20話:命を懸ける覚悟


 あれから、僕は勝利の味に酔い痴れたように闘技場での闘いに明け暮れる日々を送っていた。


 勝って、勝って、勝つ。

 倒して、倒して、倒す。

 喰らって、喰らって、喰らう。

 闘う相手は【灰餓狼】【魔猿】【小鬼】【小悪魔】と様々だったけど、“速さ”の一点で凌駕している限り危ない状況に陥ることはなかった。


 “速さ”とは“強さ”。

 その方程式が明確な実感となって身体へと染み込んでゆく。


 さらに加速してゆく成長。

 これまでの比ではない速さで身体の中に蓄積していく【祝福】。

 より《深度》が深まっていくにつれて、《枷》を外すことによって引き出せる力の大きさもより肥大していく。


 止まらない。

 止まらない。

 止まれない。


 レ、試してみて良いかな?」


『まッてましたァァ!!』


 檻から姿を現した今日の相手──【樹人トレント 】を前にそんな会話を交わす僕とイゼ。

 イゼのそんな返事を聞いた僕は、短剣を抜かずに駆け出した。


 外す《枷》の場所は、もちろん『脳』と『下半身の筋肉』の二箇所。


『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!』


 歩く木、と呼ばれている【樹人】であるが、実は見た目の割に動きは結構速い。

 特にいくつもの蔦を使って繰り出される攻撃。

 それは鞭のようにしなりながらこちらへと襲いかかってくる。


 だけど、問題はない。

 僕はゆっくりとなった世界の中で、それらの攻撃を紙一重で躱しながら前進する。

 それは曲芸師さながらの動き。

 飛んで、跳ねて、這って。

 あらゆる角度からの攻撃に対応する。


 そしてついに本体へと手の届く距離までの接近を果たす。

 ──接触。

 僕は身体の周りに散漫している魔素を手のひらへと集約させ、弾き出した。


「【飢えた万雷ハングリィ・ダンプティ 】」


 ──〖纏雷〗

 バヂン、と音を立てて可視化する白雷。

 それは微々たるものだったが、僅かな間【樹人】の動きを奪うには充分の威力だった。


 膠着する【樹人】の身体。

 僕は瞬き一つする暇も惜しむように腰から短剣を抜き放つ。

 そして繰り出すのは膨大な“量”にモノを言わせた斬撃の嵐。


 五閃、一〇閃、一五閃。

 そして二〇閃も放たないうちに、【樹人】は絶命した。


『悪くねェ!!』


 イゼのそんな言葉を耳にしながら、僕は短剣を鞘へと収める。

 そして降り注ぐ【祝福】を足輪に埋め込まれた【精霊結晶】から取り込んだ。


=====


「し、《深度》──六七〇七です」


 いつもの【氷霊】のギルドの受付にて。

 僕の【精霊結晶】の《深度》を計測した受付のお姉さんは、頬を痙攣させながらそう口にした。

 聞き耳を立てていた周囲の【氷霊】のギルドの冒険者たちもその《深度》を耳にしてざわめく。

 そして誰もが奥歯を噛みしめるような表情を浮かべた。


 僕自身もその《深度》を耳にして、呆気にとられた顔を浮かべる。

 現実感が伴わないまま僕は足輪を受け取り、それに視線を落とす。


 そして、気付いた。


「白く、なってる」


 僕の【精霊結晶】に、目で見てはっきり分かるほどの色が灯っていた。

 薄い。それはまだ薄い白色。

 師匠の【精霊結晶】のような吸い込まれるほどの深さをした色ではない。


 だけどそこには確かに《色》が見えていた。


「ここまで不純物の少ない白は珍しいですね」


 受付のお姉さんがそう口にする。

 以前、師匠が【精霊結晶】の色はそのまま持ち主の本質を表すのだと説明してくれたことがあった。

 それと関係しているのだろうか。

 僕はそこまで考えを巡らせ、ハッと顔を上げた。


「そういえば、今日も師匠は?」


「その……はい」


 また、か。


『ケッケッケェ!』


 あの日。

 イゼ──【黒い男】との衝突を果たした日から、師匠は変わった。


 それはさながら、より強さを追い求める戦鬼。

 暇さえあれば魔獣の森に赴き、野生の魔獣を狩って狩って狩りまくる。

 それにより魔獣の数は一時的に激減。

 冒険者稼業全体を揺るがす事態までになっている状態だとか。


 僕はその話を耳にするたびに凍傷の跡の痕が気になって仕方なくなる。

 一体この傷の痕を見られた時、僕はどうなってしまうんだろうか。


「全く、仕事も全部放ったらかして」


 受付のお姉さんの口からブツブツと不満の呟きが漏れる。

 僕はその様子に苦笑いを浮かべながら、「それじゃあ」と踵を返した。


 その時。


「お腹空いたーー!」


 勢いよく【氷霊】のドアが開け放たれ、その奥から久し振りに目にする師匠の姿が現れた。

 騒がしかったギルド内の空気は一変。

 師匠の姿を目にした者から、一気に緊張感が伝播してゆく。


 銀色を振り撒きながらこちらに歩んでくる師匠の肩には、パンパンになったバックが担がれていた。

 その隙間から見えているのは──【収納結晶】。

 それは小石程度の大きさのものでも、僕の一年分の宿代と変わらないほどの価値を持つ結晶。


 【収納結晶】というのは【創霊】のギルドの錬成師によって創られた叡智の結晶で、なんでもこの世のあらゆる物質をその中に収納することができるというまるで御伽噺にでてくるような夢のアイテムだと聞く。


 最近は倒した魔獣から出る戦利品やら採集した素材やらを持ち帰るためのものとして冒険者たちから重宝されているとは聞いていたけど、師匠の持つソレは大きさが桁違いだった。

 一体どれだけの量を収納することができるんだろうか。


「あれ、アイル!

