第21話動いて!
「~~~~~っ!!?」
頭を抱え、床をのた打ち回るトリアスが、激痛にうめく。
「――」
が、シルルは追撃の手を緩めない。
足をつないでいた鎖を手にとって、トリアスを強かに打ち据えていく。
いつはずしたのだろう。
鎖が空気を切る音を立てて、ムチのようにしなる。
白髪頭の上へと振り下ろされた。
鈍い音が竜車の中に響き、悲鳴につつまれる。
「――っ!!?」
悲痛な叫びを上げながら、やめるように乞うもムダだった。
容赦なく振り下ろされる鎖。
「ひゃ、ひゃめれ――」
ろれつの回らない口調でトリアスが懇願する。
血が噴き出し、白い頭を赤く染めていく。
「やめ、ないっ!」
だが頭に血が上っていたのだろうか。
シルルは口を真一文字に結び、いつになくこわい目をして――
(いや、違う……)
怒りと言うより、むしろ恐怖からくる過剰防衛に近い行動なのだろう。
余裕のない表情をしていた。
もっと言えば恐怖で感情のタガがはずれたように。
が――
「やめろっ!」
怒声が響いた。
振り下ろされた鎖が動きを止める。
しなびた手が鎖を握りしめていた。
同時に琥珀色の目が光を帯びていく。
ゾワっと背筋に怖気を感じたシルルが叫ぶ。
「はくあ、見ちゃ、ダメっ!」
ついで鎖を手放し、後ろへと飛びよけた。
しわがれた声が笑う。
「おいたがすぎる嬢ちゃんたちだ……」
トリアスがゆっくりと立ち上がる。
パラパラと土器の破片をまき散らす音を立てながら、幽鬼のように。
「だが、ご主人様にたて突くのはよくないなぁ……」
苛立つ声が笑っている。
「しつけのなってない奴隷は商品価値が下がる……きつ~いおしおきが必要じゃなぁ……」
手に握る鎖を弾かせて、嗜虐性を帯びた笑いがシルルへと迫っていく。
ちんまりとした体躯がビクッと小刻みに震える。
「奴隷を
サディスティックな笑い声だ。
「何、少し卸すのが遅くなるだけじゃし、しっかりしつけんとなぁ。ひひひひひ……」
「――っ!!」
トリアスの手が振り下ろされた。
それを反射的に躱すシルル。
鋭い音が耳をつんざき、竜車の板が割れて、破片が飛び散った。
灰色の髪が数本宙を舞う。
「逃げるのかぁ?」
にたぁ、と鈍く歯を光らせて、薄気味悪い笑みを浮かべる初老の男がシルルを隅へと追い詰めていく。
「だが、逃げられないよなぁ……」
「――っ!?」
さながらネズミを追いこんだ猫の目で喉を鳴らす。
「なぁに、痛いのは最初のうちだけじゃ。それもいずれ感謝するようになる」
ビシッと鎖を引っ張り威圧する。
(どうしようっ!)
一方の白亜はひざが震えていた。
こわい、それは間違いなく本心だ。
怒声に心が萎縮してしまい、体が少しも動こうとしない。
(こわいっ!!!)
だけど――
「……」
このままだと、シルルが捕まってしまうのは時間の問題だ。
捕まってしまえば、殴られるのはシルルだけではない。
そもそもシルルが殴られているのを見せられるのは、白亜には堪えられなかった。
だから今自分ができることをするしかない。
でも金縛りにあったみたいに微動だにしない。
(動いて――お願いっ!!!)
強く自分へと言い聞かせる白亜。
と――つま先に違和感を感じた。
ガチャ……と音がする。
(……えっ?)
と反射的に視線を向け、白亜は見た。
自分をつないでいた鎖、それがはずれている。
「――っ!?」
とネジのとんだ声が思考を打ち消す。
「ひひひひひっ! いうことを聞けば、あまり痛い思いをせんですむぞぉ?」
見れば、鎖を振り回すトリアスが、もう逃げ場のない隅へとシルルを追い込んでいた。
「きゃっ!?」
しなびた手がシルルをつかむ。
「やっと捕まえた……」
荒い息が伝わってくる。
興奮のあまり、何をしでかすか分からない。
「ご主人様を殴りつけるような奴隷にはなぁ――」
「っ!?」
鎖がシルルの首を締め付けた。
「~~~っ!!!」
じたばたともがき、苦しそうにうめくシルル。
その苦悶に満ちた表情を、琥珀色の目が実に楽しそうに見つめている。
(え、あ……)
シルルの目がうつろになっていく。
手の力が抜けていき、つま先がピンなって痙攣しはじめる。
(こわい、こわい、こわいっ!!!)
