第23話天空都市奇談Ⅱ

 階段を踏み鳴らす音が響く。

 オクタヒドロンと呼ばれた物体の中は、全体的に石造りで、回廊のようになっていた。

 継ぎ目のない壁と、螺旋階段を思わせる曲がりくねった路は、ひたすら登りだ。

 冷たい印象を与える内装とは異なり、中は適温。

 シルルの家や地下街を思わせる。


「シルル……もしかしてだけど、これが何なのかを知ってるの?」


 その問いに首を縦に振るシルル。


「街、だよ」

「え?」


 思わず聞き間違いを疑った白亜。

 だが、たどたどしい声が同じ言葉を繰り返す。


「街、だよ。空、うかぶ、街!」


 唖然として、口が半開きになる。


「え、でも……」


 人の気配はない。

 生活臭も感じ取れなかった。

 砂漠の下に埋もれていた地下街のように、遺棄された街なのだろうか?

 無言であたりを見回す白亜。

 雰囲気としては迷宮を思わせる通路がひたすら続いている。

 同じ風景が奥まで伸びて、どれくらい歩いたのかすら分からなくなるほどに単調だ。

 と、足音が止む。

 シルルが立ち止まっていた。


「……?」


 階段の途中で止まり、パントマイムのようなしぐさであたりを探っている。


「ねえ、何しているの?」


 シルルの行動は時々常軌を逸している。

 心配そうな表情で訊いた白亜だが、その返答を待たず、軽い驚きをあげた。


「え、な……!?」


 壁が立体パズルみたいに動き出し、照明がまばゆく壁の向こうの部屋をあらわにする。


「こ、こ!」


 と得意満面の笑みを浮かべるシルル。

 部屋の中はだだっ広く、白亜の世界で言う体育館ほどもある。

 に整然と置かれた――


(……バスチェア? それにあれは……)


 水が張られたプール。

 壁にはレリーフが飾られていた。

 正八面体が、空から街を見下ろしているように見える。

 足元を見れば、高価に思えてならない石材がふんだんに使われていた。


「ねえ、ここって、もしかすると――」


 もしかしなくても。


「そう、おふろ!」


 ことも何気にシルルが言い放つ。

 モヘンジョダロの沐浴施設とか、古代ローマのテルマエのように見えたのは、間違いではなかった、と白亜がうなずく。


「いや、じゃなくてっ!」


 なぜここへきて突然お風呂なのか?

 そりゃあ、たしかにこの世界に来て、ずっと着たきりスズメで砂まみれではあったけれど。

 お風呂だって入りたかったし、汗ばんで気持ち悪いのは間違いない。

 だけど、なぜ今お風呂?

 釈然としない白亜だったが、シルルどころかペルムまでもがはしゃぎ始めていた。


「おふろ♪ おふろ♪」

「でも、でもでも! 勝手に使っちゃまずいんじゃ――」


 不安を口にする白亜だが、シルルはどこ吹く風。

 しかも正論まで言われてしまった。


「でも、砂、まみれ。あせ、ながす。入る。れいぎ!」


 人差し指を立て、口をU字にして。


「う……」


 確かに一理ある。

 ここがどこか神聖な場所であるなら、入る前に身を清めるのは間違ってなどいないからだ。

 神社だって、参拝前には手を洗い口をすすぐ。

 まあ畏まらなくても、家に入れば手を洗うのは当たり前なのだ。


「そ、そう、だね」


 白亜だって日本人の端くれ。

 お風呂に入らないのは落ち着かない。

 部屋をのぞけば、ほのかな湯煙がただよっている。

 ごくり、とのどが鳴る。

 と、その時だった。


「だか、ら――」


 灰青の目がギラっと光る。


「えいっ!」

「――っ!!?」


 シルルの手が白亜のパーカーをつかみ、そしてたくし上げた。

 おなかが丸出しになる。


「ちょっ!? シ、シルル――!!!」


 突然の予期せぬ行動に、慌てふためく白亜が黄色い声で叫ぶ。


「服、きて、はいる、の?」


 だが、真顔で返された。


「い、いや、そんなことはないけど……」


 だけど恥ずかしいことこの上ない。

 しかしシルルは、おかまいなしに裾を引っ張っていく。


「じゃ――」


 思いっきりパーカーがめくれあがる。

 茶巾しぼりみたいだ。

 あれはスカートだけれど。


「ま、待ってっ!?」

「まてな、い!」


 抗おうとしたが、シルルの膂力に抵抗できない。


「ペ、ペルムっ、た、助け――」


 パーカーを脱がされ、上半身が下着姿にされたところで、ペルムに助けを求める白亜だったが、


「ふふふ」


 微笑ましそうな顔を浮かべている。

 にんまりとして、こちらの様子を楽しんでいるようだ。


「ペルム、そんな笑ってないで助けてよぉ!」


 藁をもすがる白亜へと、ペルムの手が差し伸べられ――


「ペルム……」


 とその瞬間、


「とりゃっ!」

「ひぎゃっ!?」


 続いてショートパンツまでも下ろされた。

 しかもペルムに!

