第29話天空都市奇談Ⅷ

 二人だけで話そうか――と口にして、シルルとジュラは街の奥へと進んでいった。

 すっかり静まり返った街中に取り残された白亜とペルム。


「どうしたんだろうね……」


 二人の真意がよく分からないのか、眉を寄せて白亜がつぶやく。


「シルル、来るな、って……どうし、たんだろ……う」


 ペルムも心配そうに街の奥を望む。

 解せない面持ちだ。


(そういえば、急に焦ったみたいだった、よね? 見らたくないものでもシルルが手にしていた、とか?)


「いやいや、そんな……」


 釈然としないのか、考え込む白亜。


(だいたい、シルルを片想いの恋人とまで呼んだんだから、何かもっと別の理由が――)


「ねえ……」


 とペルムが背に触れた。

 ペルムがしゃがみながら、地面を見つめている。


「どうしたの?」


 ひざを折り、同じ目線で地面へと目をやれば、そこには文字らしきものがあった。


(文字……?)


 刻まれている、と言うよりは、文字がはめ込まれていた、と言った方が正しいだろう。


「文字みたい、だね……?」


 ふとシルルが文字を使い、家の形を変えたり、ペルムの首輪をはずしたりしたのが白亜の脳裏をよぎる。

 ジュラも同じことをしていた。


(これ、もしかして私にも使える……?)


 法則さえ分かれば、ひょっとしたら使えるかもしれない、と。

 しかし、残念ながら、何て書いてあるのかが分からなかった。


(私もこれが分かればなぁ……)


 うまくやれば、パンゲアを見つけられたり、ペルムの捕まった仲間を見つけ出すだけじゃなく、元の世界に帰ることだってできるだろう。

 床にはめ込まれた文字の法則を見つけようと、ジッと凝視する白亜。


(シルルの家にあった、文字に似てる……)


 文字には表音と表意の二種があるが、これはどうやら後者に分類されるようだとなでてみる。

 漢字、マヤ文字、ヒエログリフ……後の二つはともかく、少なくとも漢字は音が読めなくても意味を察することはある程度できる。


「ねえ、はく、あ!」


 とペルムが心配そうに白亜の顔を覗く。


「これ、そんな、に……面白、い?」


 車窓から景色を眺める子どもにでも見せる表情で、ペルムが訊いてくる。

 普通は興味を示さないのだろうか?

 コバルトブルーの瞳が不思議そうにしていた。


(そういえば、ペルムもこの世界で生まれ育った……んだよね?)


 希少な人間を奴隷にしている集団に追いかけ回されていたのだから、間違いないはずだ。

 であれば、ひょっとしてこの文字を読めるかもしれない。

 だから訊いてみた。


「ペルムは、これが何て書いてあるのか分かるの?」と。

「少し、なら……分かる」


 あまり自信がなさそうに言った。


「そっか……でも、少しって?」

「これ、いくつ、かの、意味、が組み、合わさって、る……」

「……?」


(文字に複数の意味がある?)


 なるほど、表意文字的だ。

 たとえば首なら「一番目」や、「物事の始まり」、あるいは単に「くび」だったり、他の文字と組み合わせることでより多くの表現ができるような体系なのだろう、と。


「これ、に……他の、文字、足し引き、する。別の、意味、なる」


 やはりそうだ、と手をギュッと握りたくなる白亜。


「たとえば?」

「たとえ、ば――」


 ペルムが立ち上がって、近くの空き家に目をやる。

 何の変哲もない、石造りの簡素な民家だ。

 その壁には、碁盤目状の板がはめ込まれ、いくつかの文字が貼付されていた。


(同じものをシルルの家でも見た、よね?)


「見て」


 そう言って指差すペルム。

 貼付されていたのは複雑怪奇な、何とも言えない形をしている文字。


「これ、扉、開け、っぱなし、する……文、なって、る」

「開けっ放しに?」


 普通扉とは閉めておくものだ。

 仮に街自体遺棄されたにしても、わざわざ開けっ放しにはしない


「何でそんなことを……?」


 それに遺棄されたにしては、あまりにも生活臭がありすぎる。

 言うなら、ある日突然、何の予告もなく人だけが蒸発してしまったかのように。


「ん……?」


 ペルムが文字の貼られた板を覗きこんだ。

 いぶかしげな顔で、首をかしげながら、板にベタベタと触れる。


「ペルム?」

「これ……」


 白亜が言いかけたのをさえぎって、ペルムが動揺気味につぶやいた。

 ついで板をつかむと、それをひっぺはがしたのだ。


「え、な、何やってるのペルムっ!?」


 ペルムらしくない行動だ。

 が、壁からはがした板を地面に投げ捨てると、ペルムは壁を手でこすり、再度目を凝らす。


「ウソ……」


 それから、すぐに青ざめた。


「ねえ、本当にどうしたの?」


 ひとえに意味が分からない白亜が問いただす。


「これ……」


 震えていた。

 動揺し呆然としている。


「ペル――」


 と華奢な手が、体が白亜へと飛び込んできた。

 体の震えがじかに伝わってくる。

 いったいどうしたというのだろう?


