第22話天空都市奇談Ⅰ

 青い砂が宙を舞う。

 一メートル先が見えないほど、青一色に染まっている。

 砂嵐はしばらく続き、静けさが戻る。

 何事もなかったように。

 砂さえも微動だにしない静けさだ。

 と――


「っ!?」


 突然砂を弾き、地面から手が生えた。

 いや、生えたのではない。

 埋まっていたのだ。

 誰が?

 ちんまりとした手、それに少し幼げな顔をした少女の姿がそこにある。

 チューブトップにスパッツという、砂漠に似合わない格好は青い砂にまみれていた。


「ぷは――!」


 口に少し含んだ砂を吐き出しながら、砂まみれの体を振り払う。

 灰色の髪が砂でジャリジャリしている。


「やっと、やん、だ」


 と砂地にトスンと座り込む。


「じゃ、ないっ!」


 落ち着いている場合ではなかった。


「はくあっ! ペルムっ!」


 と慌てあたりを見渡す。

 トリアスから逃れて三日、運悪く砂嵐に巻き込まれ遭難中だ。

 自分たちを運んできた走竜たちも、どこかに行ってしまった。


「ど、どう、しよう……」


 と不安げに灰青の目がうるむ。

 こう……迷子になった幼児のような心細さが迫り……


「ぷはっ!?」


 少し遅れて砂を振り払って吐き出す声が耳に飛び込んだ。

 一人は黒髪に黒目の少女で、パーカにショートパンツ姿。

 もう一人は淡い金髪の少女で、なぜかメイド服を着せられていた。


「はくあ――」


 無事を確認し、駆け寄る。


「あ、シルルっ!」


 幸いにもけが人はいなかったらしい。


「よかった、無事で……」


 白亜もほっと胸をなでおろした。


「……」


 それを無言でたたずむペルムがほほえましそうに見ている。

 トリアスから逃れた翌日に、ペルムは目を覚ました。

 シルルが地下街で見つけたエリクシールの原料、赤い水をチューブトップに隠し持っていたのだ。

 もうひとつの原料である青い砂はいたるところにある。

 そして飲ませたところ、意識を取り戻したというわけだ。


「それで……」


 だいぶ舌の調子もよくなってきている。


「ここ、どこ……なの?」

「「っ!!」」


 彼女の問いにハッとなる二人。

 見渡せば、砂漠のど真ん中と言うほかない。

 それ以外何も見当たらなかった。

 ひたすらに青い砂だらけで、オアシスすらこの三日間目にすることがなかった。

 そもそも、オアシスがあるのかも疑わしいけれど。


「……」


 そして今は朝。

 これからだんだんと砂は熱せられ、外にいるだけでウェルダンとなってしまう。

 まずいことに、走竜は行方知れず。


「……さば、く?」


 とわざとらしく首をかしげてみせるシルル。


「……」


 ジト目で返された。


「いや、砂漠で間違いないよ? 間違いないけどさ……」


 白亜も呆れた声で言う。

 状況的に遭難しているのは、想像にかたくない。

 先ほどの砂嵐で進路が不明になったのだろう。

 そう言うしかなかったのかもしれないが――


「もしかして……」


 青い砂の上に晒される三人分の白骨が、白亜の脳裏をかすめた。

 確かに奴隷商人から逃れる選択は間違っていなかったのかもしれない。

 それともたまたま運が悪かっただけなのか?


「迷子になった、とか?」


 否定を期待する目で白亜が問いかける。


「……」


 灰青の目が少しずつ横に逸れていった。


「っ!?」

「シルル?」


 白亜の両手にガシっとつかまれて、シルルの顔が正中線へと引き戻される。


「…………」


 無言、それに冷や汗がながれるのを、白亜は見逃さなかった。


「……た」

「た?」


 ポニテを揺らし、食い入るように白亜が答えを待っている。

 実にいたたまれない気分に、シルルはとうとうその言葉を口にした。

 良心の呵責かしゃくに耐えられなかったのだろう。


「そうな、ん……した……」

「えっと……」

「そうな、ん……」


 しばしの間、沈黙が支配する。

 ボケ要員がいないのがつらい。

 いや、ボケてもしょうがないのだが……


「遭難っ!」


 声が砂に吸い込まれていく。


「ど、どうするの? どうしたらいいいのっ!?」


 オロオロとうろたえる白亜。

 にっちもさっちもいかなくなった。

 というより絶体絶命と言うべきか?


「私たち、ここで干からびて死ぬの? それとも丸焼けになって?」

「はくあ、おちつ、いてっ!」


 落ち着けるだろうか?


「ひ、ひとまず、ひ、ひかげ、に……」


 慌てふためく白亜を、シルルがなだめる。


「そうそう、日差しも強く――って、違うっ!」


 そもそも砂丘じたい見つからない。


「やっぱりここで――」


 と、その時だった。


「ねえ……あれ、何?」


 ペルムが何気ない一言を発した。

 指が指し示すのは、灰色にも見える空に浮かぶ奇妙な物体。


「……」


 太陽がまぶしい。

 目をいくどかこすり、何度も瞬きして、白亜がいぶかしげな顔をした。

 日の光の影になって黒く見えるそれは、正八面体のようだった。

 それが空の向こうに浮いている。

 そう、浮いている・・・・・のだ。


(幻覚? ……蜃気楼とか?)


