16話:《深化》の誓い
「はあっ! はあ、っ!」
闘技者へと個別に用意されている控え室。
師匠に連れられて訪れたその場所で最初に目にしたのは、苦しそうに地面に蹲るシティさんの姿だった。
突然の出来事に、僕の心臓は跳ね上がる。
「シティさん!?」
「うわちゃー」
僕と師匠はシティさんの元へと急いで駆け寄り、その状態を確認する。
目立った出血や外傷はない。
当然だ。
先ほどの一角猪との闘いで、シティさんは一度の攻撃を受けることもなく圧勝したのだから。
ということは、これは。
「やっぱりあの数の
師匠は言った。
傷とか、そういう問題じゃない。
シティさんは自分自身と闘っているんだ。
期待に怯える自分に負けないようにと。
僕なんかには想像もできないほどの重圧を背負いながら。
「ふう、ふう」
シティさんの息が落ち着くまで、少し時間がかかった。
師匠はというと、シティさんの様子を少し見てからフラッとどこかへ行ってしまった。
控え室で二人きりになる僕たち。
イスに腰掛けることができるまでになったシティさんは入念に息を整え、僕の方へと視線を向けた。
「もう、こんなところまで来たんですね」
「っ」
それは賞賛の言葉だった。
あのシティさんからの。
僕は何と返事をすれば良いのか咄嗟に思い浮かばずに、口をパクパクさせていた。
「本当に、羨ましい。
自分に正直に、伸び伸びと成長できて」
「そ、そんな」
「でも、わたしだって負けません。
アナタに追いつかせたりしませんから」
「っ」
そう放つシティさんの瞳には確かに対抗意識という名の炎が宿っていた。
それは好敵手ライバル 相手に向けられる視線。
──シティも最近変わろうとしてるんだ。
──すごい速さで成長している弟弟子に当てられてね。
昨日の師匠の言葉を思い出した。
実は心の中では師匠のその言葉を少し疑っていた。
師匠は僕に発破をかけるためにわざと嘘を口にしたんじゃないか、と。
でもそんな疑いは、一瞬で消え去ってしまった。
シティさんの本気の視線を目の当たりにして。
僕は、シティさんの好敵手としての役割を果たせているんだ。
ちゃんと、互いに影響し合えているんだ。
「絶対に追いついてみせます」
そして僕は、そう宣言した。
『今はまだチンカスみてェな力しかねェがなァ!!』
う、うるさいよ!
=====
シティさんの状態も完全に落ち着いた後、僕たちは再び師匠と合流を果たした。
ここは闘技場に隣接している休憩場所。
いくつも備え付けてある円卓の一つを囲んで、僕たち三人は座っていた。
「それじゃあはいこれお弁当!」
そう言って師匠はどこからか持ってきた五段にも及ぶ弁当箱を円卓の上で披露した。
すると喧騒も一瞬途絶えてしまうほどのいい匂いが辺り一帯に流れ出す。
あちらこちらで「ぐぅ〜」と空腹を告げる音色が上がったのは気のせいじゃないだろう。
「さあ、食べて食べて!
アイルは食べて驚くんじゃあないよ!
村にいた頃とは比べ物にならないくらい料理の腕上げたんだから! 私!」
そう言って胸を張る師匠。
そうだ。
剣の都では戦う姿以外殆ど目にしてなかったから忘れかけてたけど、村にいた頃の師匠は誰よりも料理が上手な村娘として有名だったんだ。
『おおォ、マジで美味そうじャねェか』
その料理の見栄えは食を必要としないイゼですらそう唸ってしまうほど。
僕はごくりと唾を飲み込んだ。
「い、いただきます」
そして僕は師匠の料理を口へと運ぶ。
「……!」
「どうどうどう!?」
美味しい。
その一言に尽きた。
というか僕はこれまでこんなに美味しいものを食べたことがない。
冗談なしでそう思えるほど、美味しい。
その味、まさに英雄級。
僕は師匠に嬉しそうな視線を向けられたまま、お腹が破れそうになるまで一心不乱にその料理を口に運び続けた。
ちなみにチラリと横目で見えたシティさんも同じように頬いっぱいに料理を頬張っていた。凄く可愛らしくて癒された。
=====
──あの【迅姫】の手料理を食べられるなんて、羨ましい。
そんな嫉妬と羨望の視線に囲まれる中、師匠による闘技場講座は始まった。
満腹によるものではない胃痛に汗をダラダラと流す僕。正直集中して話を聞ける状態じゃなかった。
しかし、だからと言って話を中断させるわけにはいかない。
僕は無理やり脳の《枷》を外して集中力を叩き起こすと、師匠の話に耳を傾けた。
「まず階級について。
これについては昨日説明したから軽くで済ませるけど、この闘技場には《一級》《二級》《三級》と三つの階級が存在しています!
これから挑戦していくアイルはもちろん一番下の階級、《三級》からの始まりになるね!」
そう言うと師匠は僕に何かを手渡してきた。
見てみるとそれは僕の名前が刻まれた銅の首飾りだった。
「それは《三級》闘技者の証。
階級が上がっていくごとに首飾りの色は銀、金って価値のあるものになっていくんだ」
「ちなみに今わたしは《二級》闘技者なので、身につけているのは銀の首飾りになります」
確かにシティさんの首元には銀の輝きがあった。
僕はシティさんと同じように銅の首飾りを身につけて、再び師匠の話に集中する。
「まず、階級を上げるにはひたすら闘うしかない。
そして勝つ!
