異世界で発掘してたら、おかしなものばかり出土する!

wumin

第1話青い砂漠?

「……ん」


 冷たい風が肌を刺し、少女は目を覚ます。


「えっ!?」


 黒い瞳に飛び込んだのは、見たこともない景色だった。

 石畳が敷かれ、石を組んで建てられた家々が立ち並ぶ、一見外国を思わせる街並み。

 だが、無味乾燥としている。


「何で……こんな所に?」


 率直に述べるなら、みすぼらしい景観、といえば失礼だろうか?

 塗装は剥がれ外装はボロボロで、おまけに街のあちこちが青い砂に埋もれかけている。

 まるで廃墟のようだ。

 人の住んでいる気配さえない。

 なぜここにいるのか――理解が追いつかない。


「私さっきまで……」


 黒い髪の少女は訝しんだ。

 首の辺りで短めのポニテがゆれる。

 バイトを終え、帰宅中だったはずだ。

 第一、自分の住む街には、目の前に広がる風景などない、と。


「それにここは――」


 青い砂が侵食する、全体的に灰色の街並み、葱坊主みたいな屋根をした建築物……少女の知るどの場所とも違う。

 何よりも青い砂。

 辺りはだいぶ暗くなりつつあって視界も悪かったけれど、凡そ街の三分の一くらいは砂に埋もれているようだった。


(砂漠? でも私青い砂漠なんて見たことない……)


 黄色い砂漠とか赤い砂漠なら、写真や映像を通して見たことはあるが、青い砂漠というのは奇妙だ。

 なぜこんな所にいるのだろう、そんな疑問が渦巻いていく。


(思い出せ、私……)


 目を瞑り、ゆっくりと何があったのかを思い出していく。




(私の名前は、大森おおもり白亜はくあ。高校二年生で十七歳。十月十日生まれ。得意教科は国語と歴史と生物、苦手なのは数学と物理。特技はバイトで培った中華料理チャーハン作り。血液型はB。上に姉がいて……)


「って違う!!!」


 それはエピソードではなく、プロフィールだ。

 何をボケをかましているのだろう、と地面をたたく白亜。


(じゃなくて、私はバイトが終わってから、確か家に帰る途中で――)


 額に指を当てて、記憶をたどっていく。


(そうだ、ピカ~って白い光で目の前が眩しくなって……気づいたらここにいたんだ……でも、何で?)


 誰かに拉致された、とか?

 変装した外国の工作員か何かに?

 それにしてはどこか様子が変だった。

 なぜって、今のところ街には白亜しかいなかったのだから。

 人どころか生き物の気配すらなく、寒空の下に放り出されている。

 何のために?


「……」


 冷たい風が髪をなでた。

 静寂さが、今は不気味に思えて、それが白亜の不安を掻き立てる。


(何で誰もいないの? もしかして宇宙人? だとしたらUFOの中だよね?)


 手術台の上に寝かされ、手足をきつく縛られて、怪しげな改造手術を受けるイメージが浮かんでくる。

 あるいは地球生命の観測だとかで頭の中にチップを埋められるとか?

 ならこの状況はもっとない。


(拉致されたんでも、宇宙人でもなさそうね……)


 そもそも、白亜は宇宙人の存在など信じてはいなかったが。

 音羽にそびえる大豪邸に棲んでいた元総理を宇宙人というなら実在はするであろうが、それはともあれ。


(じゃあ、ここは一体……それに青い砂? 聞いたことない)


 夢の中、というのが最も可能性が高そうな推論だったので、思わず自分の頬を抓ってみた白亜。


「って、痛っ!?」


 頬に痛みが走る。

 生々しい感覚だ。


「ってことは、夢でもない?」


 外国の工作員による拉致でも、宇宙人に連れ去られたのでもなく、夢にいざなわれたのでもないとしたら――


「分かんないな……」


 白亜は首を傾げた。


「それよりも……」


 何だかとても寒い、その方が重大な問題だと言えた。

 今白亜が着ている物はといえば、薄手のパーカーにショートパンツにニーソといった姿。


「さ、寒い」


 思わず体が震える。

 寒さを感じると、体は熱を産出しようとする生理反応のひとつだ。

 が、そんなことで耐えられるような寒さではなかった。


「じゅ、十二月下旬くらいはあるよ、この寒さ……」


 毛布とは言わずとも、せめてひざ掛けくらいは欲しいところだ、とショルダーバッグを持っていたことを思い出す。


「確かあれの中に――」


 ところがだ。


「あれ?」


 辺りを見渡したが、肝心のそのバッグが見当たらない。


「どうして……?」


 が、ないものはない。


「こ、困ったな。これじゃあ、こごえちゃうよ」


 実際そのくらい寒かった。

 何せ辺りは砂に埋もれかけている。

 つまり砂漠――日中は焼けるような暑さに支配されるが、日が落ちると凍える寒さが覆い尽くす過酷な世界。

 見たこともない、土地勘のない場所で、ただ一人呆然と立ち尽くす白亜の表情が不安と心細さで険しくなっていく。


「ね、ねえ……」


 ポツリと呟くも返事などはない。

 ここはどこなのか?

 なぜこんな所にいるのか?

 誰かが自分を連れ去ったなら、どうして今ここに誰もいないのか?

 そしてこれからどうなってしまうのか?

 混乱する白亜の中で疑問が渦巻き、焦燥に駆られていく。


 と――


「っ!?」


 砂を踏みつける音がかすかに聞こえ、白亜は音のした方を向いた。

 一つではなく複数の音が、砂地を踏みながら近づいてくる。


(誰かいる――)


 拉致の実行犯か?

 あるいは街の住民か?

 警戒心からか、身を近くの物陰に潜ませて、でも期待を宿す瞳で音のする方を覗き込む。

 目を擦りながら、音の主は次第にその輪郭を露わにしていき……


(え!?)


 心臓の鼓動こどうが飛び跳ねた。


(何、あれ……?)


 鈍く光を帯びた鉛色のそれは、全身を覆い尽くす甲冑かっちゅうだった。

 曇天模様の風景が保護色のようになって、彼らの姿を隠していたのだろうか?

 雰囲気としては中欧あたりの城に飾られているようなフルアーマーの類。

 それが、七体。

 帯剣し手には先に斧の付いた槍ハルバードを把持し、顔の見えないかぶとの隙間から不気味な光を放ち辺りを見渡していた。

 少なくとも、自分を助けてくれそうな気配はない。

 白亜は直感的に理解する。


(だとしたら)


 彼らに見つかってはいけないだろう、と。


(でも……)


 甲冑たちは七体が巡回しており、物陰に身を潜めているだけでは、いつか見つかるだろう。

 それもこの寒空の下で。


(どうすれば、どうしたらいいの?)


 そんなに都合よく寒さをしのげ、かつ甲冑たちに見つからないであろう場所などあるはずが――


「えっ、きゃっ!?」


 と、その瞬間、白亜は足を取られ悲鳴を上げた。

 次いで体が沈み引き込まれていく。


「え、なっ――」


 砂に巻き込まれ、滑るように落下していく。

 その直後、ドスンと少し大きめの尻餅をつき、痛みでしばらく呻いた。


「痛ぁ~」


 お尻をさすりながら、前を向いたその時だ。

 白亜は思わず息を飲む。


「え……何、これ?」


 六面を石の壁で囲まれた部屋がそこにはあったからだ。

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