 オアシスとかが空に浮かび、希望を抱いて走っていけども見つからず、それが幻だったみたいなあれか?

 だけど正八面体というのは少々……いやだいぶおかしい。

 第一空に浮かんでいる。


(どこぞのラ○ュタじゃあるまいし……)


 天空の城だとして、どうしてこんな砂漠のど真ん中にあるのか?


(そうだよ。あれはもっと神秘的で幻想的な――)


「オクタヒドロン……だ。まだ、あった、んだ」


 唐突にシルルが言った。

 口に出してしまった。

 白亜が自分の中で、無理やり幻覚だと納得させようとしたそのそばから。


「オクタ、ヒドロン?」


 首をかしげたのはペルムだ。


「そう。そら、うかぶ、街……」

「そ、それより――」

「シルル、知ってる……の?」

「オアシスとかさ」

「知って、る。まだ、のこって、た、んだ……」

「水がないと生きていけないんだよっ!!」


 と白亜が声を枯らしつつ叫ぶ。


「はくあ?」

「ど、ど……うした、の?」


 四つの瞳が驚いて視線を向ける。


「ねえ、聞いて? 今は天空の城よりも、命をつなぐ水とか、一休みできるオアシス街を探すべきじゃない?」


 白亜が問いただす。

 正論を言ったつもりだった。

 が反応が芳しくない。


「オア、シス?」

「そう、だけどさ……」


 口ごもる二人。


「少なくとも今は空を飛ぶ方法はないのだから、どうやってここから抜け出すかをね?」

「水……」

「そう、水。人間は一日二リットルの水が必要なんだよ? それにそろそろ足元が熱くなってきたし――」


 日もだいぶ昇り始めてきた。

 命の危険を肌で感じ始めた白亜が焦りを覚えて説き伏せようとする。

 が――


「水、なら、ある!」


 といつもの自信たっぷりな答えが返ってきた。


「それはどこに――」


 とちんまりとした指がさす。

 どこをって、天空に浮かぶ正八面体オクタヒドロンを。


「い、いや、あのね、シルル?」


 と苦笑を浮かべ問いかける白亜。


「もしそうだとしても、あそこまでどうやっていくつもりなの?」


 空を飛ぶでもしない限り、たどり着けそうにない。

 そして空を飛べるなら、そもそも遭難することはなかったはずだ。

 昨日まで自分たちを運んできた走竜は行方知れず。

 それ以前に、ここがどこであるのかも分からない。

 だが、シルルは自信に満ちた表情を浮かべ断言する。


「それ、なら……だい、じょうぶ!」

「大丈夫って……」


 世の中には予期せぬ出来事というのがいたるところに散りばめられている。

 予定通りにいくことの方がマレなのだ。

 だが、シルルは真っ平らな胸を突き出して、笑みを浮かべいた。


「ちかく、いく、わかる!」

「近くって、この熱さの中を?」


 熱せられた砂地を歩くのは割かしキツい。

 そもそも、直射日光であっという間に脱水症状を引き起こすのが砂漠だ。

 たとえばぬれた布を頭に巻けば別かもしれないが、残念なことにその水がない。


「シルル、それはさすがに無茶だよ」


 白亜がたしなめる。


「たとえばね。ぬれた布かなんかがあれば別かもしれないけど――」

「ぬれ、た、布?」


 キョトンとするシルルだったが、代わりにペルムが答えた。


「あの……さ」


 ギョッとした顔で。


「その、オクタ、ヒドロン……」

「どうしたの?」

「近づ、いて……る!」


 まさか――と振り向いた白亜だったが、


「えっ!?」


 ペルムと同じ反応を示した。


「近づ、いて……る!?」と。


 目を凝らせば、ものすごい速度で急降下していくのが分かる。


「え、ええっ!?」


 逃げ出しそうになった白亜だが、フードをつかまれへたり込む。


(ぶ、ぶつかる――っ!?)


 反射的に手でかばうように身を縮めた。


「っ!?」


 ふわっとした風があたりの砂を撒き散らし、正八面体は動きを止めた。


「……?」


 ゆっくり目を開けていく白亜と、ペルム。

 灰色の壁が飛び込んできた。

 何が起きたのか、目を丸くした。

 頂点のひとつが、地面すれすれに浮いている。

 全体的に灰色の壁が、この多面体を包んでいた。

 滑らかな見た目で傷ひとつない。

 不思議で、巨大な物体がそびえている。

 何が起こっているのかが飲み込めず、唖然とした顔をする白亜とペルム。

 ただ一人、シルルだけが嬉々とした表情を浮かべていた。


「ねえ、これ……」

「おむか、え」


 戸惑う二人に、シルルが微笑み返し、ついで壁へと手をかざし文字を描く。


「っ!?」


 すると、灰色の壁がぐにゃりと様相を変えて――


「えっ!?」

「あ――」


 まるで迎え入れるように入り口が開いた。

 中を除けば階段が入り組んで奥へと続いている。


「この、なか……はいる!」


 とためらうことなくシルルが足を踏み入れようとした。


「えっ、ちょっと! 大丈夫なの?」


 誰かの持ち物だったり、あるいは罠とかが仕掛けられていたり……

 だが、シルルは平然としている。


「しんぱ、い、ない。かんげい、して、る」


 そう言って足を踏み入れるシルルが手を伸ばす。


「いこう!」


 白亜とペルムの手をとって。

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