第28話天空都市奇談Ⅶ


 大皿に盛られた料理が湯気を立てる。

 コメ、それにシルルが持ち出した食材を使って、ようするに、白亜の得意な料理を再現した。

 とはいえ、炒飯と言うよりはピラフに近い出来具合ではあったけれど。

 それにスープもつけて。


「「「いただきま~すっ!!!」」」


 朗らかな声が響き、ほおばる三人。


「おいし、い!」

「ホント、だ!」


 楽しげに口の中へつめこんでいくシルルとペルム。

 その隣では、ジュラが『ん~』などと口ずさんでいた。


『うん、何百年ぶりだろうねぇ、何かを口に入れたのは!』


 妙なことを言う。


「そのさ」


 白亜が思い切って訊いてみた。


「さっきのは、いったいどうやったの?」

『ひゃっひほっへ?』


 口にめいっぱいつめこみながら訊き返してくる。

 行儀が悪い。


「飲み込んでからしゃべろうね……」


 促され、ごくんと飲み込む。


「いやいや、ちゃんと噛んで――」


 が、ジュラはそれを聞き流して、先の質問に答えた。


『物質の再構成しただけだよ?』


 その答えもまたおかしかったが。


「……何を言っているの?」

『いや、だからコップを分解して、別のものに変えただけだよ?』

「……?」


 奇異な目を向ける白亜。

 やはりジュラはおかしい。

 すっぽんぽんで目の前に現れたのもだけど、その言動がいちいち常軌を逸している。

 そして今の発言……。

 驚くようなことか、とでも言わんばかりだ。

 皿に盛られたピラフもどきを一気に掻きこんで、あっという間に平らげると、ジュラが述べ始めた。


『ようするに、物質を分解して、そのあと別のものに作り変えただけなんだよ!』

「……?」


 ほぼ同じ言葉が返ってきた。

 それでは説明になっていない。

 胡乱な目をする白亜に、ジュラが再度目をつむり、空いた皿を手に取った。


『だから――』


 手に持った皿に、文字を描いていく。


「っ!?」

『ね?』


 皿は一瞬のうちに砂へと変わる。


『で――』


 そしてその砂で文字を描いた。

 するとたちまち、砂は光を帯びて、今度は置物へと姿を変えた。


「な……っ!?」


 手品、ではないだろう。

 もっとも、手品の語源はマギで、つまり魔法だけど。


『文字には力があるんだよ。そしてこの街は文字の力で繁栄したのさ』


 ジュラが述べる。


「?」

『そして文字の力で、不老不死を得たんだよっ!』

「……はっ!?」

『ようするにだね!』


 興奮あまってか、大げさな身振り手振りで、息をまくジュラ。


『魂の全能性を妨げる物質を、この文字の力によって取り除いたってことさ!』

「え……と」


 怪しげな宗教の勧誘みたいになってきた。


『そう、魂にこびりついて物質を取り除けば、キミだって全知全能になれるんだよっ!』


 充血した目が迫る。

 こう、時々扉の向こうから怪しげな本を抱え、迷惑な情熱と押し付けがましい使命感に燃えた、あの目をしていた。


『知りたくはないかい、この世界の真理を――』


 一言で言うと「怖い」という感情が、白亜の中にわき上がる。


『そうさ! 一度全能性を手に入れてさえしまえば、再び体を作り出すことも不可能じゃない!』


 後ずさる白亜。

 だが、一歩引けば、もう一歩迫ってくる。


『どうだい、この街で真理に身を任せるのも?』


 白い髪を手で掻き分けて、ジュラの腕が白亜へと触れた。


『なあに、簡単なことさ――』


 目がギラついている。

 こう、嘗め回すような、そんな目だ。

 獲物を狙うみたいに迫っていき――


「それ、ダメ!」


 たどたどしい声が待ったをかけた。

 シルルだった。


「はくあ、わたし、と……さがす、やくそ、く、した!」


 ちんまりとした手が割って入り、ジュラから白亜を引き剥がす。

 一瞬だが視線がぶつかり火花を散らした。


「……」