 もしかして《深度》測定に来てた?」


 そんな考え事をしながら立っていた僕は、一瞬で師匠に見つかってしまう。

 一直線に僕の元へと向かってくる師匠。

 僕は傷の疼きを感じながら下手くそな笑みを浮かべた。


「は、はい」


「それで、今どんな感じ!?」


 僕は今受付で聞いた数値をそのまま話し、師匠へと足輪を見せた。

 師匠はその【精霊結晶】に灯る白い色を見て、僅かに目を細める。


 そして大きな笑顔を咲かせた。


「さっすがアイル!」


 そう言って僕の頭を撫で回してくる師匠。

 僕はされるがままの状態になっていた。


「実を言うとアイルの姿を見ただけで分かってたよ。

 どれだけ成長してるかはね!

 うんうんうん。

 でもさ、アイル──結構無茶してるでしょ?」


 その師匠の言葉にギクリとする。


 その通りだった。

 負けられない。

 勝ちたい。

 敗北への恐怖からか。

 勝利への執着からか。

 闘技場で闘い始めてから、その言葉が頭の中にこびり付いて取れなくなっていた。


 これまで積み重ねてきたものがたった一つの敗北で脆くも崩れ去ってしまうのではないかという思いからくる恐怖。

 おそらく、それが一番大きいんだと思う。


 僕は気付けば短剣を振っていた。

 その嫌な想像を払拭するために。

 最近はイゼにお願いして、寝ている間もずっと英雄の記憶の中に潜らせてもらっている。

 英雄の軌跡を辿り、それを喰らって自分のものにしようと剣を振る。

 毎日がその繰り返し。


「そんな無茶をするアイルちゃんに一つ助言をしておこうかな」


 師匠は一際優しく僕の頭を撫でると、そんなことを口にした。


「人は進化を余儀なくされる『その時』に備えて、 覚を持つ必要がある」


「命を、かける」


「そう。

 言っておくけど、それは“死ぬ覚悟”じゃないよ。命を懸ける覚悟っていうのは『絶対に生き抜いてやるぞ!』っていう強い意志のこと」


 師匠は真剣な顔で言った。

 それは、今の僕の心の内を隅々まで見透かしているように。


「どんなにかっこ悪くたって、みっともなくたって、負けてしまったって、選んだ選択肢が『死』以外ならなんだって良い。

 全身全霊の先に選んだ選択肢に正否なんてないのさっ!

 生きていることに、意味がある。

 生きていれば、チャンスってヤツは絶対に訪れる」


 その言葉一つ一つを聞くたびに、僕の心と身体は軽くなっていった。

 大丈夫大丈夫と師匠が言ってくれている気がして。


「アイルには一番最初に『走り続ける』って課題を課したでしょ。

 それも命を懸ける覚悟の支えとするために課したんだ」


 そして師匠は言った。



「もしもの時は、勇気なんて置いて逃げること」



 それが最も大事であることだと言うように。


「逃げても良い。

 ただ、走ることはやめないこと。

 走って走って走り続ける。

 それが遠回りであろうと、走り続けていれば勇気なんてものは後から付いてくるのさ」


 そして師匠は大きく笑った。


 敵わない、と。

 心からそう思った。

 僕の悩んでたことなんて、この笑顔一つで吹き飛ばされてしまう。


 ──これがベルシェリア・セントレスタ。

 ──これが主役えいゆう の一人と呼ばれる存在。


 憑き物の取れたような表情を浮かべる僕を見て、師匠はもう一度笑う。


「じゃあ、今日狩った魔獣の報告するから待ってて!

 これから一緒にご飯行こう!」


 そう言って師匠は受付へと走って行った。


=====


「それれぇ〜、わたひ、そのとき生まれてはじめひぇ『参りまひた』って言っひゃったのぉ〜」


「し、師匠、その話もう六回目……」


「もうあの日からアイツとの闘いがあたまから離れないのよう〜!

 ずっとからだ動かしてないとぉ、からだ中が熱くってぇ〜」


 ──これがベルシェリア・セントレスタ。

 ──これが主役えいゆう の一人と呼ばれる存在。


 ……まじかぁ。


 かれこれ三時間。

 僕はベロベロに酔っ払った師匠の話を無理矢理聞かされていた。

 それもぶっ続けで。


 話題の中心にいるのは【黒い男】──イゼ。

 師匠がずっと口にしているのはイゼと戦った時の様子。

 想いのうちを赤裸々にぶちまけるその様子は、まるで恋する乙女のようだった。


 やれ、私の 対 をあしらわれたのは初めてだの。

 やれ、あんなに強い男の人は初めて見ただの。

 やれ、こんな気持ちになったのは初めてだの。


 もう話の内容は初めてづくし。

 僕だってこんな師匠を見たのは初めてだった。


「これがぁ〜、初恋ってヤツなのかなぁ」


 んあ゛ーー!!


「好きになっひゃったぁ」


 んあ゛ーーーーーー!!


 僕は地面を転げ回りたい衝動に襲われる。

 我慢してプルプルするだけに留まるけど。


 ごめん師匠。

 その相手、実は今僕の中にいるんだ。


『色々と気の毒になァァ!!』


 師匠が可哀想で涙が出そうだった。

 結局この後、シティさんの助けがあるまでずっと僕はずっと師匠の内に秘めた想いを聞かされ続けた。

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