第7話「わたし、とパンゲア、さがし、て?」
「……」
時々起こる風で、砂が当たる音を奏でながら、無言でたたずむ甲冑は返り血にまみれていた。
振り下ろされた手には血まみれのハルバードがあり、兜の下の光と異常なまでの静けさがより不気味な印象をもたらしている。
(……?)
ブタ人間たちは白亜とシルルに襲いかかった。
その直後、事切れた。
であるなら、今目の前にいる斧槍を手にした甲冑は、二人を助けたのか?
まだ混乱する頭で、白亜が甲冑を凝視する。
庇うように肩を抱きながら身を縮ませ、うずくまった。
甲冑は結果的には二人を助けたが、その真意はいまだ不明で、危害を加えない保障もない。
事が事だけに心がすっかりと怯えきっていた。
(殺さないで……)
ゆっくりと後ろへと這いずっていき、呆然としていたシルルを抱き寄せた。
ギュッと目を瞑って、しがみつくように。
(お願い――)
だが、数秒を経て異変に気づく。
(……何も、してこない?)
甲冑は微動だにしなかった。
金属をこする音はおろか、呼吸さえ聞こえてこない。
まるでネジが切れたように、節々が曲がったり伸ばされたりすることすら見て取れない。
普通はどんなに息を潜めていても、微動はするものだ。
が、甲冑にはそれすらも感じ取れなかった。
(……ていうか、動けない?)
動揺気味に甲冑を凝視し、自分たちに危害を加える気配がないことをようやく確かめ吐息する。
次いでシルルの柔らかい感触と体温が伝わってきた。
ほんの少しだけ安心感を取り戻したからか、白亜の頬に涙の筋が引かれる。
遅れて体が震えだした。
「ううう……」
危害を加えられないと分かって、緊張の糸が切れたために、抑えていたものがこみ上げてきたのだろう。
呆然とたたずむシルルへと、抱きつく手に力が入る。
「うあああああああ~~~っ!!!」
ボロボロとこぼれる涙を、しゃくりあげる声を、白亜は抑えられなかった。
「……て」
苦しそうな声。
「……がい……て」
うなされている。
無理もない。
あれだけのことが――
「はな……し、て!」
「ごふっ!?」
年頃の娘にあるまじき叫び声が響く。
何が起きたのか、と目を開ければ、今度は間の抜けた声がでてしまった。
「……あ?」
目の前が白く輝いて、燦々と太陽が照りつけていた。
肌を焦がすほどに熱く、それに痛い。
灰色の街並みや、青い砂は相変わらずではあったが、日の光に当てられた建物や砂が乱反射している。
あの後泣きじゃくったまま寝てしまったのだろう。
すっかり朝……もしかしたら昼になっていた。
「……」
妙な光景が広がっていたことに、白亜は思わず息を呑む。
灰色や青といった寒々とした風景のくせに、日差しが肌を焦がし足元の砂はすでにに熱を帯びていた。
火傷しそうなほどの熱がこちらに伝わってくるのが分る。
と、弱々しい声が耳へと流れてきた。
苦しそうに息を絞り出す少女の声。
「はくあ……いた、い!」
「痛、い――って、ああっ!?」
ガッチリとホールドされたシルルが、今にも死にそうな顔をしながら、白亜の腕の中でもがいていたからだ。
「ご、ごめんっ!?」
慌ててシルルの拘束を解く白亜。
「こ、ろされる、かと思……った」
ぜーぜー息を切らせながら、青ざめるシルル。
服が濡れているのは、エリクシール……ではないだろう。
汗まみれのまま、床の上で四つん這いになって呟く。
「うう……だって、だって! すっごい怖かったんだもん……」
申し訳なさそうな顔で、指を弄びながら白亜は弁明した。
外へ出たとたん、ブタ人間たちに襲われ、殴られたりすれば、普通は怖いはずだ。
そして誰かに触れれば恐怖心はいくらか和らぐ。
だからこれは不可抗力なのだ、とシルルへと視線を投げかける白亜。
「それ、より……」
ちんまりした指が背後を示す。
それを追っていく視界へと、見てはいけないものが飛び込んだ。
「え、あ――」
動揺し叫びそうになる白亜。
夢ではない、リアルに広がっていたのは凄惨な光景。
白目を剥いたブタの首が、巨躯と皮一枚でつながっている死体が三つ転がっていた。
血はすっかり乾き、傍には鉛色の甲冑が砂に突き刺した斧槍を手に固まっている。
見た目グロの死体を皿に穴を開けるようにまじまじと凝視する。
(やっぱり……)
誰がどう見ても、満場一致でブタの頭だ。
(オーク? なら、ここはやっぱり異世界……?)
少なくとも走竜やブタ人間などは、まず地球にはいないだろう。
シルルのいた部屋で見たことも含め、異世界かはともかく、ここは白亜の知っている世界ではない。
「あれ、はくあ、や、った?」
興味深そうにシルルが問いかける。
「え? いや、私は――」
何もしていない。
いや、何もできなかった、と言うべきか?
「これ、どこ、見つけ、た?」
「いや、だから……」
と白亜は目を見張る。
シルルが目をキラキラさせていることに気づいたのだ。
もうそこには世界が終わったかのような、絶望に満ちたシルルはいなかった。
何があったのか――首を傾ける白亜に、シルルがはしゃぎ出す。
「これ、パンゲア、のゴーレム。オーラ、はんのう、してうご、く」
「……はい?」
怪訝な顔をする白亜。
ゴーレム? オーラに反応? 何を言っているのか、と。
「これある。つまり、パンゲア、まだのこ、ってる!」
たどたどしい口調以上に、シルルの云わんとしている真意が分らない、そう白亜が眉を寄せた。
「わたし、はくあ、パンゲア、みせたい!」
キラキラと目に星を浮かべて、シルルが上目遣いに白亜へと告げる。
「わ、私に……?」
「だか、ら」
灰青の双眸が懇願する。
「わたし、とパンゲア、さがし、て?」
シルルとかつてこの世界にあったという文明を探すという相談に、白亜が言葉を詰まらせた。
「だ、め?」
幼げな顔が悲しげに問いかける。
(ここが異世界だとして、私は知らないことばっかりだし、シルルが知っている世界とも少し違う感じがする)
実際ブタ人間のようなヤツだって、ウジャウジャいることだろう。
危険ではあった。
だけど――
(シルルは、パンゲアは全ての望みが叶うと、確かそう言っていた。その言葉がウソじゃないなら……)
もしかしたら、元の世界に帰ることができるかもしれない。
微かな希望が白亜の心を少しずつだったが動かしてく。
「わたし、と……じゃ、い、や?」
ズキュン――と、白亜の心が撃ち抜かれる音がした。
そして宣言した。
してしまった。
「わ、分ったわよ。い、一緒に、その……パンゲアを探してあげる!」と。
「ほ、ほん、と……?」
シルルの表情があっという間に綻んでいく。
「って、えっ!?」
すかさず抱きつかれる白亜。
濃い灰色の髪がふわっとして、ちんまりした手足にぽっこりとしたおなかが柔らかい。
(な、何だろう――)
妙に既視感を覚える白亜。
がすぐにその正体へとたどり着く。
(ああ、そうか)
田舎で飼っていた犬を思い出し、次いでクスリと笑う。
何というか、微笑ましい光景――
ぐぅ~……。
「「……!?」」
妙な音が鳴り響いた。
互いの顔を見合わせて、ようやくそのことに気づく白亜とシルル。
そう、もう一日以上何も口にしていなかったことを。
「何か、食べよっか……?」
照れ隠しに笑いながら提案する白亜に、シルルが諸手を挙げてはしゃぎ出した。
「そうだ、ね。食べない、げんき、でな、い!」
キャッキャするシルルに白亜は手を引かれる。
「行く、たべもの、ある、しってる!」
軽快な足取りで、引きずられていく。
そんな朝の何気ないひと時。
そしてここから、白亜たちの
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