第30話天空都市奇談Ⅸ

「買った?」

『そうです。正当な対価を払ってね。購入したんですよ。奴隷です。いけませんか?」


 全く悪びれる様子さえ見せず、オルドビスが言い放つ。

 人間は資源、そう言わんばかりだ。


『ブタみたいに耳が広がってて、口の突き出た奴隷商からですよ。その一人は人間でしたけどね。どうしてそんなことを訊くのですか、シルル?』


 シルルの瞳孔が開く。


『パンゲアは全ての願いがかなう、全てが思い通りになる、数多の世界を従えて盟主のとなった、輝かしい世界なのですよ?』


 不敵に笑むオルドビス。


『そう――この最高の文明を後の世に伝えていかなければいけない。それは誇りあるパンゲア人が背負った使命ではありませんか? そうでしょう、シルル?』


 興奮に身を任せ、オルドビスが更に言葉を続けていく。

 大仰な身振りであたかも自分の言葉に酔っているかのようだ。


『あなただって、パンゲア人の端くれなら、この偉大な文明を後の世に伝えていかなくてはならない使命があるのです! そうではありませんかっ!』


 異常な会話と言うしかない。

 だが、オルドビスの目は真っ直ぐだ。

 みじんも、自分の信念に疑いすら抱いていない。

 純粋そのものといった目をしていた。


「どうしてそんな――」

『あなたにっ!』


 数滴の雫をこぼして、オルドビスが声を張り上げる。


『あなたに、私の気持ちが分かるものですかっ!』


 目をうるませ、口をへの字にして。


『確かに、パンゲアはその文明を維持するために、人間を燃料に換えていきました……終いには人間がいなくなり、他の世界から輸入するようにさえなりました』


 碌でもない話だ。


『でも、それでもっ!! パンゲアは後世に残さねばならない偉大な文明なんですっ!!!』


 ある意味ドランス状態のようなエキセントリックな口調で訴えかけるオルドビス。


『シルルなら、分かるでしょう?』


 ゆっくりと、両手を広げ、オルドビスが近寄っていく。


「オルドビス……」

『シルル――』


 目と目が合った。

 目にいっぱいの涙を浮かべ、顔を赤く腫らしながら、オルドビスがようやく和解できた、みたいな表情となる。

 が、ちんまりとした両手がその行く手を阻んだ。


「何言ってるか、分からないよ」


 ついで、シルルが告げる。

 断言した。

 そして実際、オルドビスの話は、理解不能だといえた。

 いや、言葉も通じるし、文法だってそれほど外れてはいないだろう。

 だけど、常識的なものがすっぽりと抜け落ちているのだ。


「文明は、人間がいなくちゃ成り立たないんだよ?」


 どこかで聞いた言葉がシルルの脳裏をよぎる。


「どんな優れた技術を持っていたとしても!」

『えっ!?』

「いかに物質を操ろうと……どれだけエネルギーをふんだんに使えようと……人なくして文明は成り立たない!」


 それはかつてオルドビスから聞かされた言葉だった。


『そうですよ? 分かっているじゃないですか!』


 なのに、会話がかみ合っていない。

 理解に齟齬そごがある。

 いや、違う。

 人間に対しての理解があまりにも逸脱しているのだ。

 シルルにとっての人間とは、文明の担い手であり、そして主人といえた。

 対するオルドビスのそれは、確かに文明の担い手とは言えなくもないが、少なくとも主人とはいえないものだ。

 つまり、人間は人財であり、資源であり、早い話が燃料であると。


『シルルなら分かるはずです』


 聞き分けのない子を言い含めるような口調だ。


『文明を残すためには、コストがかかるのです。偉大な文明をこの世に残すための、必要な――』

「……いよ」


 聞こえるかどうか、かすかな声でシルルがつぶやく。


『シルル?』

「そんな文明なんだったら、わたしいらないっ!」

『――っ!!?』


 それを聞き、オルドビスが凍りついた。

 抜け殻のように立ち尽くす。


『パンゲアが……いらない?』


 今聞いたことが信じられないのか、ブツブツと同じ言葉を繰り返す。


『ウソだ、ウソだ、ウソだ……』


 感情に任せ髪を掻きむしるオルドビス。

 数本の白い髪の毛がちぎれ、宙を舞う。


『シルル、ウソだって言ってください! あなたはパンゲアに残された、最後の一人。たった一人の希望なんですよ?』

「白亜もペルムもいる」

『いいえ! あの二人は違うんです!』


 否定が返り、シルルがキッとオルドビスをにらみつけた。


『一人は異世界人、パンゲア人ではありませんし……もう一人はホムンクルスじゃないですか?』

「っ!?」

『誇るべきパンゲア人ではありません! あなたはもっとその自覚を持つべきです。あの二人は――』

「どうして、そんなこと言うの?」

『え……?』


 オルドビスの言葉が止まる。


