第19話オークションへの誘導

「それは……どうやるんじゃ?」


 トリアスの食いつきに、白亜は口元を緩める。

 もう少しだ、と。

 が、あと一歩だからこそ、より慎重に、言葉に気をつけなくてはならない。


「たくさん集めたお客さんたちを前に、私たちを紹介する。そこまではいい、かな?」

「ふむ。それで?」

「その後、落札に必要な最低額を設定する……そうね、一人二百万、ってところでどうかな?」

「なぬっ!?」


 と荒い息が漏れる。


「そ、それじゃ、全員買われても六百万にしかならんじゃないかっ!」


 トリアスが憤る。


「待って、最後まで話を聞いて!」


 白亜がなだめすかす。


「それは最低額だよ! そこから釣り上げていくの!」

「ん? ……と言うと?」


 再びトリアスの口調が落ち着く。


「二百万から始めて、それよりも高い額を、お客さんが次々に提示していくの!」

「ん!」

「たとえば三人集まったとするよね?」


 トリアスの反応を板一枚を隔てて観察しながら、白亜は言葉を続けていく。


「そのうちの一人が『三百万出す』と宣言すれば、その人は落札の権利を手にできる」

「ふむ」

「で、別の人が『四百万出す』と言えば、落札の権利がその人に移る」

「で、では……」

「さらにもう一人が『五百万出す』と言ったら?」

「っっっ!!?」


 500万×3人で1500万だ。

 先ほど言い争っていた客の提示した七百万の倍以上。


「さらに前の二人でも、他の客でもいいけど、五百万以上出せば落札の権利がその人に委譲されるの」

「――っ!?」

「それを、お金が出せる限界までやっていく、って言うやり方なんだけど――」

「そいつぁおもしろいアイディアじゃ」


 褒められた。

 別にオークション自体は白亜の発明ではないけれど。


「じゃが……」


 と声のトーンを落とし、しわがれた声が残念そうにつぶやいた。


「それはできぬな」

「えっ!?」


 思わず心臓の鼓動が大きく高鳴る。


(できない? どういうことっ!?)


 混乱が白亜へと襲いかかる。


「その……そんなお金を出せる人がいない、とか?」

「いや、奴隷を欲しがるのは金持ちじゃよ」

「なら、法律が奴隷の所有を認めてないとか?」

「それだとワシはとっくに処罰されているな」

「だったら、どうして?」


 ここまで来て計画破綻をするのか、頭が真っ白になりかけた。

 だが、違った。


「お前さんらに五百万も出す客がいるかの?」


 どこか馬鹿にしたような、そんな軽口に言葉を詰まらせる。


「――っ!?」


 その言葉に白亜の顔が紅潮していく。

 唇をギュッと結び、目が据わる白亜。


(こ、この……)


 自分たちに値段が付けられているのは確かに気に食わない。

 しかし面と向かって価値が低いと言われるのも、それはそれでいい気分はしなかったからだ。


(いや、待って――落ち着いて、落ち着け、私っ!!)


 せっかくここまで頑張ったのだ。

 今ここで感情的になってしまえば、今度こそ逃げられなくなる。


「すうぅ~、はぁ~」


 息を整えて、どうにか気分を落ち着けていく。


(平常心、平常心……)


