第23話 中間テスト終了と営業時間延長
授業終了のチャイムが鳴る。
後ろの席から前の席へとテスト用紙が回収されていき、これにて1学期中間テストの全科目が終了した。
教室中が弛緩した空気に包まれ始める。
「はぁぁ。
やっと終わったぜ。
優希は試験どうだった?」
席までやってきて俺の肩を叩いてきたのは天彦だ。
彼もほっとした顔をしている。
「俺は結構できたぞ。
もしかすると、過去最高の成績かもしれない」
「ちっ。
いつの間に勉強してやがったんだか。
それよりなぁ。
帰り、ファミレスでも寄って打ち上げしようぜ。
積もる話もあるしよぉ」
天彦がイヒヒと笑う。
きっと『名前呼び事件』の件だろう。
試験2日目のあのやらかしは、いま思い返しても大惨事だった。
ひと花非公認ファンクラブのヤツらが、殺気のこもった視線で睨みつけてくるものだから、なんとか誤解だと宥めるのに本当に骨を折った。
いちおう最終的に事なきを得たが、あいつらに廊下で囲まれたときは、本気で身の危険を感じたほどだ。
「な?
お前最近、付き合い悪いんだから、たまには付き合えよ」
「うーん……」
今更あの事件の話を蒸し返されて、からかわれてもたまらないし、正直あまり気乗りはしない。
とはいえ天彦が言うように、最近俺の付き合いが悪いことも事実である。
「そうだなぁ」
普段は喫茶店があるから放課後は空いていないが、今日は試験の最終日。
通常授業の日とは異なり、午前中だけで学校は終わりだ。
少し時間に余裕がある。
本来の予定ではこれから家に帰って、昼飯を自炊するはずだったんだが……。
さて、どうしたものか。
「ひと花ちゃん!
試験終わったんだし、打ち上げしようよぉ」
考えていると隣の席に山田亜美がやってきた。
熱心にひと花を誘っている。
どうやら彼女も、俺と似たような状況らしい。
なら心境も似たようなものだろう。
「んー、そうねぇ。
最近、亜美や裕子と一緒できてなかったし……。
うんっ。
そうしましょうか」
「やったぁ!
そうこなくっちゃね、ひと花ちゃん」
ひと花が俺のほうをチラリと見て、アイコンタクトを送ってきた。
彼女は山田たちと寄り道をすることに決めたようだ。
なら俺も、天彦と飯でも食べて帰ろう。
周りにはわからないくらい小さく、ひと花の目配せに頷き返す。
「わかったよ、天彦。
じゃあどこかに寄ってから帰ろうか」
結局俺はファミレスに寄ることにした。
◇
店には俺たちと同じく、試験終わりの学生がちらほらいた。
きっと彼らも打ち上げなんだろう。
店員さんの案内に従って、4人掛けのソファー席に天彦とふたりで腰を下ろす。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「俺は、日替わりランチとドリンクバー。
優希はどうする?」
「今日の日替わりは、照り焼きチキンとクリームコロッケか……。
美味そうだな。
じゃあ俺も、同じのをください」
オーダーを通してからドリンクを取りにいく。
ふたたび席に腰を落ち着けたところで、天彦がニヤついた笑顔を向けてきた。
「……なぁ。
冬月ひと花とは、どこまで進んだんだ?」
「な、なんだよ藪から棒に。
べ、別に進むもなにもないっての」
「はっはっは。
俺にまで隠す必要ねぇぞ。
つかバレバレだかんな、お前ら。
まぁクラスのやつらは、『まさか冬月みたいな超絶美女が、優希なんかと……』って先入観があって気づいてないみたいだけどな」
「……『優希なんか』で悪かったな」
「悪りぃ悪りぃ。
言葉のあやってやつじゃねえか。
それより、な?
ホントのとこはどうなんだ?
誰にも漏らしたりしないから、ほら言ってみろ」
天彦は興味津々な様子だ。
こいつは見た感じは軽くてチャラいし、実際に行動も軽率だったりすることはあるんだが、根っこの部分は友人想いのいいヤツだったりする。
たぶんいまもただの興味本位ではなく、彼なりに相談に乗ってくれようとしているのだ。
「うむ……。
うむむ……」
実は誰かに相談したいことなら、……ある。
以前ひとりで悶々と悩んでいた、ひと花の照れ隠しの件だ。
校舎裏で俺からひと花に告白したとき、彼女が吐いた悪態はただの照れ隠しだったんじゃないか。
それにその後の彼女からの告白。
あれは実は照れ隠しをやめたひと花の、本気の告白だったんじゃないか。
あり得ないとは思う。
でも一度生まれてしまったそんな妄想が、頭からずっと離れないでいた。
「……ほら。
やっぱり悩みがあるんじゃねぇか」
うんうんと唸る俺の様子から、天彦が察した。
「話してみろ。
お前なんて恋愛素人もいいところなんだし、ひとりで悩んでても進展なんかないぞ」
たしかに天彦の言う通りかもしれない。
少なくともこいつが、俺よりも恋愛経験豊富なことは間違いない。
同棲のことや喫茶店のことは、ひと花の意向を確かめずに話す訳にはいかないが、俺が抱えているこの疑念についてくらいは相談してもいい。
「……実はな。
ちょっとお前ならどう思うか、聞いてみたいことがあるんだ――」
俺は思い切って天彦に話してみることにした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
夕方から喫茶店を開けた。
ウェイトレス姿でフロアに立つひと花の横顔を、カウンターの中からぼうっと眺めながら、昼間、天彦に相談した結果を思い返す。
『やはり冬月ひと花は、春乃優希に惚れている』
俺から一通りの話を聞いたあと、天彦がだした結論はそれだった。
以前からの彼の主張と、結局なんにも変わらない。
ひと花を眺める。
何度眺めてもまったく飽きのこない美しさだ。
こんな美人が、俺なんかに惚れるなんてことがあるんだろうか。
にわかには信じられない。
やはりもう一度告白をして、確かめてみたい。
けれどももう、以前までとは俺たちを取り巻く環境が違い過ぎている。
想いを告げて、もしひと花にその気がなかったとしたら、気まずいどころではすまないのだ。
それを思うと、なかなか一歩を踏み出す勇気が湧いてこない。
◇
「……お客さん、こないね」
悶々と思い悩んでいると、ひと花が窓の向こうの景色を眺めながら、ぽつりと呟いた。
そうなのだ。
実はこのところ、俺の彼女への想い以外にも、懸念するべき事柄があった。
それは喫茶店の客足だ。
開店からこちら右下がりだった来客数に、回復の兆しが見えない。
日に日に売り上げも落ち込んできている。
「……ああ。
こないなぁ」
俺もひと花を真似て窓の外を眺めながら、呟き返した。
ここに来て、ようやく俺にもこの店になにが起きているのかがわかり始めていた。
開店直後からしばらく調子が良かったのは、実際にはすべて、常連客のおかげだった。
彼らはみんな来店するなり口を揃えて「ママは?」「巴ちゃんは?」と確認してきては、不在を知って落胆していた。
つまりこの小さな喫茶店は、今までひとえに巴さんの人柄で成り立っていた店だったのだ。
なら彼女が海外へ行ってしまい、長期不在となったことが知れれば、どうなってしまうかは想像に難くない。
実際、凄いスピードで常連離れが起きてしまっていた。
「……どうしよう。
このままじゃ、不味いよなぁ」
今日の来客だって、開店から2時間も経つのにまだ1名だけ。
早晩店は破綻することが目に見えている。
なんとかしなくてはいけない。
「ね、優希くん」
通りを眺めていたひと花が、俺を振り向いた。
目と目が合って、なんだかドキッとしてしまう。
「な、なんだ、ひと花」
「中間試験も終わったことだし、喫茶店の営業時間を延長しない?
このままじゃ、お店、だめになっちゃうよ……」
ひと花が寂しげにまつ毛を伏せた。
そうか。
俺にとってまだ馴染み切らないこの喫茶店は、けれども彼女にとっては巴さんと長い時間を過ごした、思い出の詰まった場所なのだろう。
そんな、かつては賑やかだったお店がだんだん寂れていく様に、淋しさを覚えないはずがない。
なんとかしなければ、と思った。
「……ああ。
営業時間を延ばそう。
きっとお客さんも、そのうち増えてくれるさ」
「うん……。
きっとそうね」
お互いに励まし合う。
けれども俺たちの胸のなかには、一抹の不安が渦巻いていた。
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