第15話脱出
「街を出る?」
白亜が問いただす。
「もち、ろん!」
意志の強さを感じさせる声でシルルが答えた。
「街、もどる……ドレイ、される!」
「奴隷っ!? でもそんなことを――」
戸惑う白亜。
まだ心のどこかに引っかかりがあったのだろう。
が、今度はペルムが声を上げた。
「き……いて……」
ゆるふわっとした淡い金髪が揺れる。
か細い両手をギュッとに握りしめて、声を震わせていた。
潤んだコバルトブルーの瞳が今まで口にできなかった何かを伝えようとしている。
「シ……ルル、が、言って、るこ、と、本当、だよ……」
まだ慣れないのだろう、喋るのがひどくつらそうだった。
「わ……たし、トリ、ア……ス、怖……い」
「えっ!?」
ペルムは青ざめていた。
白亜が混乱する。
(トリアスが怖い? シルルだけじゃなくって、ペルムまで?)
白亜目線で言えば、トリアスは人の良さそうな好々爺だ。
が、シルルに言わせれば人買いであり、『ペルムの記憶』に拠れば奴隷商人の元締めのようだった。
そしてペルムが、トリアスの名を口にして怖がっている。
「……」
白亜は目を瞑り、混乱を鎮めようと思案していく。
これまでの突きつけられた話を総合すれば、トリアスは奴隷商人であり、ペルムたちを襲い、そして奴隷にした。
さらに今、自分たちを狙っている、と。
「で、でも……」
白亜が抗うように問いかけた。
おそらく、信じたくなかったのだろう。
まだどこかに引っ掛かっていたものを言語化していく。
「もしシルルが言うように、トリアスが人買いだったとして、それならどうして、地下の街で倒れてたの?」
その時、トリアスは傷を負っていたはずだ。
わざわざ自分を傷つけてまで演技をするだろうか?
したなら一体何のために?
(トリアスは、私のことなんて知らなかったはずじゃ――)
「わ、たし……から、説明、する……」
ペルムの声がそんな白亜の思考をかき乱す。
シルル以上に聞き取りづらい口調で述べていく。
「トリ……アスは、人間、を……狙って、る」
「っ!?」
「この、世界……人間、が少な……い。だから、希少、価値、があるの」
かすれる声ながら、その口調には鬼気迫るものがあった。
ペルムが何を言っているのかを、白亜の心がそれを受け付けようとしない。
だが、彼女は搾り出すように続けて述べていく。
「特に、黒い瞳、と、黒い髪……もの、すごく! だから……」
「そ、そんなこと――」
「はくあ、いっしょ、にげる!」
と、今度はシルルが急き立てた。
「この街をでてから……どうするの?」
白亜が問う。
地表は砂漠、生きていくには苛酷な環境だ。
「わから……ない」
シルルがうつむき、視線を落とす。
世界は砂に覆われている。
人間もほぼ死に絶えた。
ペルムを含め三人で、一体どうやって生きていくというのだろう。
「でも、ここいる、トリアス、つかま、る! ドレイ……なる」
灰青の目がペルムへと語りかける。
「……」
先ほどまでの、根元から切り取られた舌が、白亜の脳裏をよぎる。
ペルムの舌を切り取ったのがトリアスなら、自分やシルルにだって同じことをしないとは言い切れない。
「分かった……」
安堵の息を漏らすシルル、それにペルム。
「わたし、出口、知って、る!」
シルルに促されるままに、白亜はうなずいた。
「このみち、まっす、ぐ!」
足音を忍ばせながらシルルが先導する。
頭上から光球が照らすのは、下水道のような狭い路だった。
全て石造りの通路で、今はもう使われていないのか、足元は乾ききっている。
「ねえ……」
沈んだ声で白亜が言った。
「トリアスは人買い、なんだよね?」
まだ何か釈然としない思いがあったのだろう。
その問いにコクリと首肯するペルム。
「何でそんなことするんだろう……」
灰青とコバルトブルーの目が白亜へと注がれた。
「はくあ、どういう、意味?」
シルルが発言の真意を測りかねたのか、問いかける。
「この世界に栄えていたって文明が滅んで、人間も絶滅寸前なんだよね?」
「そう、だよ?」
「だったら、どうして?」
同族を奴隷にする、その意味が分からなかったのだ。
言うなら子供を換金するような。
貧すれば鈍するで、今日の食事も事欠くというなら、まだ理解できなくもない。
しかしペルムの記憶では、人買いたちを率いる側だった。
生活にゆとりがある、にも拘らず奴隷商をするその心理が、白亜には想像ができなかった。
「……ない」
ペルムが呟く。
「わたし、も……わから、ない」
ゆるふわっとした金髪を揺らして、細い首を横に振る。
「だけ、ど……わたし……」
地面にうずくまり、肩を抱いて小刻みに震えていた。
「ペルム?」
嫌なことを思い出したのだろう。
突然記憶が鮮明に目の前に広がり、日常を侵食するのはかなりの重症といえた。
ついでポツリとペルムがもらす。
「み……んな」
「っ!?」
トリアスたちに襲われた時に、行動をともにしていた人たちだろうことは想像に難くない。
「シルル……」
こわばった表情を浮かべ、白亜が言った。
「ペルムが奴隷にされてたってことは、一緒にいた人たちも同じように奴隷にされてるってことだよね?」
「……きっと」
「じゃあ――」
提案を口にする。
「もし、無事にここを出ることができたら、それで安全な場所を確保できたら――」
「できた、ら?」
「捕まった人たちを助け出して、一緒に暮らさない?」
キョトンとした目をしてシルルが一瞬だが言葉を詰まらせた。
が、すぐに笑みを浮かべ、声を弾ませる。
「もちろ、ん! ペルム、は?」
問いかけられ、しばらく固まったペルムは、すぐに表情を崩し大粒の涙をこぼしていく。
「あ、りが……と……」
ボロボロと、声をしゃくらせながら。
「だから、ここ、ぬけだ、す!」
シルルがそう促した。
「あと、もう、ちょっ……と!」
「う、うん!」
ゆっくりと立ち上がり、再びペルムが歩き出す。
仲間を助けるという目標が、今まで生きる気力を失っていただろうペルムに火をつけたのだろう。
力強く、生きる気力にあふれた足取りで。
誰かを救うためには、まず自分が安全を確保する必要がある。
だから必死だったのかもしれない。
そして――
「はくあ、ペルム!」
シルルが通路の向こうから差し込む、わずかな光りを指差した。
それは自由への
「あ……れ!」
「出口っ!?」
表情が緩んでいく。
「行こう!」
そして三人は狭い路を駆けて行く。
この路を抜ければ、そこには自由と約束された未来がある、そんな期待を抱いて。
駆けていき――
「っ!?」
急な明るさに視界が真っ白になった。
非常に眩しく、しばらく目を開けられなかったほどだ。
が、明順応はすぐに起こる。
「――」
白亜たちの視野に飛び込んできたのは、あたり一面を覆いつくす青い砂だった。
既視感にあふれる風景に、白亜は思わず首をかしげる。
「これって――」
街を出たのではなかったのか、と怪訝な面持ちでシルルへと目をやろうとした、その時。
「おかえり、嬢ちゃんたち……」
渋い声が三人の後ろから聞こえた。
「――っ!?」
ビクッと身をこわばらせるペルム、それにシルル。
ゆっくりと振り向く白亜の目に、声の主の姿を――琥珀色の目とモノクルを光らせる初老の男の姿が映し出される。
「え……?」
驚きのあまり声を出せなかった。
なぜなら、トリアスが、まるで待ち構えていたようにそこにいたからだ。
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