「人間の定義を決めないって、そういう答えだってあるんだって言ったのは、オルドビスじゃないっ!」


 内からあふれ出る衝動を、でも何とか抑えながら、シルルが叫ぶ。

 何とかして分かってもらいたかったのだろう。

 だが――


『全く、聞き分けのない子ですね』


 オルドビスは冷たく言い放った。


『私がどれだけ――』


 とどこから取り出したのか、○に*が入った形の石を、オルドビスが持っていた。


「え――!?」


 ドキリと心臓の鼓動が跳ね、シルルは自分の手元を見る。

 が、きちんと持っていた。

 つまり二つあるということだ。


『やっとあなたは目が覚めたのです。ならやるべきことはひとつしかない……』

「何を――」


 見れば、オルドビスの周りを、たくさんの文字が囲んでいた。


「これは――」


 文字列を読み、シルルの顔が真っ青となる。


「やめて! お願いだから! 二人には手を出さないでっ!」

『シルル、何を言っているのですか? パンゲア人にとって、人間とは所詮利用できる資源ではないですか――』

「ダメーーーーーーーーっ!!!」


 止めようとしてオルドビスへと飛び込んでいくシルルだったが、


『残念!』


 カチャリ、とはめ込まれる音がした。

 何が?

 そう、文字が文字列にだ。

 ○の中に*は、オーラシステムの起動文字。

 つまり――



 




「ペルム……それは、どういうこと?」


 耳をふさぎたい話だった。

 息を乱し、白亜が今聞いたことを信じられないといった顔でペルムへと問う。


「言った、とおり、だよ」


 沈んだ声が、白亜の希望を打ち砕く。

 否定してほしかった。

 なのにペルムは事実だと言う。


「つまり、この街の人たちはみんなオーラに替えられて、この街を動かすエネルギーにされたって……」

「ここに、は……そう、書いて、る」

「ウ、ウソ、だよね?」

「ホント……だと、思う」


 ペルムがうつむきながらつぶやく。


(ウソじゃない? いや、でもだって――)


 人間をエネルギーにする?

 消耗品扱いして、この街は、オクタヒドロンは空に浮き、活動していたと。

 胸の悪くなる話だった。

 そこには人間の尊厳も、それぞれの人たちが歩んできた全てをも否定する、そんな発想が見て取れる。


「この、街だけ……じゃない。世界、で広く、やって、た……」

「え?」

「ここ、見て?」


 ペルムが指を差す。

 壁に刻まれた文字があった。


「助け、て……書いて、る」

「っ!?」

「故郷、に……帰り、たい、って」

「……」

「私、たち、燃料、じゃない……って」

「ウソ……だよね、ね?」


 白亜はすがりつくようにペルムへと答えを求める。

 違うと、ウソだと言ってほしかった。

 だが、ペルムは無言のまま首を横に振るだけだ。


「…………」


 パンゲアを見つけた。

 それはシルルとの約束で、そこは夢の国と聞かされていたはずなのに。

 なのに、これは……


「何で……」

「はくあ……」


 何と言えばいいのか、そっと手を置こうとしたペルムの足元がぐらついた。


「えっ!?」


 勘違いではなく、本当に揺れている。

 地震、のはずがない。

 なぜならこの街は空に浮いているのだから。

 ではなぜ揺れているのか?


「え、な――」


 足元が、タイルの貼られた床が、波打っている。

 以前シルルが家の壁を広げた時のような光景が、白亜の脳裏に浮かぶ。


「どういうこと?」


 でもどこかが違う。

 これから起ころうとしていることが、少なくともよくないことであると、白亜の直感は告げた。

 不安が募っていく。


「ペルム、ここから逃げようっ!」


 とっさに手を取ろうとして――


「え……?」


 黒い目が見開くと、ペルムの体が透けていた。

 熱帯魚のように半透明で、ペルムの体は背後の景色が映し出されている。


「透けて……いる?」


 体の向こうがはっきりと映っていた。


「逃げなきゃ――」


 この場にい続けるのはまずい。

 だが――


「えっ……?」


 白亜の手が空をかすった。

 ペルムの手をつかめなかったのだ。


「どうして――」

「はくあっ!?」


 ペルムが叫ぶ。

 その訳を、ようやく知ることができた。

 ペルムだけではなく、自分の体さえも透けていたことを。


「え、あ――」


 薄くなっていく。

 存在が消えていく、自分がこの世にいたという痕跡が、全てなくなってしまう。

 恐怖感がズシリと災難でいく。


(助けて……)


 だけど、どうすることもできない。

 その術が白亜には見当たらなかった。


(シルル――!!!)


 ただ、心の中で叫ぶほかなかったのだ。

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