『……』


 灰青と黒の目が互いに一歩も引かないと対峙する。


『そうかぁ……それは残念だなぁ!』


 先に目を逸らしたのはジュラだ。


『でもまあ、せっかくの……何百年ぶりかの客人だからね。ゆっくりしていくといいよ!』


 再び表情を緩ませて、ジュラがあの飄々とした調子に戻る。


『それに、この街の人間・・は私しかいないからねぇ。ずっと退屈してたところなんだよぉ』


 とつけくわえて。




 食後。

 街の中をジュラに案内されて、白亜たちは散策していたのだが……。


「……」


 見れば見るほど奇妙な街だ、というのが白亜の印象だった。


(何だろう……)


 違和感を覚える白亜。

 目をこすり、目を凝らしてみる。


(まるで時間が止まった、みたいな感じがする?)


 家屋を見れば開けっ放しのドア。

 まるでさっきまで動いていたかのような、車輪のついた乗り物。

 それにシルルが持ち出した食材だって、何百年も人が訪れなかった割には鮮度を保っていた。

 そこはかとなく生活臭が染み出ている景色もそうだが、どこかがおかしい。

 日常がある瞬間を境に凍りついたように止まってしまったような、そんな印象だった。

 ひたすらに不気味な印象を与えてくる。

 と――


『どうだい、街をめぐってみた感想は?』


 自慢げな口調。

 ジュラの声が思考をかき乱し、問いかけてくる。

 シルルもそうだが、パンゲア人というのは、どうしてこう妙に自慢したがるのだろう。

 そんな感想が白亜の頭に浮かんでくる。

 こういう時の返答は、たいてい質問者が望む答えを求めている。

 おそらく正答は、不気味ですとも、時が止まったままでもないことは確かだ。

 だからすぐに返事をできなかったのに、不満げな顔が返ってくる。


「えっと――」

「す、ごい……ですね」


 言葉が飛び出た。

 だけど言ったのはペルムだ。

 こう、誉め言葉が特に思いつかない時の物言いだった。

 嘘はついていない。

 けれどお茶を濁すような返答に、露骨に不満げな顔をして、ジュラが再度問いかける。


『それだけかなぁ?』


 もっと誉めてもいいんだよ、とでも言わんばかりに。

 返答に困ったのか、ペルムが白亜の後ろに隠れようとした。


『どうしたんだい? もしかして、恥ずかしがりやさんなのかなぁ?』


 覗きこむようにペルムへと迫るジュラ。

 他者との距離感がおかしい。


「ねえ」


 そんなジュラへとシルルが声を放つ。


『ん、どうしたんだい――っ!?』


 振り向いたジュラ。

 だが、ほんの一瞬だけ、顔を引きつらせた。

 黒い目が釘付けになる。

 その視線の先、つまりシルルの手がを凝視して。

 ちんまりとした手は何かをつかんでいた。


『それ――』


 言いかけ、ジュラが口をつぐむ。

 ほんの少しだが、青ざめている。

 だけどシルルは相手の様子などどこ吹く風で続けていく。


「この、まち。人、いない……ね?」


 灰青の目がいつになく鋭い光を放っている。

 ジッと、何かを見透かしたように。


『そ、そりゃあそうだよ! 何たって、この街はずいぶん前に滅びた・・・んだから! それに今じゃ私しか住んでないし!! そんなに気になるかい? この世界はもうほぼ人間なんていない――』

「知って、るよ」


 焦ったように早口でまくし立てたジュラに、シルルはにっこりと笑って言った。


『だ、だからね? この街は――』


 と言葉が途切れた。

 視線がシルルの手を見つめている。


「そう、ほろ……びた」

『……』


 ジュラが今にもこの場から逃げ出したい、見たいな顔となる。


『そ、そうだね……』


 そしてシルルの肩へと手を置いて、不自然とも思える作り笑いを浮かべて言った。


『ちょっと、向こうで、二人だけで話そうか?』

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