第35話 初めてのデート
入場ゲートを通ると、まず最初に天井の高いアーケードが目に飛び込んできた。
7月を目前に控えた土曜日。
都内でも有数のテーマパークは、休日を楽しもうとする家族連れや、手を繋いだカップルなんかで溢れかえっている。
ここは人だかりを眺めているだけでも、なんだかワクワクしてくるような場所だ。
「わぁ!
優希くん、あっち見て!
テルモがいるよ!」
ひと花が着ぐるみのマスコットを見つけて駆けていく。
こんなにテンション高くはしゃいでいる彼女は、珍しいかもしれない。
これは、那月さんに感謝しないと。
俺は以前、ひと花からデートに誘うよう言われたことがあった。
でも俺たちは貧乏だ。
そして俺は、お金を掛かけずに女子を楽しませられる場所なんて知らない。
困ってしまった俺は、那月さんに相談してみた。
すると彼女はひとしきり話を聞いてから、にやぁっと楽しそうに笑い、ここのテーマパークの入場チケットを2枚プレゼントしてくれたのだ。
「優希くーん!
なにしてるのぉ?
はやく、はやくー!」
少し先でひと花が俺を振り返って手を振っている。
「はやくしないと、アトラクション混んじゃうわよー」
「わかった!
いまいくー!」
小走りで駆け出す。
俺たちは肩を並べて、テーマパークの人混みのなかに紛れていった。
◇
「さっきのフライングなんとかっていうの、凄かったねー!」
「あ、ああ、そうだな。
うっぷ……。
ひと花は、楽しそうだな。
ああいう激しいアトラクションは、大丈夫なほうなのか?」
「ええ、平気。
全然問題ないわよ。
むしろもっと凄くてもいいくらい!」
ひと花は元気いっぱいだ。
「俺はちょっときついかな。
なぁひと花。
次のアトラクションに行く前に、少しそこのベンチで休まないか?」
「あら。
まだひとつしか乗ってないのにバテちゃったの?
んふふ。
優希くんって、案外情けないのね」
「ほっとけ」
ひとつとはいっても、その最初のアトラクションが強烈だったのだ。
宙吊り状態のまま猛スピードで動き回るジェットコースター。
遠心力や無重力みたいな落下に内臓がぐるぐる掻き回されて、楽しい反面なかなかこう、胃にくるのである。
「うぇぇ……」
フラフラと歩いてベンチに座ると、初夏の晴れた青空から、燦々と日の光が降り注いできた。
「はい。
これ買ってきてあげたよ」
「ん……。
サンキュ」
ひと花から受け取ったアイスティーを、ごくごくと飲み干す。
喉を通る冷たい感触が心地良い。
見れば彼女はついでにソフトクリームを買っていて、美味しそうに食べていた。
「……な、なに?
こっちは私のだから、あげないわよ」
ボーっと眺めていると、俺の視線に気付いたひと花がソフトクリームを身体で隠した。
その仕草がなんだか子供っぽくて、微笑ましい。
「ははは。
別に取らないって」
「そう?
でも言ってくれればひと口くらい……はっ⁉︎
や、やっぱりだめ!
だ、だってそんなことしたら、か、か、間接――」
ひと花は一人で勝手に盛り上がって赤くなっている。
今日も今日とて、彼女は見ているだけで面白い。
「……ふぅ。
ちょっと回復してきた」
空になったドリンクの紙カップを手に、立ち上がる。
「さて。
お待たせ。
次はどのアトラクションにいく?」
「えっと。
私としては、今度は――」
ひと花が園内マップを開く。
俺たちは顔を寄せて、それを覗きこんだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
いくつかのアトラクションを回った俺たちは、今度は有名なサメのアトラクションを楽しんでいた。
「あー!
ジョーズが近づいてくる⁉︎
危ないっ。
みなさーん、気を付けてくださーい!」
ボートの先頭部分では、アナウンスのお姉さんが声を張り上げて、場を盛り上げてくれている。
「きゃー⁉︎
濡れちゃう!
あははははっ」
俺の隣で、ひと花もはしゃいでいる。
キラキラと太陽の光を反射して舞い上がる水飛沫を浴びて、楽しそうに笑う彼女に思わず目を奪われた。
「あっ!
そっち!
優希くん、そっちにジョーズ!」
「うおっ⁉︎
び、びっくりしたぁ」
水面からいきなり飛び出してきたジョーズに思わず仰け反る。
「きゃ⁉︎」
その拍子に俺たちの肩と肩が触れ合った。
「あ⁉︎
ご、ごめん!」
「べ、別に、大丈夫だから!
で、でで、でも、気を付けてよね」
ひと花は顔を赤くし、乱暴な口調で言い放ってからそっぽを向いてた。
だがその割には俺から離れようとしない。
なんとなく俺もこのままで居たくて、肩を触れ合わせたまま押し黙ってしまう。
「おっと!