 下着が丸見えになる。

 恥ずかしさで真っ赤になる白亜。


「ひやあああああああっ!!!」


 浴場にて、叫び声がこだました。





 かぽん――湯煙に包まれる。


「ふぃ~」


 妙な声を出しながら、シルルとペルムが湯船の中でくつろいでいた。


「……」


 無言でうつむく白亜の顔は赤く染まっている。

 お湯につかり温まっていただけではないだろう。


(そりゃあ、私だって文句を言える立場じゃないけどさ……)


 浴槽の中で眠っていたシルルにキスしたり、竜車の中でエリクシールを口移ししたり。

 考えてみれば、それなりのことはしているのだ。


(でも、何だかもやっとするなぁ……)


 湯の中に沈んでみる。

 ぶくぶく……。

 苦しくなって頭を上げたところ、シルルの顔があった。

 灰色の髪を束ねて、いつもとは違った感じだ。


「こ、れ!」


 と、コップをつかんだ手が目の前に伸びる。


「え?」

「の……む?」


 何か入っていた。

 ジュース、それともお酒?


「どうしたの――って、シルルっ!?」


 見れば、顔が真っ赤だった。

 それにペルムまでも。


(のぼせた?)


 だけど何かを飲んでいたのだから、飲み物が原因だと見るのが自然だ。

 それにほんのりと病院とかの臭いがする。

 つまりアルコール臭。

 要するに酔っ払いが二人。


「だ、大丈夫なの?」


 と立ち上がり湯船に波を立てる白亜。


「ら、らい、ろー、ぶ、らよ?」


 ろれつが回っていなかった。

 酔っ払い確定だ。


「あはっ、はくあ……さん、にんい、る……!!」


 完全に出来上がっていた。


「私は一人だよ!」


 酔っ払うとはどういうことか、という小咄を思い出す白亜。

『ここに二つあるグラスが二つに見えたら酔っ払うこと』と説明すると、もう一人が『そこにはグラスがひとつしかない』と言うものだ。


「あははっ!」


 ひとまず言えるのは、シルルが笑い上戸だということ。


「はくあ――」

「ひゃっ!?」


 とシルルが顔を体にうずめてくる。

 特に胸のあたりに。


「シ、シルル、酔っ払って――」

「わた、し、よて、ない!」


 頑なだ。

 が、酔っ払いは総じて自分を酔っていないと主張する。


「やっぱり、酔ってる!」

「わぁい! おっきぃ~! や~ら、か~いっ!」


 もはや言動が完全にアレだった。

 アルコールは神経毒なので、つまり大脳皮質の働きを鈍くさせる。

 一言で言えば本能むき出しとなるのだ。


「あははぁっ!!!」


 そして酔っ払いには理屈も説得も通じない。


「ぺ、ペルムも見てないで――」


 と助けを求める白亜だが、先ほど何があったのかをすっかり失念していたらしい。


「ぐすっ……」


(ぐす?)


 すすり泣く声が聞こえる。

 泣いているのか?

 しかしなぜ?


「はくあ」


 とコバルトブルーの瞳をうるませている。


「ペルム?」


 キョトンとするのも束の間。


「って、きゃっ!?」


 今度はペルムに抱きつかれたのだ。


「わぁん! はくあ~~~~!!!」


 泣き喚く声が浴場の中を乱反射する。

 まして耳元で叫ばれているために、よけいに頭に響く。

 こっちは泣き上戸だった。


「ふ、二人とも――」

「わあぁいぃ……せ~かい~が、ま~わる~!!!」


 意味不明なことを口走ったシルルが、胸に顔をうずめたまま体重を白亜へとあずけてきた。

 ずしりとくる。

 思ってたよりは重い。


「ちょっと――」


 だが、反応がない。

 それはつまり――


「シルルっ!」


 ぐったりとしている。

 完全にのぼせていた。

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