第5話世界は終わっていた?


「パンゲア? セカイの中心?」


 白亜がおでこに指を当てて、考え込む。

 その様は考える人のブロンズみたいだった。


(言っている意味が……パンゲア、世界の中心、迷い人、これらを要約すると……)


 ある言葉が浮かんでくる。


(まさか――)


 そう、俗に言う異世界……シルルの言葉をまとめ、白亜は吐息した。


「シルルの話からすると、ここは私からしたら異世界で、何らかの理由でこの世界、パンゲアにトリップでもした、ってことかな?」


 しばし理解が遅れたが、シルルはコクンとうなずく。


(ウソ、じゃない?)


 半信半疑でシルルの顔を覗く白亜が、無言で脳細胞をフル活動させる。


(信じられない……でも、ここが異世界だとして、私にウソをつく理由がある?)


 勘違いとか誤解ではないだろうか?

 しかしそれは、彼女の言葉を信じるなら、導き出せない答えだ。


(シルルが沈んでいた浴槽に張ってた液体は、触れた瞬間に私を引きずり込もうとした)


 あたかも意思があるかのように。

 そんなことがありえるだろうか?


(水に意思がある? どこのスピ系電波だよ!)


 が、ここが異世界なら?

 それにシルルに言わせれば、彼女が浸かっていたのは水ではなくエリクシールという話だ。

 液体の中に沈んでいたにも拘らず、シルルは息をして、自分と言葉を交えてる。

 この事実は大きい。


「……分かった。今はそういうことにしておく」


 そう返す白亜に、シルルが不服そうに口を尖らせた。


「はくあ、うたがって、る?」

「うっ!?」


 思わず引きつった顔となる白亜。


「パンゲア、はセカイの中心、なんだ、よ。ばんぶつ、が集う、地」


 何のスイッチが入ったのか、シルルが舌足らずながら言葉を連ねていく。


「たくさんのセカイから、人くる。もっとも、進んだブンメイ、がある、メイシュのセカイ。それ、がパンゲア」


 何だかムキになっているようだ。

 しかし人間はどこに何の起爆スイッチがあるのか、その時になってみるまで分らないものだ。

 ひょっとして、シルルのそれを押してしまったのかもしれない。

 そう思い直して、白亜は宥めすかそうとする。


「わ、分かった、分かったから! 疑った私が悪かったから!」


 なだめすかし、どうにかシルルを落ち着かせようと白亜は試みる。


「しょうこ、見せる!」


 が、止まらない。

 息を弾ませ、シルルが言った。


「さっきはくあ、でぐちない、言ってた。でも、ここでる、できる」

「え?」


 思わず声を上げたのを、表情が少しだけ緩んだのを、シルルは見逃さなかった。


「でも、その前……」


 灰青の瞳が光る。

 部屋に散らかる置物ガラクタを一瞥し、壁にはめ込まれた碁盤目状の盤に向かって歩き出した。


「シルル?」

「みて」


 ぷにっとした手が、壁に張り付く奇妙な形をした石をつかむ。


「……?」


 パチパチ音を鳴らし、石は盤へと置かれていく。

 手の動きから、どうやら石を組み合わせるらしい。


(なんか、板書してるみたい……)


 そんなことを妄想する白亜。

 と――


「えっ、な――?」


 白亜の視界がぐにゃりとゆがんだ。

 もとい、ゆがんだのは視界ではなく、部屋を覆う壁が波打っていた。


(壁が、石が勝手にっ!?)


 材質からみて、壁は石材、継ぎ目がないことを考慮してもコンクリの類だろう。

 いずれにせよ、固形状態では、それらは勝手に形を変えることはない。

 何が起こったのか、白亜の顔が驚きにあふれ、それを見たシルルは満足そうにうなずいた。


(夢でも見てる? いや、夢じゃなかったハズ……ならこれは――)


 現実だというしかない。

 つまりシルルの言葉は事実である可能性が高いということになる。

 すなわち、ここがパンゲアなる世界で、白亜は別の世界へとトリップしたのだと。

 そんな間にも、壁は波打つようにして空間を広げていく。


「どう……?」


 不敵に微笑むシルルが、どうだと言わんばかりに問いかける。


「驚いた。一体何をしたの?」


 素直に白旗を揚げる。

 幻ではないだろう。

 拡がった壁の向こうには、雑然とした置物とは別に、三部屋が現れていた。

 狐につままれたように、ぽかんと口を半開きにして、白亜は立ち尽くす。

 いくら物理が苦手だとしても、これだけは判る、と。

 物理的には凡そありえないことが起きたのだ、と。


「かべ、ひろげ、た」

「そ、そうだけど」


 間違ってないが、でも質問の意図は違う。

 なぜ壁が広がったのかを訊いたのだ。


「これ、パンゲアぶんめい、の力」


 たどたどしく、舌足らずな言葉で、しかし得意げにシルルが胸を張る。

 水にぬれたチューブトップがぴったりと張りつき、彼女の体の線があらわとなった。

 が……つるぺた寸胴の幼児体型。

 自信満々な態度とは、あまりにもギャップがありすぎた。


「~~~っ!?」


 必死に、悟られないように、笑いをかみ殺す白亜。


「?」


 だが、本音を隠すことが苦手だったのだろう、シルルがそれに気づき眉を寄せる。


「……」


 無言のまま、ジト目を向ける。


(あっ、気づかれた? し、失礼、だったよね? それが証拠に、あんなにも不機嫌そうな顔してるし――)


 灰青の瞳が突き刺してくる。

 小さな、形のよい口が開いた。


「はくあ、わらって、る?」

「あ、そ、その……ご、ごめん……」

「……」

 機嫌を損ねてしまったか。

 確かにあまり誉められた態度とは言えない。

 ムッとした口調にたじろぐ。

 が……


「まだ、パンゲアすごさ、わかってな、い……」

「え?」


 一瞬首をかしげる白亜。


「おもう、すべてのこと、かなえる力、ある!」

「……」

「すべて、おもいのまま、それ、がパンゲア」


 どうやら、お国自慢をしたかったのだろう。

 シルルが興奮気味に言葉数を増やしていく。


「……つまり、思ったことが全部実現できるってこと? どんなことでも?」

「そう、ただしい」


 何かの勧誘をされているかのようだ。


「でも――」


 世の中そんな上手い話はない、そう白亜は教わってきた。

 何もかも思い通りにいかない。

 だからこそ全てを意のままにしようと、人間は絶えず挑んでいった。

 怪物を倒し、森を切り開き、街を作り、あるいは寒暑や飢餓を克服し、快楽をほしいままにしようと。

 それが文明を創り、あるいは自滅してきた。

 無から有は作り出せないし、自然法則を覆すことは、何者にも不可能なのだ。


「できる!」


 シルルはそう言って譲らない。


「そとでる、もっと、すごい、ある! はくあ、おどろ、く」


 なぜそこまで意地を張るのか、白亜には理解しがたいものがあった。

 灰青の目がキッと壁をにらむ。

 先ほどの盤上に貼りつけた不思議な形をした石のいくつかを貼り代える。

 すると――


「えっ!?」


 またしても壁が波打ち、地上へと至る階段へと形を変える。

 ほんの数秒で。

 外の光が室内へと差し込んできた。


(……)


 目をこすってみたが、やはり見間違いではなかった。


「そと、でる。パンゲアすご、い、わか、る!」


 興奮するシルルに急き立てられるように、白亜は階段を登っていく。


「ちょ、ちょっと? そんなに――」

「パンゲア、すごい、わかる!」


 背中を押されていき、地上に吹きすさぶ風が肌をさす。

 髪が舞い上がった。


「えっと……」


 空は薄暗く、日が沈みかけていた。

 青い砂がつむじ風に宙を舞う。

 見渡せば青と灰色の世界。

 曇天の空模様のような景色が広がっていた。


「あ――えっ!?」


 と声を上げたのは白亜ではない。

 驚天動地といった、世界が終わったみたいな表情を浮かべるシルルが、呆然と立ち尽くしていた。


「なに……コレ……?」


 呆けている。

 灰青の目がぼんやりとして、焦点も合っていない。


「シ、シルルっ!?」


 足元がふらつき、倒れそうになったシルルを、白亜は間一髪で抱きとめたのだった。



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