第27話天空都市奇談Ⅵ

 ボンキュボン、とはきっとこういうのをいうのだろう。

 メリハリのある体型で、彫刻とか絵画の題材にしやすいプロポーションだ。

 腰どころかひざまで伸びた白い髪の毛は、とても二十代前半には思えないほど。

 が、そんな彼女の口にする内容は、やはりおかしかった。


『そ、そんなに怒鳴らなくてもいいじゃないか……』


 耳を押さえながら、つぶやく。

 そう、一糸まとわぬ生まれたままの姿だったのだ。


『それに、服と言うのは人を束縛するアイテムでしかない。人は裸で生まれ、裸で死んでいくんだよ。それこそが自然。そして真理――』


 と、責めるような視線に気づいたのか、そいつは後ずさる。


『な、何か問題でもあるのかい?』

「ある……」


 白亜が言った。


「とりあえず服を着て!」


 目のやり場に困る。

 それに何というか、苛立つのだろう。

 自然に目がきつくなっていた。


『いや、だからね? 服とは人間の精神を束縛する、いわば文明の毒なのだよ。人が本来持つ神性を、世の中の都合で強いることによって、人は快適さを得るんだ。だがね!』


 白い髪をわざとらしく弾き、やたらと饒舌じょうぜつに述べ始める。


『服は快適さを与える代わりに、人の神性を覆い隠してしまう。生きるとは何か? 死とは何か? なぜ生きるのか? 服を着て贅沢に暮らす限り、決して人が向き合わない!』


 ずいっと大きく揺れる双丘が視界を覆いつくす。


『人間の神性、つまり魂は本来なら全知全能なのだよ! しかし、しかしだっ! 人は服を着ることで、その神聖さを覆い隠してしまう。いや、服だけではない!』


 止まらない。

 その目は軽く――いや、だいぶ逝っていた。

 息がつまる。

 言葉の洪水におぼれそうだ。


『魂に付いたケガレ、これが人の体を造り、あるいはその全能性を汚してしまう。だがっ! しかしっ!! これらを除去していけばこそ、人が本来持つ神性を覆い隠すことなく発揮できるのだっ!!!』

「わ、分かった! 分かったからっ!!!」


 近づく双丘をぐいと押し戻し、白亜が話を強引に終わらせようとした。

 が、白い髪がふわっと宙を舞い――


『だからキミも、世界の真理と一体になるのだっ!!!』


 叫ぶ声が耳をつんざいた。

 ついでひんやりとした空気肌に触れる。

 何が起きた――一瞬だが、認知が遅れた白亜だが、しかしすぐに自分の身に起きたことを知る。

 ぽろん……


「――っ!!?」


 胸を包んでいたスカーフを剥ぎ取られたことを。


『そう、そうだよっ! 服と言う邪悪なる物質など――』

「いやああああああああっ!!!」

『ひゅぐっ!?』


 それはもう、条件反射と言うほかない。

 とっさに出た手が、鋭い音を響かせて、この変な女の頬をえぐった。


「な、なななっ、な……何、何する、するのっ!!!」


 突然のことに感情が昂ぶり、口調がどもる。


『何って、真理をだね――ぴぎゃっ!?』


 今度は拳骨が頭上に落とされる。


「こ、この……」


 苛立ちと恥ずかしさで顔を真っ赤にした白亜が、わなわなと握りしめた拳を震わせている。


「いったい、何考えて――」

『だから、真理を、だね?』


 が、飄々としている。

 そもそも会話が成り立っていない。

 と……


「だれ?」


 シルルが割って入り、問いかける。


『私かい? 私は――』


 が、言いかけて口をつぐんだ。


「……?」


 なぜそこで止まるのだろう。

 シルルだけでなく、白亜もペルムも怪訝な顔でこの白い頭を凝視する。


「あの……?」


 いたたまれず、気まずさから会話を再開したシルル。

 だが、女は言った。


『私が誰か、本当に分からないのかなぁ?』


 首をひねりながら、女がシルルへと反問する。


「え?」


 再び気まずい空気が流れる。

 先ほどまでの言葉の洪水が嘘のようだ。


『私、だよ?』

「???」


 何を言っているのだろう、灰青の目がいぶかしむ。


『だから、私だってば!』


 何とかって詐欺だろうか?

 しかしあれは、本人確認できない受話器越しだから成り立つ。

 本人に面と向かって騙れるものではないはずだ。


『ですから私ですよぉ~!』

「ふぁっ!?」


 間の抜けた声がシルルの口からもれた。


「わた、し……?」


 困った顔を浮かべるも、白髪を振り乱し、無駄に迫力のある口調で彼女は迫っていく。


「その……」


 ガシっと両肩をつかまれ、逃げ出そうにも逃げられなくなるシルルに、彼女は告げた。


『私だよっ! ジュラですよぉ~!!』

「ジュ……ラ?」


 ぽかんと口を半開きにして、シルルが目を丸くする。


『シルル……』


 感動の再会だと言わんばかりに、大げさなジェスチャーで、凶暴なる双丘を押し付けていく。

 が――


「だ、れ?」


 その言葉に、ジュラを名乗った女が凍りつく。


「わたし、知らな、い……」


 けっこう残酷な返答だった。


『もしかして……私のこと、忘れたのかなぁ?』


 おかしな体勢で、体をグニャリと曲げて、灰青の瞳を覗きこむ。


「……」

『……』


 しばしの沈黙が流れ……


「やっぱ、り……知らな、い!」

『――っ!?』


 断言された。

 ジュラはまるで天地がひっくり返ったみたいに大仰なしぐさで、絶望に打ちひしがれたといわんばかりにうずくまる。

 が、どこか演技くさかった。


「シルル、本当に知らないの?」


 白亜が割ってはいる。

 だが、灰色の髪が宙を舞い、首をブンブンと横に振るシルル。


「ほんと、に……だれ?」


 心底分からないらしく、額に指を当てながら必死に思い出そうとして、でも難しい顔のままだ。


『だから、わ・た・し! ジュラだよ、ジュラっ!』


 同じ問答が繰り返された。


(何だろう……)


 このままでは、いつまでたっても平行線のままだ。

 そう思い、白亜が割って入る。


「ね、ねえ? 差し出がましいけど、あなたはシルルとどういう関係なの?」


 それを明かせば、シルルが思い出すかもしれない。

 あるいは勘違いだった、と言うこともありえる。

 白亜の問いかけに、ジュラの表情がぱぁっとなった。

 よく聞いてくれましたとばかりに、頬を緩ませ告白した。


『片想いの恋人だよ!』

「はっ……?」


 一瞬、聞き間違いを疑った白亜。


「え……と」


 ついでシルルとペルムの顔を見る。

 二人とも理解不能な顔をしていた。


『いや、だからね! 片想いの恋人って言ったじゃないか!』

「あ――」


 矛盾がそこにある。

 片想いと恋人は両立しない。

 こう、どう返していいのか分からなくなる発言だ。


「えっと……」


 白亜が言いかけたその時だった。


『そう……片想いの恋人なのさ!』


 黒い目を光らせて、ジュラが告げる。


「そ、そうなんだ……」


 困った笑いを浮かべる白亜とペルム。

 当のシルルはといえば、頭から釣鐘にでも突っ込んでいったみたいな顔になっている。


「ま、まあ、話していくうちに、シルルも思い出すかもしれないからさ……」


 そして言った。


「とりあえずだよ。まずは服を着てほしいんだよね」

『服、とな?』


 あからさまに嫌な顔となるジュラ。


「うん、だから服を――」


 少しだけうつむきながら、白亜が促す。

 動くたびに大きく揺れたりはねたりする双丘ばかりか、前すら隠していないのだ。


『私の話を聞いていたのか? 服とは人間が真理を知るために邪魔となる――』

「じゃあ、せめて前だけでも隠して!」


 何が悲しくて、露出狂を相手にしなければいけないのだろう。

 キッと白亜が押し切ろうとする。


『はぁ……』


 ジュラの口からため息が漏れ、投げやりな調子でこぼす。


『分かった、分かった……』


 裸でいることをあきらめたのか、ジュラが辺りを見回す。


『ん~……まあ、これでいいか』

「えっ?」


 と近くにあったコップを手に取った。

 続いてそれに文字を描いていく。


「――」


 一瞬、ほんの瞬きをするだけの時間で、コップが置換する。

 水着に似た形となった。


『これでいいのか……』


 ほぼビキニみたいな形の衣装を着ることを妥協して、ジュラがため息をつく。

 ひとまずは目のやり場に困ることはなさそうだ。


「似合ってるじゃない」


 と褒めておく白亜。


「それ、よりも……」


 と、シルルやペルムばかりか、ジュラまでもが待ちきれない顔をしている。

 どういう経路で手に入ったのかは不明だが、コメが手に入った。

 空き家を見れば、器具だってそろっている。

 ならばやることはひとつしかない。

 白亜が腕を鳴らす。


「作る、か!」

 

 

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