第9話地下の街へ

 カツン、と靴音が響く。

 足元には地下へと至る石の階段が続いていた。

 その中は外の焼けつく熱気とは別世界の、少し涼しげな空間が広がっている。

 それに真っ暗だった。

 頭上で光るミニ太陽が、奥へと続く細長く狭い路を照らした。


「何か、古代遺跡の発掘みたいだね」


 ピラミッドの盗掘者とか、ロゼッタストーンを発見した人物に自分を重ね合わせていく白亜。


「こだい、せき?」


 灰青の目が不思議そうに白亜を映す。


「あ、ああ……すっごく昔にあった文明の跡だよ」


 と言ってから、白亜は後悔した。


「って、ご、ごめんね。変なこと言っちゃって!」


 シルルの顔を見て。

 不用意に「跡」などと口にするべきではなかった、と悔やむ。


「わたし……」

「う、うん」


 少し重い空気がのしかかってくるようだ。


「せまい、おちつ、く」

「はい?」


 首をひねりながら、白亜は全くの謎に満ちた少女をまじまじと見た。

 シルルが何を考えているのか分らなくなる瞬間がある、と。


(広いところが苦手なのかな? いやでも、モグラじゃあるまいし?)


 むしろ白亜は狭いところが苦手だ。

 心理的な圧迫感がある。

 通気口みたいな狭っ苦しい通路を見て、息を詰まらせた。


「ね、ねえ、本当にこっちでいいの?」


 できれば通りたくないなぁ、と顔をしかめる白亜だったが、シルルはコクンと頷き歩を進めていった。

 通路は全て石造りと言って過言ではない。


「こっち!」


 とシルルが楽しそうにはしゃぎながら先導していく。

 しばらく歩いていった後、通路の狭さから開放される感触を覚えた。

 そして、光球があたりを照らした時、白亜は息を呑む。


(砂に埋もれた街の地下に、こんな空間があったんだ……)


 なぜなら、街が広がっていたからだ。

 薄っすらとだが、辺りが淡い光を放っている。


(地下街? いや、むしろ街を埋めてから、その上に新しく街を建てた?)


 瞬きする白亜の耳に声がエコーした。


「ここ、あそび、ば!」

「……」


 静か過ぎるからか声がよく響く。

 シルルの無邪気な告白に、白亜は何とも言えない感覚に陥った。


(遺跡じみた場所が、遊び場って……)


 ふと、予算を打ち切られそうだとこぼした考古学者が、現地のスタッフに「ならここ掘れ」と告げられた話が脳裏をよぎる。

 実際そこを掘り返すと、あら不思議、遺跡が見つかったのだとか。


(それにしたって……)


 街を見渡せば、かなり古めかしいのに、現役で使えそうなものが置かれている。

 というよりも……


(シェルター?)


 人類が核戦争後の世界でコールドスリープしつつ、救いの手を待ち続けるという漫画を思い出す。


(いやいや、そんなまさか……)


 だがそうとしか思えないほど、日用品や生活物資が揃っていた。

 山と積まれたそれらの品々を前に、白亜は嘆息を漏らす。


(ついさっき時間が止まったみたいな……)


 それとも古代人がいう、復活の備えか何かか?

 エリクシールがあって、冬眠する人間がいるくらいなのだから、あっても不思議ではない。


(ま、まあ、今は考えるのはよそう。それより今は――)


 水だ、と――


「シルル?」


 と、ちんまりした手が指差していた。


「はく、あ。あれ……」


 指が示す方向を見て、白亜は息を呑む。

 なぜなら……


「これ……水道、だよね?」


 上水道が設置されていたからだ。

 しかも現役で機能して、蛇口まであるというおまけつき。


「夢、じゃなくて……?」


 シルルに化かされているのか、とそんな気になる白亜。

 だが蛇口をひねれば、水の跳ねる音がリズミカルに流れる。


「……」


 溜まっていく水面を無言で見つめると、古代ローマの水道橋が脳裏をよぎった。


(いやいや!)


 が、あれは中世初期の民族大移動のあおりを受けて使われなくなったし、第一ここは砂漠だ。


(カナートでもないし……)


 難しい顔をしていたのだろう。


「はくあ、えが、お!」


 にっこりと微笑むシルルが笑うように白亜を促した。


「もしかしてシルル……」


 と問いかけようとした白亜だが、無邪気な声をあげてシルルが駆け出していく。


「ここ、たのし、い! こっち!」

「ちょっ、シルルっ!?」


 白亜からすれば初めての場所で、路を知らないのだ。


「待って?」


 とその瞬間、シルルが盛大に地面にダイブした。

 それはもう、見事に。


「だ、大丈夫……?」


 白亜がおそるおそる声をかける。


「……」


 釈然としない面持ちで足元をにらむシルル。


「はく、あ――」


 そして名前を呼ぶ。

 何かを訴えかけるように。


「どうしたの?」


 意味が分らず、シルルにつられて地面を見た、その時だった。


「って――」


 何これ、と言おうとして言葉が続かない。


「骨?」


 何の変哲もない骨が転がっていた。

 理科室や保健室に飾られてるような作り物ではなく、それにまだ新しく、それに焦げていたことに驚く。


「骨が……でもどうして?」


 声を震わせながらジッとそれを見る。


(この街の人のもの?)


 だが人間のものにしては形が歪だ。

 もっと、こう――


(動物がここに紛れ込んで、そのまま……?)


 ならなぜ、ひとつしかないのか?


(でもここで息絶えたのなら、全体が残るはず……あるいは他の動物に?)


 が、それもないだろう。

 動物に食べられたのなら、もっと乱雑に散らばっているし、骨だって齧られているはずだ、と。


(もしかして、ここに誰かが住んでいる、とか?)


 確かに砂漠に埋もれかけている地上に住むよりは、はるかに居心地がいい。

 それに日々の生活に困らない程度の生活物資は、周辺を探せば労なく手に入れることができる。

 水道だって、使用可能だ。


「はくあ!」


 と考えを掻き乱し、弾む声が耳へ飛び込んできた。

 興奮気味に息を切らせ、パーカーの袖を引っ張るシルル。


「どうしたの? そんなにはしゃいじゃって……?」


 と、袖をつかまれ引きずられていく。

 が――


「えっ!?」


 再び驚きの声。

 まだ新しい焚き火跡、そのすぐ傍には――


「何で――」


 気づいた時には咄嗟に体が動いていた。

 なぜなら、


「た、大変っ!?」


 人が、倒れていたからだ。

 一人は片眼鏡モノクルをかけている、白髪で痩身の初老の男性で、もう一人は首輪をはめた淡い金髪の少女だった。

 首輪には奇怪な文様が刻まれている。

 それはともかく。

 口元に手を近づければ、軽く息に触れた。

 生きている証拠だ。


「よかった……」


 擦り傷はあるものの命に別状はない、と安堵の息を漏らす白亜。


「う……」


 同時に呻く声がして、ゆっくりと初老の男性のまぶたが開く。

 琥珀こはく色の瞳がこちらを覗いた。


「だ、大丈夫ですか?」

「ワシは……」


 白亜の問いに、初老の男性が口元のヒゲを動かし、何かを口にする。


「ペルム、ペルムは――」


 どうやら言葉が通じるらしい。


「ペルム? ああ、そっちの子ですか? それなら――」


 そう告げるより早く、もうひとつ目を覚ます声が起こる。

 エメラルドグリーンの瞳が、寝ぼけ眼で辺りを見回していた。


「無事、なのか……?」


 直ちに安否の確認をしたいのだろう。


「かすり傷だけど生きてます。それより何があったんですか?」


 問いかける白亜に、老人は言った。

 追われていたのだ、と。


「追われていたんですか?」


 白亜が問い返す。

 トリアスと名乗った初老の男性がうなずいた。


「そうじゃ。ワシらは、あいつらに……」


 肩を落としながら、トリアスが呟く。

 実に悔しそうな表情を浮かべていた。


「パンサラッサに追われているんじゃ」

「パン……?」


 聞きなれない名前に、白亜が目をぱちくりさせる。


「人買い、と言えば分るかな?」


 人買い――つまり人身売買を生業なりわいとする奴隷商人のことだ。


「そこのペルムなんじゃ……」


 トリアスに促され、ぼんやりと天井を眺める少女を一瞥する。

 隣に座るシルル同様に整った顔立ち、華奢な体つき、エキゾチックな雰囲気をまとっている。

 その容貌は確かに魅力的だ、と白亜が吐息した。


(シルルといい、彼女といい、何でこう美少女ばっかり集まってくるんだろう……?)


 そんな考えがよぎった瞬間だった。


「彼女は、今ではもう希少となった人族の、それも純血なんじゃ」

「はいっ?」


 白亜はこの発言を聞き逃さなかった。

 人族、つまり人間が希少となった?

 しかも純血はもっと少ないとも解釈できる。


「あの、意味が……?」

「つまりじゃ、今この世界は人族は絶滅寸前。ゆえに人買いたちからはこのペルムに高値がつけられていて――」

「「っ!?」」


 絶滅寸前の言葉に、白亜だけでなく、シルルまでもが目を剥いた。

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