第20話着せ替え

「さてと」


 翌朝。

 竜車の床にこれでもかと積まれた服の山。

 白亜の世界で言う、メイド服や踊り子風の服、きわどい裾の旗袍チーパオにも似た衣装が目の前で広げられていく。

 誰に?

 もちろん、トリアスにだ。


「どれで一番高値を付けられるじゃろうか……」


 楽しげに鼻を鳴らしながら、モノクルを光らせた。


「……」

「何とか言ったらどうじゃ?」


 からかうように問いただす。

 視線を向けられたのは白亜だ。

 体を硬直させられて、先ほどから立たされていた。

 かろうじて息ができる。

 だが、手足が石になったみたいに動かなかった。

 シルルとペルムも、立たされたまま固まっている。


「最低……」


 不機嫌を隠そうともせずに、白亜がキッとトリアスをにらんだ。


「なるほどなるほど……」


 何がなるほどなのか、口をへの字にして白亜は苛立つ。


「そう怖い顔をするなって。ワシはお前さんを高く評価しているんじゃから」

「高く評価?」

「そうじゃ」

「それはモノとしてでしょ?」


 人として評価されるならともかく、モノ扱いされるのがひどく腹立たしかった。

 がトリアスは言った。


「それの何が悪いんじゃ?」

「っ!?」


 開き直るのか、と白亜は唖然とする。


「奴隷とはモノ、いうなら財産なんじゃよ」


 ついで語り始める。


「要するに人財・・じゃ。奴隷を買った。するとどうなる?」

「……?」

「そう、奴隷とは財産。もしその奴隷が子供を生めば、財産が増える!」

「……?」


 何を言っているのだろう。

 非難する視線を気にする素振りさえ見せず、トリアスは続けた。


「分かるかい?」

「……」

「財産が増えていけば、人はお金持ちになれる」


 だから何だというのか?


「まして希少な人間、それも黒目黒髪で、特技を持っている……掘り出し物じゃないか!」


 発想がおかしい。

 軽蔑のまなざしを注がれてなお、トリアスの意思が揺らぐことはなかった。


「あとは……演出じゃな」


 踊り子風の衣装を手で伸ばし、それを目の前に突きつけてくる。


「って――」


 ズボンの形をしていたが薄手の布地、向こうが透けて見える。

 それだけではない。

 シルルのチューブトップよりさらに布面積が少ない胸当てに、白亜は顔を引きつらせる。


「そ、それ……」


 思わず声が震えた。

 おなかも、おへそも……露出が激しい。

 羞恥心に耐えられないほどだ。


「うむ」

「いや、『うむ』じゃなくて!」

「着るのじゃ」

「っ!?」


 トリアスの言葉にみるみる白亜の表情が青ざめていく。


「いや!」

「いや?」


 トリアスが眉を寄せた。


「だって、そんな――」


 これではまるで痴女とか露出狂ではないか。

 毛虫でも這ったみたいに、露骨に嫌悪感をあらわにする白亜。

 だが、トリアスが言った。


「じゃあ、仕方がない……」

「えっ!?」


 パーカの裾に手をかける。


「何――」

「嬢ちゃんは奴隷なんじゃ。着替えられないと言うんなら、ワシがやるしかないじゃない?」


 目が据わっている。


「や、やめっ! この変態っ!!!」


 もがこうとしたが、硬直した体が言うことを利かない。


「逃げようたって、無駄じゃ。おとなしく言うことを聞いた方が得じゃよ?」


 モノクルの下で琥珀色の目が不気味に光る。


「ま、待って――」

「待たない!」


 しなびた手が白亜へと迫る。


「ダメ……」

「じたばたするでない。最も値がつく演出をじゃな――」


 逃げる術はないか?

 正解を探っていく。

 トリアスに届き、説得できる言葉を。

 白亜が叫んだ。


「じ、自分でやるから――っ!!!」





「ううう……」


 薄い布地でできたズボン。

 ちっちゃい面積のチューブトップ。

 素足に上半身はほぼ裸と言うあれな格好。

 よく言えば踊り子で、ベリーダンサーを想起させる風体。

 これがたとえばサンバカーニバルなら、羞恥心も軽減されるのだが……。


「ふむ」


 目の前では初老の男がコレジャナイとばかりに自分を凝視している。

 当たり前だが、サイズが合っていなかったからだ。

 体のあちこちが、不自然にあらわになって、目に涙を浮かべる白亜。


「ちょ、恥ずかしい」

「モノが恥ずかしがるのかね?」


 鼻で嗤われた。

 本気でモノだと思っているのだろう。


「しかし……まだまだ値を釣り上げられそうじゃな?」


 口角をゆがませ、トリアスが薄気味悪い笑みを浮かべた。

 言わんとすることはひとつ。

 怖気が走る。

 だが、今は従うほかに選択肢がない。


「わ、分かった……」


 唇を噛み、しぶしぶ白亜は着替えていった。




 何が悲しくて、枯れた男相手にファッションショーをしなければいけないのか?

 理不尽だと苛立ちながらも、白亜は着替えていく。

 着擦れの音がなまめかしい。

 足元に目をやれば、メイド服と旗袍もどきが置かれている。


「ううう……」


 どうしたものか。

 どちらも丈がきわどい。

 その横では、いまだに意識を失ったままのシルルとペルムが立位で硬直している。


(私のせい?)