「ペルム、落ち着いて! 深呼吸だよ!」


 す~、は~、す~、は~……。

 ゆっくり深く、息を吐き、吸うを繰り返す息遣いが流れる。


「落ち着いた?」

「じゃ、なくてっ!」


 叫ぶ声が耳に響く。


「これ……街に、誰もいない、書いて、る!」


 ペルムは、そう述べた。






 一方。

 足音を立てながら、正八面体の頂点を目指すように階段を上っていく二人の影。

 何も言わず、ジュラに先導されるように、シルルがその後ろをついていく。


「……」

『……』


 ずっと黙ったままだ。

 だけど、目がすでに多くを語っていた。

 シルルのちんまりした手が、握り締めるように何かをつかんでいる。

 それは石のようだった。


『……した?』


 先に沈黙を破ったのはジュラ。


『どこまで、思い出したぁっ?』


 警戒するというよりは、威嚇するみたいな声色でジュラが問いただす。

 それに対し、微笑を浮かべて返すシルルが、手に持ったモノを突き出した。


『――っ!?』


 白髪が逆立ち、黒い双眸がにらむように釘付けとなった。


「この、街……は」

『そのわざとらしいしゃべり方を、まずは止めてもらおうかなぁっ?』


 言いかけたシルルにジュラが吐き捨てる。


『本当は、ちゃんと喋れるだろう? ここには連れはいない。演技する必要なんかないだろう?』


 青筋を立て、苛立ちながらうながした。


「はぁ……」


 ついで大きなため息がもれる。


「自分だって姿を変えているくせに?」


 冷たい声が響いた。


「それから、さっき二人に何しようとしたかを、わたしが分からないと思った?」


 追及するような鋭い視線がジュラを突き刺す。


「これ……オーラシステムの一部だよね?」


 手に持ったモノをかざす。

 石――それも、何かの文字の一部を思わせる形をしていた。


『オーラシステム。ようするに、人間の生命力をエネルギーに変換する――』

「枯れないエネルギー……」


 ジュラの言葉をさえぎってシルルが述べる。


「人間の生命力を使って、文明を維持するエネルギーに換える、夢とも思える力!」

『そう、その通りだよ、シルルっ!』


 歓喜の声が上がる。


『パンゲアの創り出した最高の遺産。このオクタヒドロンだって、オーラで動いている――』

「何のために?」

『何のためにって……偉大なこのパンゲアの文明を、後の世に残すためじゃないか!』


 声を荒げ、地面を踏み鳴らすジュラ。

 なぜ当たり前のことが分からないのか、そんな息遣いだ。

 だが、


「残念だけど、パンゲアはもうおしまいじゃないかな?」


 残酷な台詞が再び沈黙を招き、静寂をなした。

 ジュラがワナワナと震えている。

 唇をかみ締めていた。


『何を言ってるんだい? パンゲアは永遠に不滅――』

「人間もいないのに?」

『シルルがいるじゃないか? パンゲアの数少ない生き残りとしてシルル、この世界にパンゲアの栄光を……』


 すがりつくように問いかける。

 だけど、シルルは一顧だにしなかった。


「じゃあ訊くけど、この街の人たちはどこへ行ったの?」

『っ!?』


 言葉が続かず、ジュラが悔しげに睨みつける。


「オーラシステムは、文字操作機構と並んで、パンゲアの文明が創り出した技術……」


 ジッと警戒するように、ジュラの一挙手一投足を目を離さず凝視するシルルが続けていく。


「人間の生命力をエネルギーに換えたその後に、では彼らはいったいどうなるかを、知らないとは言えないよね?」

『……そ、それは……』

「それは?」

『人間がい続ける限り半永久的に使用できる最高の――』

「だから!」


 鋭く叫び、シルルが声を張り上げた。


「オーラシステムが、人間そのもの・・・・・・をエネルギーに換えることは知っているはず!」

『う……』

「あくまで想像でしかないけど、この街の人たち、白亜やペルムまで……」


 非難するように、怒りを宿した灰青の目が光る。


『それは……それはあくまで、シルルの想像に過ぎない!』


 あくまでもちがうと彼女は強弁した。


「じゃあ、この文字は何?」


 シルルが叫ぶ。

 先ほどからつかんでいた文字のかけらだった。

 車輪のような形をしている。

 ○の中に*が入れられた、そんな形状だ。


「これは、オーラシステムの起動文字のはず。人間をエネルギーに換えていないなら、どうしてこの文字がこの街にあるの?」

『それは――』

「それだけじゃない!」


 耳をつんざくような声がこだまする。


「この街――オクタヒドロンは、未だに動いていた。どうやってエネルギーを集めていたの?」

『それは――』

「はぐらかさないで答えて、ジュ――いや、オルドビスっ!」


 手を強く握って前に出し、搾り出すようなシルルの叫びが、街の中へと吸い込まれていく。

 数刹那の静けさがすぎ、ため息をつく声がした。

 うんざりするように、どこか投げやりな声だった。

 それに口調も変わっている。


『全く……普段少し抜けているかと思えば、時々鋭い。まあ、シルルの想像通りですよ』


 黒い目が光った。


『そう――この街は、このオクタヒドロンは、オーラシステムによって動いている!』


 ジュラが、いやオルドビスと呼ぶべきか――が告げる。


『燃料はどうしたかって? 決まっているじゃないですか。買ったんですよ。人間を!』


 その顔は、ひどくゆがみ、それに冷たい笑みを浮かべていた。

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