第12話再び地下街へ
「……」
翌朝。
鉄板の上で
意識しなければ気づかないほど微かな息遣い。
黒い
(信じられないな……)
あるいは信じたくなかったのかもしれない。
何を?
言うまでもない、昨夜シルルが自分に告げた話、そして見せられた映像を。
(トリアスが裏で糸を引きあのブタ人間たちを使い、ペルムたちを襲って奴隷にした……?)
未だ鮮明に残る昨夜の記憶が、白亜の心に突き刺さった。
トリアスは見た目も、口調も、雰囲気だって、
とても奴隷商とは思えないと、唇を結ぶ白亜が難しい顔をする。
(分らない、分らないよ……)
なぜシルルが自分にこんなことを告げたのか?
彼女が見せたあの映像は本当にあった出来事なのか?
本当だとして、なら自分はどうすべきか?
(シルルのことを疑いたくなんてないのに……)
だが、もしもウソだとしたら?
葛藤が渦巻いていく。
「……」
胸のつかえががどうやっても取れなかった。
「はくあ」
と油の撥ねる音に混じり、たどたどしげな声が耳に飛び込む。
「……シルル?」
いつも通りの、無邪気そうな笑顔。
灰青の瞳が問いかけるように白亜を覗き込む。
(私……)
「こげて、る」
「え――」
一瞬、何を言われたのか理解が及ばなかった。
(こげてる?)
そういえば、
「焦げてるっ!?」
と、白亜は現実に戻される。
見れば鉄板の上で黒い煙を立ち上らせる消し炭が完成していた。
「ううう……」
考え事をしていたとはいえ、実にみっともないヘマに、白亜が自己嫌悪でうな垂れる。
漫画じみたドジっ子ではないか。
「ま、まあ、そゆとき、もある、よ」
と、シルルが慰めようとしたその時だった。
「いやあ、よい天気じゃのう」
ほんわかと笑顔を浮かべるトリアスと、その後ろには目を伏せるペルムがいた。
雰囲気はまさに、老人と孫娘のようではある。
とても奴隷商などといった人種には想像もつかない無害そうな顔を浮かべている。
「さばく、いつも、はれて、る」
と無邪気な笑顔を振りまくシルル。
「そうじゃったなぁ……」
楽しげに声を弾ませるシルルとトリアス。
対面し笑みを浮かべながら、でも何か見えない駆け引きを繰り広げているかのような緊張感がそこにはあった。
単純な白亜でも、それは薄らと読み取れる。
(何だろう、この状況……)
「このちかく、すむ、言ってた」
「そう、じゃな。ペルムに友達ができたんじゃ。それがいいとワシは思う」
琥珀色の目が楽しそうに返した。
「だったら、わたし、いろいろ、あんない、した、い」
キラキラと目に星を浮かべて、シルルが言い出した。
「ほう、それは願ったり叶ったりじゃな」
ヒゲを撫でつけ、トリアスが喉を鳴らす。
「できればこれからもペルムと仲良くしてやってほしい」
「もちろ、ん。だけど、きょう、いくの……」
「ん? どうしたんじゃ?」
「トリアス、ダメ。女の子だけ、ヒミツの、園」
「――ふわっはっはぁ~!!!」
シルルの言葉に、ほんの一
「そうじゃのう。こりゃあ、一本取られたわい!」
朗らかな笑みを浮かべ、実に楽しそうに声を弾ませる。
「大丈夫、淑女の秘密の会合に土足で上がりこむほど
実際楽しいのだろう。
無邪気な少年のようにトリアスは笑う。
そしてゆっくりと立ち上がり、丸まった背中を伸ばしながらトントンと叩き言った。
「なら、ワシは老体に鞭打って、新しい家でも探すとしようかの」
「それじゃあ、ゆっくりと楽しんでおいで」
朝食を終えた後、トリアスはそう告げてから、覚束ない足取りで散策へ出かけていった。
次第に姿が見えなくなっていくのを確認した直後、
「っ!?」
「こっち……」
ちんまりした手が袖をギュッと掴み、白亜とペルムを引きずっていく。
「ちょっとシルル? どこへ――」
問い質そうとするも、ズルズルと砂地を引きずられていく白亜とペルム。
そして着いたのは、昨日の地下街への入り口だった。
「え、ここ昨日の……案内をするんじゃないの?」
「いく!」
地下街で何をしようというのだろうか?
訝る白亜と何が起こるのかといった顔をするペルムを、シルルが先導していく。
白亜とペルムがその後に続き、地下に広がる街の中を駆けていった。
全体的に暗く、頭上から照らす光球だけが頼りの空間。
であるにも拘らず、シルルの足は速くズカズカと先を急いでいくのだ。
「シルル? ねえ、どこへ行くの?」
真意をいまだ読み取れない白亜が問いただす。
彼女の背後には、不安そうにうつむくコバルトブルーの瞳があった。
せめて一言伝えてほしい――そんな目をする白亜の質問に答えることなく、
「いい、とこ、ろ」
とだけ口にして、シルルは二人を引きずっていく。
かなり強い力だった。
自分よりも体格が勝る二人の少女を、一方的に引きずっていくほどに
小さい手のどこにこんな力があるのだろう。
「ねえ、シルルったらっ!」
少し強めの口調で呼びかけたその直後。
「!?」
ぴたりとシルルの足が止まり、掴んでいた手が緩む。
「シルル?」
後先考えずにドンドン歩いていったのだ。
もしかしたら、迷子になってしまったのかもしれない。
(この歳で迷子って……)
遭難と言い換えれば、まだ様になるが、迷子はない。
見ればシルルが何かを凝視したまま立ち尽くしていた。
「ねえ、どうしたの? 急に止まったりして――」
と、その声に反応したのか、袖を掴む手が緩む。
次いでゆっくりと放された手が指差した。
「見て」
促され視線が吸い寄せられたその先に、二人が目を凝らす。
光球が照らし、輪郭があらわとなっていく。
「……壁が、どうかしたの?」
何の変哲もない壁が進路をふさいでいる。
行き止まりのはずだ。
白亜が首をかしげる。
「ねえ? まだお昼には早すぎるよ?」
なにせさっき食べたばかり、間食だとしても早すぎるだろう。
「……」
だが、返事がない。
「――っ!?」
とその瞬間、白亜は背中を押され、大きくよろめきながら、壁へと叩きつけられ――
「えっ!?」
なかった。
叩きつけられそうになった瞬間、白亜の体が壁をすり抜けていったからだ。
「な――!!?」
明らかに固形物であろう物体の中をすり抜ける?
忍者屋敷か?
いや、そもそも物理的にありえない。
「きゃっ!」
約一メートルほど壁の中を通り抜けると、白亜が地面に伏した。
「もう、脅かさないでよ――」
そう言いかけて……
「――っ!?」
目の前に広がる既視感のあふれる光景に、白亜が言葉を失った。
あたりは、シルルの眠っていた部屋によく似た空間に取り囲まれている。
室内を飾り立てる調度品も、床や壁や天井も。
違うと言えば、雑然とした置物の山がないことくらいだろうか。
(何、ここは……?)
どうやらシルルの部屋ではない。
「ここ……」
遅れて当のシルル本人の声と足音が背後から聞こえてきた。
振り向けば、シルルとペルムが立っている。
「ここ、で……ペルム、治す!」
灰青の瞳が光り、シルルがそう宣言した。
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