第36話 告白ふたたび
冬月ひと花は、才色兼備だ。
他にも容姿端麗、頭脳明晰、
同級生たちが彼女を褒めそやす言葉は、枚挙にいとまがない。
俺もみんなに同意見である。
だが本当の彼女は、その見た目にそぐわない可愛らしい内面をたくさん隠し持っている。
そのことを、もう俺だけは知っていた。
表向きは完璧なクール系美人。
でも中身は照れ屋で赤面症で、すぐにキョドるし、そうなると思ってもいない悪態をついてしまうことだってある。
そんな残念美人が、冬月ひと花という人間なのである。
そしていまから俺は、そんな俺以外は誰も知らない等身大の彼女に、勇気を振り絞って告白をしようとしていた。
◇
……ざっ。
俺の耳が砂を踏む足音を捉えた。
緊張に胸がドクンドクンと、うるさいくらいに脈打つ。
足音はゆっくりと近付いてきて、やがてひとりの女子生徒が姿を現した。
ひと花だ。
校舎の影からふわりと現れた彼女に、俺はいつものように目を奪われた。
美しい黒髪が、キラキラと光を反射する。
一緒に住むようになってからも、彼女の美貌はまったく見慣れるようなことがない。
「どうしたの、優希くん。
こんなところに呼び出して。
クラスのみんなには聞かせられない話かしら。
お店のこと?
それとも家のこと?」
思わず黙ってしまった俺に、彼女が気楽な調子で話しかけてきた。
早鐘を打つ胸を手のひらで押さえつける。
「い、いや……。
どっちでもないんだ」
「……?
じゃあこんな校舎裏で、どんな用事があるの?」
「そ、それはだな。
……。
あの日のやり直しがしたいと思って……」
ひと花はキョトンとしている。
「あの日……、やり直しって言うと………。
…………。
……え?
え⁉︎」
ようやく事態が飲み込めたらしい。
一気に顔を赤くした彼女は、挙動不審になって、あちらこちらに視線をさ迷わせ始めた。
だがいまばかりは俺の顔だって、きっとひと花のことをどうこう言えないくらい真っ赤になっていることだろう。
すぅはぁと、数回深呼吸をして覚悟を決める。
「――ちょ⁉︎
ちょっと待って。
こ、心の準備がまだ……!」
俺は焦る彼女に向けて、構わず一歩足を踏み出した。
「……フラれた分際でしつこいかもしれない。
だけどもう一度だけ、言わせてくれ」
下腹に力を入れる。
大きく息を吸って、想いを込めた言葉とともに吐き出した。
「……ひと花!
俺はお前のことが好きだ。
だから……。
だから、俺と付き合ってください!」
言った……。
ついに言ってしまった……!
心臓が破裂しそうなほど強く鼓動する。
目の前のひと花は顔どころか、全身熟れたトマトみたいに真っ赤にしている。
しばらく口をパクパクさせていた彼女は、キッと俺を睨みつけたかと思うと、乱暴に語り出した。
「ふ、ふん……!
し、しつこいってわかってるなら、言わなきゃいいんじゃないかしら!」
だがやはりどこか雰囲気がおかしい。
挙動不審に拍車がかかる。
彼女はぐるぐると瞳を回して、もういっぱいいっぱいな様子だ。
これもう本人も、多分自分がなにを話しているのか理解できていないんだろうなぁ。
「そ、そそ、それに優希くん。
あなた、鏡は見たことがあるの?
ってあら?
これは前にも言ったかしら。
と、とにかく、こ、これでも私、結構モテるんだからっ。
だからあなたには、分不相応という言葉を送りましょう」
一気に捲し立ててから、ひと花はその場でくるりと身を翻した。
そのままスタスタと歩き始め、来た道を戻っていこうとする。
「待ってくれ!」
立ち去ろうとする背中を呼び止めると、彼女はピタリと足を止めた。
「……なぁ、ひと花。
それはお前の本心なのか?
俺には、とてもそうは思えないんだ」
ひと花は背中を向けたまま、答えようとしない。
でも俺は構わず彼女に語りかける。
「いくら時間が掛かってもいいんだ。
大丈夫。
ゆっくり待ってるから、気持ちを落ち着けて……。
そして、お前の本心を聞かせて欲しい」
◇
初夏の日差しが降り注ぐ。
遠くのグラウンドで放課後の部活動に励む運動部員の掛け声に混じって、どこからともなくミンミンと蝉の鳴く声が聞こえてきた。
ゆっくりとひと花の言葉を待つ。
彼女は背中を向けて、固まったままだ。
俺はもう時間の感覚がおかしくなってしまい、どれくらい沈黙のときが過ぎたのかすら判然としない。
「…………わ、私も」
ひと花が、ようやく言葉を紡いだ。
「私も、優希くんのことが、…………好き」
綺麗でよく通る声が、すっと胸に染み入ってきた。
「……最初は、ただなんとなくだったの。
隣の席の男子が良い人でよかったなって。
でもどんどん気になってきて、気付けば目が離せなくなっていて……」
彼女は向こうを向いたまま、
「本当に、なんとなく好きだったの。
……でも、いまは違う。
はっきりと好きだって言えるよ。
頑張り屋さんなところも、鈍感なところも、責任感の強いところも、世話焼きなところも、ずっと一番近くで、優希くんのことを見ていたから……」
ようやくひと花がこちらを振り向いた。
まだ顔は真っ赤だけれど、その瞳にはたしかに力強い光が宿っている。
彼女は胸の前で小さな拳を握り合わせ、わずかに肩を震わせながら深呼吸をした。
「わ、わわ、私も……!
私も、優希くんのことが好きっ。
大好き……!」
ぎゅっと目を瞑ったひと花が、精一杯の想いのせた言葉を伝えてきた。
思わず胸がじぃんと熱くなる。
「俺も……!
俺もひと花のことが好きだ!」
「わ、私のほうが、きっと好き!
だ、だから、私からもお願いします。
ゆ、優希くん。
私と……。
お、お付き合いしてください!」
万感の想いがこみ上げてくる。
目の前で顔を真っ赤に染めて、産まれたての子鹿のようにふるふると震えているひと花のことが、愛おしくてたまらない。
「……もちろんだ。
これからよろしくな、ひと花」
「こ、こちらこそ。
よよ、よろしくお願いします……!」
長い紆余曲折を経た。
だがこうして俺たちは、ようやく想いを伝え合い、晴れて恋人同士となった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その日の晩は、自宅でささやかなパーティーを催した。
ひと花と俺との恋人記念日だ。
小さなケーキと、シャンパンで祝うパーティ。
今度はシャンパンも、ちゃんとノンアルコールのものを買ってある。
「なぁ、ひと花」
「な、なに⁉︎」
声を掛けると、ひと花がビクッと肩を震わせた。
告白しあったあのときから、今日はずっと彼女はこんな調子である。
「い、いや、隣にこないか?」
彼女はいつもリビングでソファに座るとき、端っこに陣取る。
きっと俺と肩を並べて座るのが気恥ずかしいのだろう。
いままでは俺も遠慮していた。
けれどももう、俺たちは恋人同士なのだ。
隣に座るようにお願いくらいしても、いいのではないだろうか。
「……で、でも」
「ほら、ここ」
ぽんぽんとソファの座面を叩く。
するとひと花は顔を赤くしつつもこちらにやってきて、肩が触れ合うか触れ合わないか、ぎりぎりの位置に腰を下ろした。
「ぅ……。
ぅぅぅ。
恥ずかしぃ……」
まだ俺たちの間には、少しぎこちなさが感じられる。
でもいまはこれでいい。
これからふたりで色んな経験をして、ゆっくりと距離をなくしていけば良いのだから――
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お読みいただきありがとうございました。
学校一のクール系美女が、俺だけにキョドる。 猫正宗 @marybellcat
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