 ふと思う。

 逃げ出そうと努力したつもりだ。

 精一杯知恵を振り絞って。

 だけど相手の方が数枚上手だった。

 商人相手に騙しあいなどするものではない。


(ねえ、シルル……)


 固まったままのシルルへと、心の中で語りかていた。


(シルルなら、どうした?)


 いつも自信に満ちあふれたシルルの顔が浮かんでくる。


(シルル……)


 と、声が耳に飛び込んできた。

 ただしトリアスの。


「嬢ちゃん、あとの二人の着替えも、やってくれんか?」


 それはお願いではない。

 言うまでもなく命令だ。


「――」


 頭に血が上っていく。


(この――)


 だが、どうすることもできない。

 無力感が苛んでくる。


「そうじゃな、灰色の髪の方は踊り子で、嬢ちゃんはそうじゃな、メイド服でどうじゃな?」


 注文までつけられた。


「早くしろ!」


 戸惑っていれば怒声が飛んで、白亜はビクッとなる。

 心が折れそうだ。


(シルル、ごめん、ごめんね……)


 震える手が少しずつ、シルルの着ている服をたくし上げていった。

 と――


「っ!?」


 シルルのチューブトップの中で、妙な手触りがあることに気づいた。


(何……?)


 おそるおそるそれを取り出して、白亜は息を呑む。


(これ――っ!?)


 土器の小瓶。

 そう、地下街で見つけたエリクシールの原料が入れられた小瓶だ。

 続いて気を失ったままの二人を一瞥する。

 二人は、いや白亜もだが、トリアスの光る目を見たとたん、意識を飛ばされた。

 そしてエリクシールは『時間を少しだけ巻き戻せる』。

 これを飲み、ペルムの切り取られた舌が元通りになった。

 かなり時間がたっていたはずだ。

 でも元に戻った。

 さらに言えば、二人が気を失ってまだ一日ほどしかたっていない。


(もしかしたら――)


 もしかしなくても。


(これを二人に飲ませれば!!!)


 再び意識を取り戻せる可能性が高い。

 一か八か……いや、これはチャンスなのだ。

 トリアスから逃げられる、最後の!

 だが、問題はどうやって二人に飲ますか、だ。

 飲むためには、意識がなければできない。

 しかしシルルもペルムも、石のように固まって眠ったまま。

 外からはトリアスの急かす声が響いてくる。

 時間がない。

 小瓶を見つめ、白亜は決意した。

 淵を口につけ、中の液体を一気に口の中へと含ませて――


「っ!?」


 やわらかい感触が唇に伝う。

 が、感傷にふけっている場合ではない。

 意を決し、口に含んだ液体を一気にシルルの中へと注ぎ込んでいった。


(お願い――)


 これで目を覚まさなければ、本当に奴隷として売り飛ばされてしまうだろう。

 そして――


「……?」


 かすかに動いた。

 シルルのまぶたが少しずつ開いていく。


「はく……」


 と言いかけたシルルだが、直ちに口を指でふさがれた。

 真剣なまなざしで、白亜が目配せする。

 竜車の外では、トリアスが痺れを切らして待っている。

 しきりに急かす声が車内にをエコーしている。


「っ!?」


 灰青の目がパッチリと開いた。

 確かめるように、手を握ったり開いたりした後、シルルが耳打ちして告げる。


「どう、した、いい……?」


 いつもどおりの、あのたどたどしく、単語をぶつ切りにしたしゃべり方に安堵を覚える白亜。

 なら、ぼさっとはしていられない。


「注意を引くから、隙を見て、ね?」と。


 ゆっくりとシルルから離れ、ペルムの隣に立つ。

 それから深く呼吸して、白亜が外にいるだろうトリアスへと返事をした。

 できるだけおびえているような口調で。


「ひっ! ど、怒鳴らないで……着替えが、上手くできなくて……」

「ほう?」


 トリアスが返す。


「私は終わったんだよ? でも、二人ともカチカチで……」

「――なるほど、だが着替えている最中じゃろ?」


 意地悪く、トリアスが聞き返した。


「そ、そうなんだけど……」


 笑いをかみ殺す声がする。

 油断か、それとも演技なのか?

 息を殺し探る白亜。


「まあ、いいじゃろ」


 緩んだ声がした。

 足音とともに、鉄格子の前へとトリアスが立ち、施錠を解く。

 ギシっときしむ音を立てて、竜車の中へとトリアスが乗り込んできた。

 琥珀色の目が三人をなめるように視線を放つ。

 固まったままのペルムに寄り添う白亜を一瞥し、トリアスは吐息した。


「なるほど、確かに荷が重すぎたな……」


 石みたいなペルムを見てつぶやく。


「で、でしょう?」


 相槌を打ちながら、白亜はシルルへと目配せした。

 一方シルルはトリアスに気づかれないように、足で何やら文字を描いている。


「まあ、ペルムはワシが――」


 と言いかけた瞬間。

 シルルが動いた。

 手には小瓶。

 ガシャーン!

 トリアスの頭へと振り下ろされた土器が、劈く音を響かせながら破片をまき散らしたのだ。

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