第24話天空都市奇談Ⅲ

 ふわふわと、宙に浮くような感覚、とでも言うのだろうか?


(う……ん?)


 うまく体に力が入らない。


(ああ、そういえばわたし……)


 シルルは浴場の中で、なぜか置かれていた飲み物を口にしたことを思い出す。


(おいしかったな、あれ……)


 透き通るようなのど越し、それにさわやかな口ざわりだった。


(いや、そうじゃない!)


 問題はなぜ置かれていたのか、だ。

 湯船につかる前には、コップなどどこにも見当たらなかったのだから。


(あれ――?)


 が、頭がうまく働かない。

 ぼんやりと夢うつつにいざなわれていく。

 記憶のふたが開き、さまざまな出来事が走馬灯のように流れてきた。


(わたし――)


 眠りに入る前のことを思い出していく。






 どのくらい前のことだっただろうか?

 世界はパンゲアと呼ばれ、多くの世界を従える盟主の地位にいた時代。

 栄光に輝いていた時代だ。


「そう、パンゲアは世界の盟主なのです!」

「めいしゅ?」


 首をかしげる、黒髪・・に灰青の目をした女児が問う。

 黒髪に黒目の、十代半ばと思われる風貌の少女が、指示棒みたいなもので教えている。

 貫頭衣を想起させる、でも修道服みたいなデザインの装束を着て、教授しているのだろう。

 ただ、この少女が人間でない・・・・・ことを、黒髪で灰青の目の女児は知っていた。


「はい、なぜだか分かりますか?」


 問われ、答える。


「オーラシステムと、文字操作機構でしょ?」


 常識だと、自慢げにこの女児は言う。


「それまで使ってた木材や化石燃料とは違って、オーラは自己生産できるし……」


 少女がうなずく。


「文字に力が具わっていることを発見され、持てる力を最大限に発揮できるように研究していったから」

「そうです、そのとおり!」


 黒髪をなびかせて、黒い目が宝石のように輝いた。


「では、どうしてこの二つの発明がパンゲアを盟主の地位へと押し上げたのか、分かりますか?」


 二問目は、割と考えさせられる問いだ。


「う~ん……」


 額に指を当てて、灰青の目が悩ましげにうつむく。


「合理的、だから?」

「まあ、間違いではないですね」


 にっこりと微笑み、少女が評価を下す。


「でも、それでは答えとして正しくもないですよ、シルル」

「うっ!」


 と言葉をつまらせる。


「で、でも、それ以上どう答えられるの?」


 ぷぅ、と頬をふくらませ、女児が――シルルが問いかける。


「ふふっ、分かりませんか?」


 挑発気味に問われる。

 だけど頭をいくらひねっても、分からないものはどうしようもない。


「分からないよ! 降参、降参するから、教えてオルドビス?」


 即座に白旗を揚げて答えを求めるシルル。


「いけませんよ。簡単に答えを求めちゃ。自分で考えることもまた、立派な学びなんですからね?」


 いたずらっぽく笑い、オルドビスと呼ばれた少女が考えるよう促す。


「ううう~~~……」


 チラッと横目に見れば、砂時計から青い砂が零れ落ちていた。

 全ての砂が落ちきったところで、シルルが両手を挙げて叫んだ。


「本当にわたし分からないよぉ~! ねえ、意地悪しないで教えて!!」


 ふふっと微笑み返された。

 それからオルドビスの口が開く。


「まあ、いいでしょう」


 口元を緩ませながら彼女は言った。


「オーラシステムはある意味で枯渇しないエネルギーで、さらに文字で物質を支配したから、ですね」

「……?」


 キョトンとしながら、灰青の目がオルドビスを凝視する。

 吐息する声を立て、彼女は続けた。


「パンゲアとは文明です。では、文明の本質とは何だと思いますか?」

「文明の本質?」


 しばし考え込み、答えるシルル。


「自然の支配?」

「そう思いますか?」


 問いかけられる。


「……」


 再考を促しているのか?

 それともよく考えた上での答えなのかと訊いているのか?

