第31話天空都市奇談Ⅹ

「何で……」


 シルルがうずくまりながら、オルドビスを睨みつけた。


「何で二人を……」

『シルル。仕方のないことなのです』


 白い髪を揺らしながら、オルドビスが当然だとばかりに言い放つ。


『文明はパンゲア人を幸せにし、文明は人間で成り立つなら、彼女らにしても本望だったはず――っ!?』


 パン――と乾いた音が響いた。


『シルル……?』


 口をへの字に曲げ、灰青の目が涙をためながらキッと睨んでいる。


「何が……何が文明なの!」


 頬を雫が伝い、床に跳ねた。


「結局、誰も幸せになんかなってないじゃない!」

『それは違います、違うんですよ、シルルっ!』


 オルドビスは弁明をしようとするが、シルルは聞く耳を持たなかった。


「わたし、二人を助けに行く!」

『は――なっ!? 何を言ってるのですか? 今あの二人はオーラに分解されている最中なのですよ? 今行ったらどうなるかくらい、分かるはずでしょうっ!?』

「離して、離せっ!」


 シルルは自分をつかむオルドビスの手を振りほどこうと、必死にもがき暴れる。


『それに、そんなにあの二人が気になるのであれば、もう一度作ればいいじゃないですか?』

「――っ!?」


 シルルの目の前が真っ赤に染まった。

 だが――


「っ!?」


 ガシっ……腕をつかまれていた。

 それに指が食い込んでいく。


『何なら、もっといいものを、私が作ってあげましょう。だから、ね?』


 完全に常軌を逸していた。


「オルドビス――」


 もう片方の手で、つかまれたのを外そうとしたシルル。


「痛っ!?」


 が、それもねじられて、一瞬のうちに組み伏せられてしまった。


『ね、いい子だから……聞き分けてください。あなたは誇りあるパンゲア――』

「いやっ! 離し――っ!?」


 何が起きたのか、シルルの動きが止まった。


「え……?」


 ついでオルドビスが手を離す。

 が違和感をぬぐえない。

 何より、体が動かなかった。


「何、した……の?」


 口調が戻る。

 胸の辺りが焼けるように熱い。


「……っ!?」


 実際に焼けていた。

 焼印のように、くっきりと文字が刻まれている。

 《恋人》を意味する文字、そしてオルドビスの頭文字が組み合わさって。


『全く……』


 吐息して、投げやりな風にオルドビスが吐き捨てた。


『どうしてあなたはいつもいつも、私の考えと違った答えを出そうとするのでしょう……』


 冷たい視線が突き刺してくる。


『私が人間であることをやめてまで、この世界に栄光ある文明を残そうとしたのも』

「……?」

『あなたが燃料にされそうになっていたから、エリクシールに沈めて人目のつかないところに隠していたのも』


 何を言っているのだろう。


『全部シルルと楽しく暮らすためだったというのに――』


 訳が分からない。

 オルドビスの言葉が、全く理解できなかった。


『どうして、私の気持ちを分かってくれないのですか?』

「なに、いって……る、の?」

『だから……あの二人のことなど忘れて、もう一度パンゲアをこの世界によみがえらせるんですよ!』


 微笑し、黒い目が光る。

 いつの間にか、白髪も黒髪になっていた。


『ね? いい子だから――』


 シルルの意識が混濁していく。

 全身に全く力が入らなかった。


(こんなの……こんなの嫌だっ!)


 でも裏切られたように体が動かせない。


(わたしが……)


 もしも、このオクタヒドロンなどに来なければ……?

 もしも、パンゲアなんて文明に固執していなければ?

 そもそも、人買いから逃れてきたペルムと出会った時、みんなで別の世界へと逃げていれば?

 もっといえば、浴槽から引き上げられた時に、白亜を元の世界に戻していたとしたら?

 そんなネガティブな思考が頭の中を駆けめぐっていく。


(はくあ?)


 と鮮明なイメージが焼きついた。

 白亜の笑った顔が、ペルムの泣いた顔が。

 二人に出会わなければ、よかったのか?

 そんなことはないはずだ。


『まだ抵抗するんですか?』


 オルドビスの手がシルルの頭へと触れた。


『仕方がありませんね?』


 指がゆっくりとシルルの頭を這っていく。


「――っ!!?」


 文字が描かれているようだ。

 遅れて焼けるような痛みが走る。


『シルル、あなたはもう一度パンゲア人の誇りを取り戻すべきです』


 頭の中を弄繰り回される、そんな感覚だ。

 まるで、記憶が書き換えられていくような――


「い……やっ!」


 白亜の笑った顔が脳裏に浮かぶ。

 かき乱していくのはオルドビスの文字の力。

 どうすればいい。

 どうしたらオルドビスから逃れ、白亜とペルムを助けられるのか?

 必死に抵抗するシルル。

 それに対し、オルドビスが、それまで何度となく言って聞かせた言葉を繰り返していく。


『パンゲアはオーラシステムと文字操作機構により、文明を成り立たせ、盟主の世界となったのです……』


 まるで復習でもするかのように。


『オーラシステムは人間の生命力を文明を維持するエネルギーとして用い、文字操作により物質を意のままにしたのです……』


 楽しそうに喉を鳴らすオルドビス。


『文字には力があり、それを最大限に効率よく発揮するように研究されていき――』

「――」


 それを聞いて、シルルはあることに気づいた。

 オーラと文字、この二つで世界を意のままにする、それがパンゲアの文明だ。

 オーラとは人間の生命力で、文字をシルルは間違いなく使える。

 文字自体にも力がある。

 そしてしゃべれる。

 なら?