それなのに、体が思うように動いてくれない。
だが、シルルの手足がビクビクとなるのが目に入った。
さまざまな感情が錯綜して、もうどうしたらいいのか自分でも分からないほどの混乱が苛む。
(私が――っ!!!!!)
目をギュッと瞑る。
「やめてーーーーーーーっ!!!」
無我夢中で白亜が叫んだ。
同時に鈍い音がして、トリアスが再び床の上に沈んでいく。
手には鎖……気づいた時、白亜は鎖を振り下ろしていたのだ。
全身の力が抜けていく。
へなへなと、床にへたり込む白亜。
目に涙を浮かべて。
「シ、シルル……」
今にも張り裂けそうな声が漏れる。
が、感傷に浸っている場合ではなかった。
「ゆだん、ダメっ!」
とシルルが緩んだ白亜の手から鎖をひったくる。
「わたし、ドレイ、いや!」
キッとにらむシルルが再び打ち据えていく。
「痛い――ぎゃっ!?」
鈍い音と叫び声がほぼ同時に起こる。
「はくあ、も、ペルム、も、ドレイダメっ!」
「抵抗するの――ぎゃっ!?」
しかも的確に頭頂部を狙って。
人体で最後まで鍛えられない四つの部位のうちのひとつを。
それも直撃で。
迷うことなく、ためらいもせず、思い切りよく、鎖を振り下ろしていくシルル。
「ちょっ、待っ、話、話を――へぶしっ!?」
筆舌に尽くしがたい絵がそこにはあった。
しばらくそれは続き、トリアスが動かなくなった頃にようやく終わりを告げた。
「おわ……た」
大仕事でも成し遂げたみたいに息を吐くシルル。
足元には頭から土器の破片を被り、ぐったりと白目をむくトリアスが転がっていた。
「シ、シルルっ!?」
と心配そうな目で白亜が問う。
「……」
「いや、まだ?」
ふと思い出したのか、シルルが鎖でトリアスを巻きつけていく。
いくえにも、厳重に。
それからトリアスの両手足を鎖で縛り上げ、車体の支柱に体をくくりつけていった。
「これ、で……」
巻きつけた鎖に、シルルは青い砂を使い文字を描いていく。
何をやっているのだろう。
と、次の瞬間白亜は息を呑んだ。
「っ!?」
鎖が光を放ち変質していく。
要するに凝固した。
カチンコチンに鎖がトリアスを拘束している
これでトリアスはしばらく動けない……はずだ。
が、まだシルルは厳しい目をトリアスへと向け――いきなりだった。
トリアスのズボンを閉めていた帯を剥ぎ取ったのだ。
「ちょっ!? シ、シルルっ!?」
とっさに両手で目を覆う白亜。
でも指の隙間から少しだけ見えていたけれど。
「この、目、きけ……ん」
警戒心をあらわにして、シルルがトリアスを横目に見て言った。
「いったい、何を……?」
「トリアス、きけん、目もって、る!」
「?」
「目が危険?」
確かに琥珀色に光るトリアスの目を見て、二回も意識を混濁させられたのは事実ではある。
直接見るのは確かにまずいかもしれない。
「だから、こう、す、る!」
ちんまりした手が、白目をむくトリアスのモノクルを剥ぎ取った。
そして帯で身動きの取れないトリアスの顔を覆っていく。
(ミイラというか……)
むしろテロリストっぽい見てくれになっている。
「これ、じかん、かせげ、る」
と言って、シルルはペルムを抱え、開いた鉄格子の前へと踏み出した。
「はくあ、こっち!」
うながされるように、白亜が駆けよる。
ようやく三人は竜車の外へと出ることができたのだ。
「これ、で、ドレイ、ならな、い!」
安堵したのだろうか、シルルが息を漏らす。
「でも――」
と白亜が心配そうに目を伏せる。
「ペルムがまだ……」
着替えの最中に急かされる中で、何とかシルルだけでも治すことができた。
けれど、エリクシールは一瓶しかなく、それも先ほどシルルがトリアスを殴りつけるのに使ってしまった。
「う……ん」
珍しく歯切れが悪い。
だが、すぐにいつもの調子を取りもどす。
「なんと、か……する」
「何とかって?」
地下街はもう場所を知られているために、しばらくは近づけないだろう。
と言って他に行くあてがあるようにも見えない。
「たび、なる。いい?」
いまさらのように訊くシルルに、白亜は首肯した。
「じゃ、あ――」
と灰青の目が向く。
視線の先には竜車のそばでたたずむ、三頭の走竜たちがいた。
ちんまりした指をさし、シルルが告げる。
「これ、のって、いく!」
久しぶりの無邪気な口調だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます