キミに捧げる英雄録
猿ヶ原
1章:英雄の証明
1話:一歩目
きっかけは些細なこと。
村の子供たちの間で行われていた遊び。
物語の主役を演じて遊ぶ、英雄ごっこ。
その中で、僕はいつも“端役”だった。
いつまで経っても“主役”を演じさせてもらえることはなかった。
僕は、聞いてみた。
──どうして僕に“主役”をやらせてくれないの?
そしたらみんなは、口々に言った。
──臆病者に主役は相応しくない、と。
悔しかった。
それから僕は仲間外れにされた。
悔しくて、泣いた。
そんな僕を見て、みんなは「臆病者がまた泣いている」と笑った。
そんな僕にも、たった一人の遊び相手がいた。その時五歳かそこらだった僕と、十も歳の離れた近くに住むお姉さん。
名前は、ベルお姉さん。
ベルお姉さんは優しかった。
おまけに勉強もできて料理もできて運動もできて男の子にもモテモテだった。完璧なヒトだった。
お姉さんは仲間外れにされた僕にいつも声をかけてくれた。
字を読めなかった僕に、色々な英雄譚を読み聞かせてくれた。
僕は、言った。
──いつか臆病を治して、ベルお姉さんも守れるような主役になるから。
彼女は、言った。
──うん。待ってるね、と。
それから程なくして、ベルお姉さんは一人で村から出て行った。
この娘はただの村娘に収まる器ではないから、と村長が考えた結果だった。
期待されたが故に、村から出て行ったのだ。
僕はいつものように泣いた。
そんな臆病な自分を見せたくなくて、ベルお姉さんの旅立ちに僕は立ち会わなかった。
それからずっと、お姉さんからの手紙が途絶えたことはない。
元気? とか。
勉強はしてる? とか。
内容はたわいもないものばかりだ。
でも最後には必ず『いつか、追いかけてきてね』と記されていた。
そして、十四歳を迎える春。
僕は村から一歩を踏み出した。
=====
「と、いうことなんですよ」
僕──アイル・クローバーはそう締めくくり、周りにある顔を見渡した。
「なるほどなぁ、じゃあ坊主はその嬢ちゃんに会うためにこの馬車に乗り込んだってわけだな」
その中の一人、厳つい顔をした長鬚族ドワーフ のおじさんがそう口にした。
「えっと、その……はい」
大きな石を踏んだのか、車体がガタガタッと大きく揺れてお尻に大きな衝撃を受ける。
最初こそ気になったものだが、今となってはどうってことない。
馬車に乗り込んで既に一週間も経っているのだ。
周りには僕を抜いて六人の人たちがいた。
最初こそは無言だった僕たちだけど、暇というものはどうしても無視できないもので、気付けば僕たちは口を開き、会話に花を咲かせていた。
今繰り広げられている話題は『各々どうしてこの馬車に乗り込んだのか』である。
「ボクはそのお姉さんのことが好きなのねぇ」
「す、すっ!?」
同乗者の一人、占い師だというお姉さんが口にした言葉に、僕は茹だりながら答えた。
「好きだなんて、そんなっ。
……ただ、憧れては、います」
「その娘がボクのことどう思ってるのか、占ってあげましょうかぁ?」
「や、やめてくださいって」
お姉さんはこうやってよく僕をからかってくる。林檎のように顔を赤らめて断る僕に、同乗者の人たちは大きな笑い声をあげた。
そして一頻り笑ったあと、再び長鬚族のおじさんが口を開く。
「で、その姉ちゃんはこの先の『剣の都』にいるんだな?」
「は、はい。そう手紙には書いてありました」
「んで今そこで何してるって?」
「分かりません」
「どこら辺に住んでるかなんかは?」
「分かりません」
「あん? なにか手掛かりは?」
「あ、ありません」
「じゃあ、どうやって探すってんだよ」
……確かに。
僕はだらだらと汗をかき始めた。
急いで最後にお姉さんから届いた手紙を鞄から取り出し、手がかりがないか視線で文字をなぞってゆく。
手掛かりは、なし。
「その、僕、どうしたらいいんでしょう?」
「いや知らんが!?」
涙目の僕を見ておじさんはそんな声を上げた。占い師のお姉さんは「若いわねぇ」と笑っている。
ベルお姉さんは僕が村から出たことなんて知らない筈だ。知っているわけがない。
突然会いに行って驚かせたくて、僕は村を出たことなんて手紙に一切書いてなかったから。だからお姉さんに会うには僕から何かしら行動を起こすしかない。
……どうしよう。
