24話:開幕


 ──魔獣の森に【化け物】が出た。


 そんな噂が剣の都に流れ始めたのは、アイルが魔獣の森に足を踏み入れてすぐのことだった。


 都を駆け巡る多くの冒険者たちの訃報。

 精霊序列三位【癒霊】のギルドへと次々に担ぎ込まれてくる怪我人たち。

 その不気味な気配は混乱へと形を変えて剣の都を蝕んでいった。


 剣士曰く、その化け物は冒険者を殺しては死体から武器を剥ぎ取っていたという。


 魔法スペル 使い曰く、その赤黒い色をした上皮は魔法を一切通さないほど厚く、跳ね返してしまうほど硬かったという。


 荷物持ち曰く、その眼光は魔獣すら竦みあがらせてしまうほど鋭く、見たもの全てに明確な『死』のイメージを植え付けてきたという。


 誰もが口を揃えて話すその魔獣の名前。

 それは──【大鬼オーガ 】。

 それだけではない。


 ──【亜種】。


 それは、突然変異の影響で、他とは一線を画した先天的な力をその身に宿してこの世に産み落とされた特殊な魔獣。


 瘴気の鎧。

 卓越した自然治癒力。

 生き物を従属させる瞳。

 首を斬っても死なない生命力。

 先天的な力の種類は千差万別。


 これまでに観測されたその力を挙げていけばキリがない。

 そんな卓越した力を備えて産まれてくる魔獣たち。

 それを人々は【亜種】と一括りにして呼んでいる。


 それは数千、数万体の中に一体いるかどうか。

 それほどまでに希少とされている存在。

 そんな存在が魔獣の森へと足を踏み入れた。


「あの【大鬼】ッ、腕を も持っていやがったッ!

 四本の腕で並の人間には振れねえような大剣を軽々と振るいやがるッ!

 その上こっちの攻撃はアイツの上皮に傷一つ付けられねえ!」


 歩く災害。

 暴虐の化身。

 血に飢えた猛獣。

 死を振り撒く悪魔。

 精霊序列一位【氷霊】のギルドへとなだれ込んできた冒険者たちは、その怪物のことを口々にそう表現した。


 混乱で満ちるギルドの大広間。

 あちこちから上がる絶叫。

 漂う血と汗の臭い。

 そんな光景を見下ろす視線が、一つ。


「やっぱり運命は私の味方だ」


 ──【迅姫】ベルシェリア・セントレスタ。

 ベルシェリアはその整った顔を興奮で染め上げながら、抑揚のある声でそう口にした。

 まるでこの時をずっと待っていたかのように。


「ついに生まれる。

 私に次ぐ新時代を切り拓く主役えいゆう が」


 ベルシェリアの筋書きシナリオ には、既にその主役の名が刻まれていた。


 ──【淑姫】シティ・ローレライト。

 それは最も【迅姫】を魅了する存在。

 それは最も【迅姫】の興味を引く存在。

 それは最も【迅姫】を夢中にさせる存在。


 ああ、どうして未発達の幼い才能とはこれほどまでに私を惹きつけるのだろう。


 ベルシェリアはそんな想いを乗せて熱のこもった息を一つ吐いた。

 そして報告書に記載されている【亜種】についての記述を視線で撫でる。


 ──ひと押し。

 ──あと一押しだ。


「この魔獣は、未だ《階位クラス 【1】》のあの子シティ を彩る最後のスパイス。

 この魔獣への勝利をもって、シティはきっと次の階位へと至る」


 シティが定めた《深化》へと至るための【誓い】。

 壁にぶつかる前のシティが紡いだ、心からの願い。


 それは──〝主役になること〟


 偶然か必然か。

 それはアイルの定めた【誓い】と全く同じもの。

 それはベルシェリアはおろか、本人たちすら知らない事実。


 全てを知っているのは、精霊のみ。


 運命は既に動き出していた。

 主役も端役も。

 全てを巻き込みながら。


 その運命の渦中で、ベルシェリアは紡ぐ。


「さあ、歴史の転換期だ」


=====


 人々は予感していた。

 新しい主役えいゆう の誕生を。


「お、おい」

「……ああ」


 剣の都内全てのギルドへと貼り出された、何枚もの羊皮紙。

 人々はそれを見上げ、息を飲んだ。


 それは──指名手配書。

 剣の都を脅かしている四本腕の【大鬼】討伐を呼びかける依頼書。


『【賞金首魔獣バウンティモンスター 】認定』

『個体名:【弁慶童子】ヴィズゴンド』

『懸賞金:三〇〇〇〇〇〇〇ゴル』

『特徴一:四本腕』

『特徴二:魔法スペル を通さない強靭な上皮』

『特徴三:主として利用している武器は大剣』

『特徴四:赤黒い瘴気を纏った姿』

『特徴五:肩に大きな傷がある』

『その他の情報求む』


 賞金首魔獣バウンティモンスター 

 それは討伐の困難さから、賞金と個体名を懸けられた魔獣のことを指す。


「ヴィズゴンド」


 誰かがその名を呟いた。

 それがその厄災の名前。

 そして誰かが唾を飲み込んだ。

 世界にはこんな言葉がある。


『──賞金首魔獣の誕生は、英雄誕生の前触れ』


 懸賞金魔獣の討伐は【英雄録】にその名が刻まれるほどの偉業である。


 賞金首魔獣の『死滅』。

 それは英雄の『誕生』。

 懸賞金魔獣討伐という儀式を経て、英雄という存在は誕生する。

 

 ──新しく【英雄録】に名を刻む英雄が、この魔獣との衝突を経て誕生する。

 そんな確信が、人々の胸にはあった。


「……【淑姫】」


 ぽつり、と。

 誰かがそう呟いた。

 それは人々の脳裏に焼き付いて離れない、闘技場での光景。

 あの場にいた誰もが耳にした、新しい英雄の産声。


「そうだ【淑姫】だ」「【淑姫】がいる」

「きっと【淑姫】がこの闇を払ってくれる」

「【淑姫】!」「【淑姫】!」「【淑姫】なら!」


 小さな呟きから生まれたその熱は、瞬く間に剣の都の隅々にまで伝播していった。

 子供も、大人も。

 若者も、年寄りも。

 競争相手である冒険者同業者 さえも。

 希望を込めて、その名前を口にする。


 そして。

 その熱は。

 その期待は。

 大きな鯨波となって、一人の少女の背中を強く押し出した。



「わたしはもう、止まらない」



 少女は純白の髪を翻し、魔獣の森へと足を踏み入れた。

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