(これしか、ない――)


『枯れないエネルギー、そして文字自体にも力が――っ!?』


 バチッと痛みを覚え、オルドビスの手が弾かれた。


『シ、シルル?』


 灰色の髪の毛が少しだけ焦げていた。

 毛を燃やした嫌な臭いがただよう。

 それから、ちんまりとした手が、足が、ゆっくりと動き始めた。

 緩慢な動作で、シルルが体を支えるように立ち上がっていく。


『シルル……いったいどうやって……』

「おね、が……いっ!」


 ふらつきながら、シルルはオルドビスへと近づいていった。

 ドサッと倒れかけ、オルドビスがそれを受け止める。

 と――


『え……っ!?』


 焼けるような感覚がオルドビスに走った。


『な――』


 胸のあたりに、先ほどシルルに施しただろうものと同じ文字が刻まれていた。

 続いてひざをつき、崩れ落ちるように地面に倒れていく。

 混乱した顔がシルルへと向かう。


『シルル、どうして……』

「おねが、い……」


 一瞥し、そう告げてから、シルルがすぐさま向きを変えて、一瞥する。

 それはオーラシステムの命令文を組んだ文字列だった。


「これ、を――」


 停止させればいい。

 その後で、二人を戻す方法はいくつかある。

 オルドビスがやった新しく肉体を構成するでも、エリクシールでも。


「これ、で!」


 ○の中に*がある起動文字を命令文から外した。

 二人をオーラに替える式は停止したはずだった。

 だが……


『シルル、いいことを教えてあげましょうか?』


 オルドビスが笑っている。


『このオクタヒドロンの中では、命令文はさまざまなところでつながっているのです』

「え?」


 胸騒ぎがする。


『そして一度発動した文は、それぞれが別個に命令を完遂する……シルルなら、この意味が分かりますよね?』

「それ……て!?」


 連鎖的に発動していき、個別に止めなければいけない、と?

 しかしそのまさかだった。


「く――」


 気がつけばシルルは、元来た路を舞い戻っていた。






「はく、あっ! ペルムっ!」


 息を切らせて、先ほどまでの路を舞い戻り、階段を走っていくシルル。

 焦っていた。

 何しろ時間がない。

 舌先を使い、口の中で文字を描いて、オルドビスから逃れたものの、先ほど刻まれた文字の影響で、体がまだちゃんとは動かなかった。


「あっ!?」


 つまづき、階段に体を叩きつけられる。


「~~~っ!?」


 全身に激痛が走り、身もだえし、うめく。

 血がにじみ、それに足首ををひねっていた。

 青く腫れあがった自分の足を見て、心がくじけそうになるシルル。


「――っ!?」


 立っているのがやっとだ。

 でも急がなければならない。

 足を引きずりながら、シルルは駆けていく。


「はく、あ……ペルム……」


 オルドビスはオーラシステムの起動文字を隠し持っていた。

 文字列も並べられていた。

 間違いなく起動してしまったはずだ。

 二人をオーラに、エネルギーに変換する命令文を!

 起動された命令を解除するためには、文章を変える必要がある。

 ただ、その文を二人はおそらく作ることができない。

 それができて、かつ二人を助ける意思を持っているのは、シルルしかいないのだ。


「ふたり……たすけ、なきゃっ!」


 なのに気ばかり焦り、体はそれについていけない苛立ちがわき上がる。


「うご……いてっ!」


 無理に力を入れると、手足が震えた。

 痛みだってまだ残っている。

 でも、だからこそ。


「うごけっ……!」


 痛いのは生きているからだ。

 焦っているのは、まだ希望を捨てていないからだ。

 そう自分へと言い聞かせる。


「うご、けえええええっ!!!」


 足が、動く。

 転がるようにして、最後には這っていった。

 そして――


「っ!?」


 顔からタイル貼りの地面にダイブする。


「~~~!」


 だけど、そこは白亜たちと別れた場所だった。


「はく、あ!」


 震える手で起き上がり、あたりを探っていく。

 異変はないか?

 どこか様子のおかしな場所があるか?

 感覚を研ぎ澄まし、灰青の目が周囲を感じ取っていく。


「――っ!?」


 壁に貼られた板がはがされた民家、その中でまがまがしく見える光がこぼれているのを、見つけたのだ。

 体を引きずりながら、家屋の中を覗き――


「はく、あっ! ペルム、もっ!」


 二人がいた。

 ただし、ものすごく薄くなっていたけれど。


「シ……ルル……」


 消え入るような声。

 命のともし火が、今にも尽きそうな胸騒ぎをがシルルに走る。


「まって、て! 今、なんと、かするっ!」


 室内を確認し、その中へと足を踏み入れた。

 生命力が削られるような感覚に襲われる。

 だけど、かまうことなく身を乗り出していった。

 シルルの体も、少しずつではあるが透けていく。


「めい、れいぶん、は――」


 室内を探る。

 しかし見当たらない。


「なん、で――」


 何で見当たらないのか?

 文字がなくて、どうして二人は薄くなっているのか?

 感情が昂ぶり、混乱していくシルル。


「どこ、に――!?」


 手が、足が、胸のあたりまでが透けていく。


(わから、ない……)


 ついで起こるのは深い絶望だ。


(助けられない? でも――)


 二人を見れば、もうほとんど消えかかっていた。

 どうすることもできない。

 手も足も出なかった。


「ご、めん……ね」


 大粒の涙がボロボロとこぼれていく。


(もっと早く――)


 後悔の念が責め苛んでくる。

 と、その時だった。


『シルル、こっちですっ!』


 鋭い声が耳をつんざいた。


「っ!?」


 声のした方を振り向いたシルル。

 半ば消えかかっていた手が壁をいつかんでいた。

 そして現れたのはオルドビスだった。

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異世界で発掘してたら、おかしなものばかり出土する! wumin @wumin

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