「はぁー、まあ、どうせ行き先は同じだ。
もし俺らが見つけたら言っておいてやるからよ。
その娘の特徴と名前を教えな」
おじさんは頭をガシガシと掻きながらそう言った。
「は、はい。
えっと、髪は鏡みたいな銀髪で、顔は小さくて目はおっきくて……その、すごく美人さんです」
「こっちの背中が痒くなるから一々照れんじゃねえ。
で、名前は?」
「え、えっと。それが『ベルお姉さん』って呼んでたことしか覚えてなくて……。
手紙でも、自分のことを『お姉さん』と書かれているので」
「ベル嬢ちゃんか。分かった。
暇がありゃあ見つけといてやるよ」
「あ、ありがとうございます!」
僕は深々と頭を下げて言った。
「そ、それで、おじさんたちはどうして剣の都に向かってるんですか……?」
「ん、俺らか?」
僕の質問を受け取ったおじさんと占い師のお姉さんはお互いに顔を合わせると、にやりと笑い、言った。
「そりゃもちろん、
「これから私たちとはライバルよ、ボク」
剣の都。そこは、研鑽の地。
自分が次の
僕は息を飲み込んで、目の前の
=====
剣の都に足を踏み入れてすぐに、僕は人の波に呑まれてしまった。
同乗者たちは別れを告げてすぐに目的地へと向かって行ったため、今僕は一人だ。
剣の都は正直、別世界だった。
広い。あまりにも広すぎる。
全てに圧倒される。
景色に目を向ける余裕などない。それなのに無理矢理視界へと飛び込んでくる建造物はどれもが別格だった。
「うっ、うっぷ」
馬車とはまた別の酔いが僕を襲う。
しかし、間違ってもここで吐瀉物を撒き散らすことは許されない。
どうにか落ち着ける場所はないか。
そう考えながら、僕は人混みに流され続ける。
すると──ゴォーン、ゴォーン、と。
城壁の上に見える大鐘楼が鳴り響いた。
直後、割れんばかりの大歓声が剣の都中を包み込んだ。
「な、なんだろう」
思わず両耳を塞いでしゃがみこんでしまいそうになる自分を抑える。
そして訳も分からないまま、僕は歓声に耳を傾けてみた。
──英雄、──凱旋、──獣躙、──迅姫、──淑姫。
断片的に、そんな言葉が多く聞き取れた。
ゴォーン、ゴォーン。
熱は、加速してゆく。
……もうだめだ。
そう思った次の瞬間。
視界が突如として開けた。
「っは、はーっ、はーっ」
人混みから解放され、肺に息をたっぷり吸い込む。膝に手をついて、僕は息が整うのを待った。
そんな中で、僕は違和感に気付く。
段々と収まっていく歓声。
やけに感じる視線。
背中に冷たいものを感じながら、僕はゆっくりと顔を上げた。
「──っ」
道。
道ができていた。
あれだけの人混みが割れ、一本の道が。
聞いたことがある。
──凱旋道。
それは、冒険から帰した
主役たちの凱旋を祝福する儀式。
きっとその道の真ん中に、僕はいた。
まさか。
さっきのあの大鐘楼の音は、凱旋の合図だった?
僕は潤滑さを失った玩具のような動きで首を動かして、凱旋道を視線で辿った。
すると、その人たちの姿はすぐに視界に映った。
壁門から伸びる一本道の上を、一種の荘厳さすら纏いながら歩む一行。
その人たちは門から一直線にこちらへと向かってくる。
こんな僕でも分かる。
あの人たちは、
僕はその英雄譚の一頁のような光景を目にして、動けなくなった。
震える足が言うことを聞かない。
次第に僕へと集まる視線。
訝しむ視線。不快感を孕んだ視線。僅かな怒気を纏った視線。
百足に背中を這われているような。
心臓の内側を刃物の腹で撫でられているような。
……いや、もっと。
形容しがたい感覚が僕を襲っていた。
退かなきゃ。
退かなきゃ。
退かなきゃ。
足、動け。動け。動け。
──動かない。
次第に近づいてくる主役たちの足音。
次第に増幅してゆく嫌悪の視線。
それらに板挟みにされた僕は。
頭が真っ白になった。
「ゔ──ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
そして盛大に、喉からせり上がってきたそれをぶちまけた。
栄光の道の上に。
英雄が歩む道の上に。
「う………………わ」
人混みの中から小さく聞こえたそんな声を、僕は一生忘れないだろう。
そこから先の記憶は、僕にはない。
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