしていく。
それはまるでコップに水が注がれている様子を想起させた。
限界まで注がれた不安という名の水が、今にも溢れ出そうだ。
ちゃぷちゃぷ、ちゃぷちゃぷと。
そして遂にその許容量は限界を迎え──
「うるっさああーーーーーーーーい!」
そのたった一言で、【氷霊】のギルド内はシンと静まり返った。
──【迅姫】ベルシェリア・セントレスタの一言によって。
場の視線は一気にそこに集中した。
僕も慌ててそちらに目を向ける。
そこにあったのは、いつもと変わらない師匠の姿。
張り詰めていた場の雰囲気が、一瞬にして変わったのが分かった。
人々の鬼気迫っていた顔が安堵の色に染められていく。
師匠は銀の髪を揺らして全ての視線を釘付けにすると、大きく胸を張って口を開く。
「心配は無用!」
そして斬り倒された精霊樹へと人差し指の先を向ける師匠。
続けて、淀みのない声で言い放った。
「あんなことしたヤツは、【迅姫】が
『わ────────っっ!!』
力強く放たれたその言葉は、人々を支配していた不安を一瞬で拭い去った。
彼女の口にする『絶対』がどれほど信用に足るものか、剣の都の人々は知っていたから。
自分たちはもう心配ない。
英雄【迅姫】がこの都にいる限り、自分たちが何者かによって脅かされることはない、と。
人々は本気で信じ込んでいるのだろう。
冷めやらぬ熱気。
止まない歓声。
そんな中、ただ一人。
顔を真っ青にして佇んでいる人物がいた。
というか僕だ。
「……ぶっ飛ば、される?」
僕が。
『ケッケッケ!
さァなァ。だがもしそうなッたら、オレが代わりに相手してやるから安心しなァ!』
「ええ!? そうなったらとか言わないでよ!!」
本当に!
そうなってしまいそうで怖いから!
自分に正直に。
嘘は自分を弱くするから口にしない。
そう決意した途端にこれだ。
僕はこの熱りが冷めるまで、極力師匠には近付かないようにしようと心に決めた。
追求されたとして誤魔化しきれる自信がないから。
しばらくは、目立たないように鍛錬をしよう。
=====
『自分の脳ミソん中にある《
脳ミソッつうのは意識の源だァ。
そこの《枷》が外せりャあ、見える世界は全くの別物になるァ!!』
僕はベッドの上で正座をし、そんなイゼの言葉に耳を傾けていた。
これは〖解枷〗を扱えるようになるための訓練。
その、第一段階。
僕はまだ第一段階目にして躓いてしまっていた。
──身体中のあらゆる場所に存在している《枷》の存在を感じ取れ。
イゼの口から耳にタコができそうになるくらい聞かされた言葉だ。
抽象から具体へ。
それが“ある”ということを身体に信じ込ませる。
解はず すのは、それができてからだ。
「っぅ、ぐぅぅぅ」
『そォだ、もっと集中しろァ。
最初はたった一つの《枷》でイイ。
極限まで感覚を研ぎ澄ませてその一つを感じろォ』
もっと明確なイメージを。
もっと。
もっともっと。
もっともっともっと。
もっともっともっともっと。
もっともっともっともっともっと──
ぷつ。
「〜〜〜っ、ぁ」
ぽたぽた、と鼻から溢れ出してきた赤い液体が服の上へと滴り落ちた。鼻血だ。
僕はベッドのシーツを汚してしまわないよう、すぐにその場から飛び退いた。
そして応急措置として布を鼻へと押し当て天井を仰ぎ見る。
鼻血なんて出したのは、いつ以来だろうか。
『オイオイ!
鼻血ぶちまけようと血便垂れ流そうと気にならねェくらいになるまでもッと深く集中してみやがれやァ!
ぬりィ! ぬりィぜ全くよァ!』
「む、無茶言わないでよ」
『オイオイ!
オレと共に生きていく上で無理無茶無謀は一生付きまとッてくるもんだぜェ!
こんぐらいで根なんてあげないでくれや大将ァ!』
イゼはずっとこんな感じだ。
僕がどんな状態になろうとおかまいなし。
自分が良ければ全て良し。
自分勝手の化身。
自分至上主義者。
ジト、といった視線をイゼへと送る僕。
そんな僕の様子を見て、イゼは『んだァ!? もう終わりかァ! ッたく仕方ねェなァ!』との声をあげた。
『とりあえず今日はここまでだァ!
続きは明日からァ!
夜はゆッくり休みなァ!』
「え、う、うん」
案外すんなりと僕を解放したイゼに、キョトンとした表情を浮かべてしまう僕。
『じャあ、また明日なァ』
最後にそう口にするイゼ。
僕はその声の奥に、怪しく口角を吊り上げるイゼの表情が見えたような気がした。
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