 シルルは首肯した。


「そう、自然を征服し、支配下に置く。それこそが文明。言い換えるなら、都市と呼べるでしょう」


 オルドビスが言った。


「都市?」

「はい、都市とは人間が造りだしたもの。もっと言えば、そこでは自然は徹底的に抑圧されるのです」

「……?」


 きょとんとした顔でシルルが少女の顔をのぞいた。


「全てを人の意識下に置こうとする、それこそが文明なのですよ」

「……何でも思い通りにするってこと?」

「いい答えです!」

「っ!?」


 パン――と手を叩き、オルドビスがほめる。


「文明とは都市、そこでは人の意識が全てにおいて優先されます」

「う、うん」

「でもそれは、意識以外のものをないことにする態度につながります」

「……?」


 シルルが首をひねった。


「そうして多くの都市は文明を創り上げていくのですが――」


 と人差し指を立てて、オルドビスがくるりと背を向けた。


「困ったことに都市は、自らを維持するための物資を、自給できない」

「えっ?」

「都市を維持するためには、抑圧され、ないものとされている自然から、多くのものを収奪しなけば成り立たないのです」


 彼女の説明に、シルルがこんがらがったような顔で答えた。


「それゆえに、文明とは自然を破壊しつくすまではその力を発揮できる……」


 ついで再びくるりとシルルと向かい合うオルドビス。


「……つまり、文明の寿命が自然の豊かさに依存している、ってこと?」


 パチパチ――と拍手が起こる。

 オルドビスが微笑んでいた。


「そう、そのとおりです! それが本来の文明のあり方なのです!!」


 声が弾んでいる。


「このパンゲアも、本来ならこの破壊された自然により滅亡の道を歩んでいくところでした」


 今度は沈んだ声。


「ですがっ!!!」


 黒髪が舞い、黒い目が輝く。


「オーラシステムとは枯渇しないエネルギー」

「っ!!」


 シルルが息をのむ。


「そして物質を文字で思いのままにする……必要物資は全て生命球のように循環する技術を生み出し――」


 オルドビスがヒートアップしていく。


「他の世界が、自然の豊かさを収奪し終えて、再浮上できなくなった中で、パンゲアだけはこの二つにより、文明の半永久性を手に入れた!」 


 胸に手を当てて、感極まったようなしぐさでその結論を彼女は口にした。


「それが、パンゲアが盟主たりえる力の源泉なのです!」と。


 結局のところ文明を造り維持していくのは物資なのだ。

 オルドビスの説明を聞きながら、シルルは漠然と理解する。

 確かに、文字は力を有し、それをもって物質を支配すれば、たいていのことはできる。

 その基盤となる、オーラという枯渇しないエネルギーは、人々へ万能感を与え、思いのままに振舞わせてくれた。

 自分たちは何でもできる。

 ありとあらゆる望みがかなう。

 それこそが文明の力であり、パンゲアに生まれた特権なのだ、と。


「じゃあ、パンゲアは永遠に不滅……なんだね?」


 何気なく発した一言に、だがオルドビスが表情をゆがめた。


「オルドビス?」


 反応が変だ。

 それは直感的に分かる。

 シルルが怪訝な顔でオルドビスの瞳を覗き込む。


「そうだといいのですが――」


 何となく歯切れの悪い声。

 どうしたのだろう、と何度も瞬きをするシルルへと彼女は言った。


「でも違うのです」

「……違う?」

「はい」


 肯定。

 何が違うのだろう。

 物質は思い通り、エネルギーは枯渇しないのに?


「確かに、物質的にはパンゲアのシステムは完成の域にあります。ですが――」

「が……?」

「パンゲアには今重大な問題があるのです」

「問題?」

「はい」

「それは――」

「人です」


 オルドビスが述べた。

 声もだいぶ沈んでいる。


「どういうこと?」

「分かりませんか?」


 吐息する。


「文明の担い手とは、すなわち人なのです」

「……何を言ってるの?」

「いかに物質を操ろうと、どれだけエネルギーをふんだんに使えようと、人なくして文明は成り立たない」


 切ない声だった。


「この文明には……人がいないのです」

「えっ!?」


 本当に何を言っているのか、シルルの頭が混乱をきたす。


「だって、人がいないなら――」

「造ればいい、そう思いましたか?」

「っ!?」


 心臓がドキリと鳴る。

 なぜならシルルが答えるより早く、言おうとしたことを先回りして言われてしまったからだ。

 本音を言い当てられた、そんな顔になる。


「そうであれば、どれだけよかったことでしょう……」

「……オルドビス?」


 まぶたを閉じ、首を振るオルドビス。

 黒い髪がふわりと舞った。


「私が人間でないことを、シルルは知ってますよね?」

「え、あ……う、うん」


 首肯する。


「では、人間とは何でしょう?」


 オルドビスが問いかけた。

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