その階級内で指定されているレベルの魔獣を三〇匹倒すことで、次の階級に進む権利を手にすることができるってわけ!」
なるほど。
ここで僕は師匠から出された課題を思い出した。
──【闘技場】で勝ち進んで《二級》闘技者にまで成り上がること。
つまり、僕はこの課題を達成するために、ここで魔獣を三〇匹倒さなければならないということだ。
「ちなみにシティは《二級》闘技者になるまでどれくらい時間かかったっけ?」
「二か月です」
さらりとそう言うシティさん。
果たしてこれは基準にして良い期間なのだろうか。
……いや、相手がシティさんの時点でダメなんだろうな。
「ちなみに普通の闘技者だったら、階級一つ上げるのに平均で一年はかかるよ!」
やっぱり!
「あと、闘技場には細かい決まりがいくつかあるから気を付けてね。
例えば、闘技場内の武器以外使用禁止だとか、観客に危険の及ぶような【
別に僕は特定の武器を使っているわけではない。
短剣が使えさえすればなんとかなる。
それと二つ目の決まりに関しても、現時点の僕はそれほど強力な技を放つ力なんて持ってないから、問題はないだろう。
「あ、それと他の闘技者の闘いへの乱入は固く禁じられてるから気をつけてね。これは厳守!」
最後にそう念を押された。
「はい! 分かりました!」
「よし、良い返事!」
こうして師匠による闘技場講座は幕を閉じた。
「じゃあ最後に、アイルには《深化》について説明をしておくね」
そして真剣な顔になって、師匠はそう告げた。
=====
夜。
僕はベッドの上で月の光を浴びながら、昼間に師匠から説明されたことを思い出していた。
──《深化》
それは他に『覚醒』や『進化』といった言葉でも言い換えることのできるもの。
それは何よりも成長の妨げになる壁。
それは何よりも成長を後押しする促進剤。
人は《深化》を経ずして強くはなれないが、それを経た人間は見ている世界が変わるほどの成長を得ることができる。
『【精霊結晶】を持つ人間には階位クラス ってものが定められてる。
下から【1】【2】【3】【4】【5】の全部で五段階。
より【階位】が高くなっていくにつれて、人々の成長は加速してゆく。より強くなっていく。
つまり《深化》とは、その壁を越える過程そのものを表す言葉のこと』
師匠はそう説明した。
《深度》が基礎の力。
《深化》は応用の力。
《深度》が足し算。
《深化》は掛け算。
《深度》というものは【祝福】受けることでコツコツと獲得していくしかない。
しかし、《深化》はそれらの力を倍・ にさせる。
──『《深度》』掛ける『階位クラス 』
それが力の方程式。
階位が【2】ならば《深度》は2倍に。
階位が【3】ならば《深度》は3倍に。
階位が【4】ならば《深度》は4倍に。
階位が【5】ならば《深度》は5倍に。
人は《深化》をする度に、これまで見ていたものとは全く別の世界を目の当たりにすることができる。
それくらい、身体能力が飛躍的に向上するのだ。
今の僕とシティさんの階位は【1】
師匠の階位は、当然【5】
基礎となる《深度》だけでも二〇〇〇〇以上の差をつけられているのに、師匠は更にその5倍の力を持っているということになる。
僕は憧れの人の背中がいかに遠くにあるのかを改めて実感させられた。
だからもっと強くならなければならない。
止まることなく走り続けなければならない。
もっともっと、速くならなければならない。
そのために《深化》は欠かせない。
『人は己に定めた【誓い】を果たした時、より深く強くなれる』
師匠は言った。
己に定めた【誓い】を果たす。
それが《深化》を呼び起こす為の鍵。
『その【誓い】は、アイルがちゃんと考えて自分で決めること』
師匠は真剣な顔で僕にそう言った。
『これから《深化》を経験する度に【誓い】は新しいものに更新していくことになる。
でも一度定めた【誓い】は果たすまで変えることはできないからね。
多くの人々は【誓い】を果たせないことを危惧して身の丈にあった【誓い】しか定めることができない』
それはそうだ。
身の丈に合ってない【誓い】を定めてしまって、一度も《深化》を遂げることができないまま一生を終えるなんてことになることも考えられるのだ。
そんなことになったら、笑われ者だ。
でも、身の丈に合った選択をし、登れることを約束された壁を乗り越えたところで、そこに価値は生まれるのか。
英雄の歩む道とはそんなに甘く優しいものなのか。
『簡単なものにするも良し。
困難なものにするも良し。
近道を取るか、茨の道を取るか。
できるか、できないかじゃない。
どっちの道の先により価値のある“己の証明”が生まれるのかを、よく考えて決めなよ』
そうだ。
ここで簡単な道を選ぶのは容易い。
そっちを選べば、きっと手っ取り早く強くなることもできるだろう。
でも、英雄を志す上でそれはきっと
世界は、精霊は、そんな成長の先に紡がれる台詞ことば を求めていない。
そうだ。
己に正直に。
心のままに【誓い】を紡げ。
「僕は」
たとえそれが──
「“
どれだけ困難な茨の道であろうとも。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます