9話:台詞と【ギフト】


『《深度》が一〇〇〇を越えるのが次の課題ね。

 これまで通り素振りと葉斬りでコツコツやっていっても良いし、なんなら決闘なんかに手を出しちゃっても良いよ!

 大丈夫、アイルは今成長期なんだから《深度》一〇〇〇なんてすぐさ!』


 それが、最後に聞いた師匠の言葉。

 与えられた次の課題。

 師匠たちの桁違いの《深度》を聞き焦燥に駆られていた僕は、その日のうちに決闘相手に飢える冒険者たちが蔓延っている中央広場へと向かった。


 そして僕は──いや、ゲロ吐き《田舎者ヒック 》は、恰好の的となった。


「【迅姫】の弟子になったって聞いてからこの都のヤツら全員何もできずにいたが、決闘ってんなら思わずやり過ぎちまっても仕方ねえよな?

 まあ安心しな、殺しゃしねえ。

 ただ俺らのこの曇ってる胸ん中をちったあ晴らさしてくれや」


 そう言って一番最初に決闘を申し込んできた同い年くらいの少年を皮切りに、次々と押し寄せてくる決闘志望者たち。


 羨望、不快感、苛立ち。

 その剥き出しになった敵意に竦み上がることしかできなかった僕は、一人二人と相手をしていくにつれてボロ布のようになっていった。


 途中様子を見にきてくれたシティさんに止められていなかったらどうなっていたか、想像もしたくない。


「なに一人で突っ走ってるんですか。

 本当に向こう見ずの馬鹿なんですね」


「っ、っ」


 中央広場の隅っこで治療を施される僕。

 情けなさから涙が溢れた。

 泣きたくなんてないのに、止まらない。

 僕自身、涙を抑えられない自分が恥ずかしくて仕方がなかった。


 しかし、やがて涙は止まり、僕たちの間には沈黙が訪れる。

 僕から先に何度も口を開こうとした。

 ありがとう、でも。

 心配かけてすみません、でも。

 言えることは幾らでもあった。

 でも、言えなかった。


「向こう見ずは決して賢いこととは言えませんが、同時にわたしはその衝動に従うままに行動できる人を凄いとも思います」


 いつまでも黙ったままの僕を見てシティさんが紡いだのはそんな言葉だった。


「ただ、今のアナタには、一度自分自身と向き合うことが必要です」


「っ」


「強さというものは、ただがむしゃらにやっていれば勝手につくような単純なものじゃない。

 もっとその強さに至るまでの過程に目を向け、今できることを精一杯模索すること。

 アナタに求められているのは、そんなことです」


 それは、当たり前のことだった。

 少しずつ力がついてきたことで、これから挑戦していくことすべてがうまくいくと思ってた自分が恥ずかしい。

 欲に囚われ、身の丈にあっていないことに手を出そうとして手痛い失敗を受けた自分が、あまりにも滑稽に思える。


 そうだ。

 僕はまだ、たたの馬鹿で凡庸な端役だ。

 一つ、そしてまた一つ。

 自分にできることを積み重ねていこう。


「──っ」


 バシッと僕は両手を頬に叩きつけた。

 つい今しがた傷を負った場所がヒリヒリと痛む。

 しかしその痛みも、この気持ちを忘れないよう一緒に胸の中に刻み込んだ。


「その、シティさん。できれば、今の自分と向き合うために今の僕にできることを……強くなるために必要なことを、教えてくれませんか」


 そして、僕はそんな言葉とともに頭を下げた。


「その前に『ありがとう』や『ごめんなさい』でも言ったらどうですか」


 深々と下がった僕のつむじに返ってきたのはそんな言葉だった。

 その後、僕は何度も『ありがとうございました!』『ご心配をおかけしてすみませんでした!』と口にして頭を下げた。


=====


 ──【ギフト】

 それは英雄譚に欠かせない要素の一つ。

 自分よりも強大な敵に立ち向かうために、英雄が手にする人間の枠を外れた力。


 それは精霊によって授けられる【魔法スペル 】とは似て非なるもの。

 与えられる【魔法スペル 】とは違い、【ギフト】とは己の中に芽吹くその人だけの力。


 いわばそれは、無限の可能性からの贈り物。


 その人のための、その人だけのもの。

 千差万別の力。

 力が欲しいという渇望さえあれば、それはこの世のあらゆる事象を再現することができる。


「ただ、そんな力が簡単に手に入るはずがない」


 シティさんはそう言って、逸る僕の心を落ち着かせた。


「ここで突然なのですが、アイルは『考えより先に“言葉”が出てくる感覚』って分かりますか?」


 シティさんの口から出たのは、そんな質問だった。

 思い当たる記憶がない僕は正直に首を横に振る。

 そんな僕に向かって、シティさんは言った。


「人を作り上げているのは“言葉”だ。

 “言葉”には魂が宿る。

 “言葉”とはその人そのものだ。

 つまり嘘をつくことは自分自身を否定することと等しい。

 魂からの“言葉”を紡がない者に成長はない。

 そして魂の髄が絶叫を上げた時、それをありのまま自分の“台詞ことば ”として紡ぐことができた者だけが主役えいゆう にまた一歩近づくことができる。

 ──つまり“台詞ことば ”とは、人が【ギフト】を手にして昇華するために必要となる鍵であり、全てを受け入れ曝け出した魂おのれ の証明だ。

 主役えいゆう と呼ばれる者たちは、まるで息を吐くかのようにそんな台詞ことば を紡ぐ。


 これは師匠が最も口を酸っぱくして言ってくる言葉です」


 僕はシティさんの放つ一つ一つの言葉に耳を傾け、頭に染み込ませた。


「英雄譚を読んでいて、一番心を震えさせられる瞬間はいつですか?」


「え? えっと」


 それは、えっと。

 えっと……


「強大な敵を目の前にして、主役えいゆう が勇気を示している瞬間ですよね?

 そんな魂の証明を伴った“台詞ことば ”に誘発されて、【ギフト】というものは発現するのです」


「な、なるほど」


 原理上は分かった。

 しかしあくまで原理上。

 魂の証明を伴った台詞ことば 、と言われても、正直どうすれば良いのかなんて分からない。


「どうすれば良いのか分からない、って顔をしてますね。

 大丈夫です、正直【ギフト】が発現していないわたしにもこれについてはよく分かりません。

 しかし、魂からの叫びというものは、頭で考えていてはいつまで経っても理解できないものです。

 答えは戦いの中に眠っている。

 ──死闘に身を投じずして回答を導き出そうなどという考えは甘えだ、と師匠も言っていました」


 そう言うとシティさんは立ち上がった。


「さて、質問は『強くなるために必要なことを教えてくれ』ってことでしたが、わたしはこんなことを教えるくらいしかできません。

 常に自分に正直に。

 ありのままの自分を受け入れること。

 その先に生まれた“台詞ことば ”に、自分の価値が宿るんだと思います」


「な、なるほど。

 分かった……ような気がします」


 僕がそう言うとシティさんは「そうですか」と口にしてこちらに背を向けた。


「それではあまり役には立てなかったかもしれませんが、わたしは行きます。

 わたしも、いつまでも殻を破れないままではいられませんので」


 そうだ。

 この人の隣に立って歩けるようになるためにも、僕はここで立ち止まっているわけにはいかない。


 ──強くなるために、僕にできることを。

 僕は何度も自分に言い聞かせ、歩き出した。


=====


「それでどうしたのさ、突然また宝物庫に入らせてくれなんて」


 不思議がりながら宝物庫の鍵を開けようとしている師匠が放ったそんな疑問に、僕はドキリとした。

 咄嗟に何か嘘をついて誤魔化そうとおもったが、先ほどのシティさんとの会話を思い出し踏みとどまる。


 言葉には魂が宿る。

 嘘は自分自身を否定すること。


「い、いや、その、この前気になってたものがあったから」


 そして出た言葉が、そんなものだった。

 嘘は言ってない。


 ──この前気になってたもの。

 それはもちろん、あの喋る本。

 自分で【魔導書】なんて名乗っていた、あの頭のおかしな書物。



 ──待て待て待て! 強くなりてェだろ!?



 本当は関わりたくなんてなかった。

 でも、これは・ の ・ ・ ・ ・ き ・ ・ ・ ・ の一つだ。

 そこに手にすることができる力がある以上、今の僕は手を伸ばさずにはいられない。


 ガシャン、と。

 そんな音を鳴らして鍵が落ちる。

 僕は再び、その場所に踏み込んだ。

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