またジョーズがやってきたぁ!
だがしかぁし!」
甲板のお姉さんが模擬銃を取り出し、水面に向かって撃ち放った。
バンッ、バンッ!
派手な火薬音がなり、客たちからワッと歓声があがる。
けれども俺もひと花も肩を寄せ合い、アトラクションが終わるまで、ずっと顔を赤くしたまま沈黙していた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
お日様が天高く登った。
楽しい時間というものはあっという間に過ぎるもので、時刻は早くも正午過ぎ。
朝の開園からずっとあちこち動き回った俺たちは、もう腹ペコである。
「うーん……」
ひと花がメニューを開いて、なかの写真と睨めっこをしながら唸る。
「……やっぱりどれも、結構いいお値段するわね」
「まぁテーマパークのレストランだからなぁ。
どれどれ。
……げっ⁉︎」
スペシャルパスタセット3千円。
どうやらこれが、このお店のおすすめランチメニューらしい。
「な、なんだこれ。
ちょっと暴利を貪りすぎなんじゃないか?
普通のお店の3倍近い値段だぞ」
それどころか、うちの喫茶店のオムライスなら7皿も食べられる価格である。
貧乏学生である俺たちには、ちょっと厳しい値段設定だ。
「あ、これ。
こっちのピザは比較的安いな。
ハーフサイズで1200円から。
よし。
これにしよう」
「……でも、パスタセット美味しそう。
うぅ。
けど節約しなきゃだし、仕方ないわよね……」
パタンとメニューを閉じる。
だがよほど名残惜しいのか、ひと花は食い入るように戻したメニューを見つめている。
そんな姿をみていると、なんだか俺はどうしても彼女に好きなランチを食べさせてやりたくなった。
「ひと花はパスタセットを頼むといい」
「え。
いいの?
でもこれ高いわよ?」
「構わないぞ。
俺は別になんでもいいから、一番安いピザにするな。
すみませーん!」
手を上げて店員さんに来てもらう。
なにか言いたげなひと花に口を挟む暇を与えず、手早く注文を通した。
「……もうっ。
前から思ってたんだけど、優希くんはそういう、ちょっと強引なところあるわよね」
「ん。
嫌だったか?」
「い、嫌じゃないわよ。
……ありがとう。
あ、そうだ!」
ひと花が妙案を思いついたとばかりに、パンと手を叩く。
「ねぇ、優希くん。
パスタセットとピザ、半分こにしましょうよ。
そうよ。
それがいいわっ」
「いや俺は――」
「いいの!
もう決まったんだから!」
どうやらいつの間にか半分ずつ食べることが決定したようだ。
でもピザはともかく、パスタを半分ずつとなるとアレコレがあると思うのだが、ひと花はそのことに気づいているのだろうか。
◇
ほどなくして、料理が運ばれてきた。
「いただきまぁす。
……ん。
美味しい。
このパスタセット、なかなか美味しいよ!」
お望み通りのランチを召し上がり、ひと花はご満悦だ。
半分ほど食べてから、俺にパスタセットを差し出そうとした彼女は、ここでようやくとある問題に気付いた。
「……あっ。
これ、わけると間接――⁉︎
あわ、あわわ……」
ひと花がキョドりはじめた。
こうなることを予期していた俺は、用意しておいた言葉で助け船をだす。
「それはひと花が全部食べちゃえよ。
俺はピザで大丈夫だからさ」
「あ、あぅぅ……」
止まってしまった彼女を他所に、残りのピザに手を伸ばすと、ひと花にその手を制された。
「ま、待って!
だめっ。
ゆゆ、優希くんはこっち食べて」
顔を真っ赤にして目をぎゅっと瞑ったまま、ひと花がパスタセットを差し出してきた。
「だ、だって半分こするって言ったから!」
ひと花は思いの外、強情だった。
結局俺たちは、ランチを半分ずつ食べた。
パスタセットは彼女の言った通り、なかなか美味しかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ランチを食べ終えた俺たちは、今度は園内をゆっくり散歩することにした。
「ひと花。
そろそろハローポッターエリアに行ってみようか」
「ええ。
楽しみ!」
ハロポタのエリアには不思議な建物や大きなお城があって、とても見応えがあった。
ふたり並んでお店なんかを見て回る。
ひと花は様々な商品を見ては、これすごいねとか、映画で観たことあるお菓子だ、なんて話しかけてきた。
俺は彼女について回り、楽しそうにはしゃぐ姿を眺めながら思う。
――やっぱり俺は、ひと花のことが好きだ。
この想いを言葉にして伝えるのは怖い。
……だけど。
だけどもう一度だけ、勇気を出してひと花に告白をしよう。
少し前を歩く彼女の後ろ姿を眺めながら、ようやく俺は、そう覚悟を固めた。
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