 そして言った。


「それだったらね」


 なるべく期待を持たせるように。


「私たちの価値を上げればいいのよ!」と。

「何じゃと?」


 いぶかしむトリアスが声を裏返す。

 が、ここで怯んではいけない。

 恥ずかしがってもいけない。

 自信を持って、自分のペースに巻き込めば、相手を制すことができる。

 言い換えれば、弱さを見抜かれると相手はそこを攻めてくるとも言える。

 少々……いやかなりおかしいことを行っていたとしてもだ。

 流れを手にすれば、重箱の隅をつつかれることはない。


「私たちの価値を上げれば、それでも喜んで買う客は出てくるわ」

「なっ!?」


 白亜の発言に、トリアスは開いた口がふさがらないらしい。


「じゃがな――」

「待って?」


 言いかけたトリアスをさえぎって白亜が述べていく。


「価値って何だと思う?」

「はぁ?」


 何を言っているのかと、吐息が聞こえた。


「私の故郷でね。ウニっていう食材があったの」


 と少し話を逸らしてみる。


「うに? 何じゃ、それは?」

「私の国の高級食品でね。すっごい高いの。でもすぐ隣の国ではそれが石ころみたいな値段なの」

「ん?」

「で、それを知ったある人が、タダ同然の値段でウニを大量に買い占めて、私の国で高く売り捌いて大もうけしたって訳」


 そして核心を述べた。


「価値って言うのは結局その人の主観でしょ。贅沢の味を知ってるお金持ちがどうしても欲しいと思えば――」

「金に糸目をつけない?」


 トリアスの琴線に触れたのだろう。


「しかも、手に入りそうで、先に誰かに買われちゃうかもって思ったら?」


 焦るはずだ。

 焦りは正常な判断を狂わす。


「どうしても欲しいもモノがあって、他にも欲しいって人がいて、あとちょっとで手に入れられるって思わせれば?」

「――っ!?」

「できるはずだよ!」


 商人のプライドをくすぐるのだ。


「しかし……」

「トリアスは商人でしょ、なら顧客についての情報だって持っているんじゃないかな?」


 白亜が畳みかけていく。


「その情報を使えば、お金の使い方の荒さとか、誰にどんな趣味があるとか、誰と誰が仲が悪いとか、分かると思うんだよ」

「っ!!!」

「だから――」


 そして言った。


「オークションしてみない?」

「…………」


 数秒ほどの沈黙が流れた。

 不安を募らせながらも、トリアスの返答を固唾をのんで待つ白亜が息を殺す。


「分かった。やってみるか!」


 明朗な答えを口にして、竜車の揺れが止まった。

 続いて砂地に降り立つ音が聞こえ――ガチャン、と鉄格子が開く。


「っ!?」


 ギシッと床がきしむ音を立て、トリアスが竜車の中へと足を踏み入れる。

 モノクルを光らせ、日差しを反射する白髪と琥珀色の瞳。

 が、口元は下品なほどゆがんでいた。

 ゴクンと喉を鳴らす白亜へ、嘗め回すような視線を向けるトリアス。


「それで、最大限の利益を得るためには、どうすればいいと思う?」


 白いひげがピクンと動き、しわがれた声が問いただした。

 心臓がはち切れんばかりに高鳴る。

 息が詰まり、緊張のあまり手足の力が抜けていく。


(もうここまでやったんだ……やるしか……ないっ!)


 まだ気を失ったままのシルル、それにペルムを一瞥して、意を決し白亜はそれを述べていく。


「この世界では人間に希少価値があるんだよね」

「そうじゃな。特に黒目で黒髪はそれだけで高い値がつく」


 肯定。

 あと若干気持ち悪い発言を、ひとまずスルーする白亜。


「まず希少価値があるってことは、それだけで価値を生むのだけど」


 それは誰も否定する必要がない。


「問題はその後。その数少ない人間を、いったい誰が欲しがっているのかによって、答えは変わってくるわ」

「それは……」


 口ごもる。

 一応は商人だ。

 客についての情報を、そう易々とは漏らさないだろう。

 だが、聞き出さなくてはならない。

 どのような情報でも、それが無いよりははるかにマシなのだから。


(それなら――)


「じゃあ、それは後にするとして」


 もう、かなり白亜のペースになっていた。


「まずは二人を……シルルとペルムを元通りにしてもらえないかな?」

「なぜだ?」


 ペルムはともかく、シルルはトリアスにとって厄介なのだろう。


「お客さんの好む振る舞いを訓練したいから」

「……」


 不信感は拭いきれないかもしれない。

 だけど筋は通っているはずだ。


「いいだろう」


 トリアスはそう言ってモノクルをはずし、二人の顔を凝視する。

 琥珀色の目が光ると同時に二人の息が乱れていく。

 体がモゾモゾと動き始め、それからゆっくりと二人のまぶたが開き――


「「……」」


 いや、薄目を開けたまま、まるで夢遊病者のように二人がうごめいた。


「トリアスっ!?」


 まさか気づかれた――心臓が高鳴る。


「えっ!? シ、シルルっ!?」


 緩慢な動きでシルルが白亜の腕をつかんだ。


「ねえ、いったい――」


 と腕をねじられた。


「痛っ!?」


 思わず悲鳴を上げた。

 身動きが取れない。

 尋常でない力で押さえつけられて、体の自由が利かなかった。


「や、やめてっ! ねえ、どうしたのシルル、やめてよぉっ!」

「……」


 うつろな目で、あかたもブリキのおもちゃみたいに、シルルは白亜の腕をつかんだまま押さえ込んでいく。


「ねえ、シルル――」


 頭が真っ白になる。

 いったい何が起こっているのか?

 混乱しかけたその時だ。


「さて――」


 と、しわがれた声が聞こえ、白亜は琥珀色に光る目を見てしまった。


「え、あっ!?」


(体が――!?)


 全身の力が抜けていく。

 それは地下街の出口でトリアスの目を見た時の感覚。


(しまっ……)


 体が宙に浮くような脱力感が襲いかかる。

 まったく抵抗できないまま、意識が沈んでいく感覚だ。


「くくっ」


 と喉を鳴らすトリアスの声が頭の中に響いては消えていく。


「ワシが気づかないとでも思ったかの?」


 しわがれた声が、白亜の頭の中を乱反射する。


「じゃが、詰めが甘かったのう……」


 笑い声が頭の中をかけていき、白亜の意識は再び混濁していったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る