第14話 ひと花と相談、残金確認

 親父との国際電話のあと、書斎にいって机の引き出しから巴さんの手紙を取り出した。


 その足でひと花の部屋に向かい、ノックしてから声を掛ける。


「ひと花。

 ちょっといいか?」


「――はわぁ⁉︎

 ゆ、優希くん⁉︎

 ちょ、ちょっと待って!」


 ドタンバタンとドア越しに騒ぐ音が聞こえてくる。


 しばらく待っていると、キィっと僅かに金具が軋む音をさせながら、ドアがゆっくりと開かれた。


「ど、どど、どうしたの?」


 半開きのドアの向こうから顔だけを覗かせた彼女は、ラフな部屋着姿だ。


「この間、口座に生活費が入ってなかったって話をしたのを覚えてるか?

 その件についてさっき親父に電話を掛けたら、生活費は俺とひと花のふたりで、喫茶店で稼ぐように言われたんだ……」


「……え?

 え、ちょ、それってどういう……。

 って、ぇええ⁉︎」


 ひと花が、目をまん丸に見開いた。


「そ、そんなこと、できるわけ……!」


「ああ。

 ひと花の言いたいことはよく分かっている。

 こんな話、無茶苦茶だ!

 それで少し、この件について話し合いたい。

 リビングまで降りて来てくれるか?」


「う、うん。

 じゃ、じゃあ着替えていくから、少し待ってて」


「わかった。

 あ、それと……」


 手にしていた、封のされたままの手紙を差し出す。


「これ、巴さんからの手紙らしい。

 ひと花へって。

 降りてくるのは、これ読んでからでいいから」


 俺は廊下を引き返し、階下へと降りていった。


 ◇


 リビングへ戻った俺は、ソファに深く腰掛け、背もたれに身体を預けながら、ひと花を待つ。


 20分ほどすると、きっちり私服に着替えた彼女がやってきた。


「ご、ごめんなさい。

 ちょっと待たせちゃった」


「いや、それはいい。

 とりあえず座ってくれ」


 促すとひと花は、L字型のコーナーソファの一番隅っこに、ちょこんと座った。


「さっきの話の件だけどな。

 今回の親父はあまりに無茶が過ぎる。

 それに俺だけならともかく、ひと花まで巻き込むなんて……」


 まったく呆れた親である。


「親父にはまた明日、俺から抗議の電話を入れておくよ。

 ところでひと花。

 巴さんからの手紙には、なんて書いてあったんだ?

 今度の件に触れてたりしないか?」


「う、うん。

 書いてた。

 あ、あと、抗議の電話は、しなくていいよ」


「……しなくていい?

 どういうことだ?」


「え、えっと。

 そのことなんだけど――」


 ひと花の話によると、巴さんの手紙には今後の俺たちの生活に関わるあれこれが記されていたらしい。


 1.喫茶店での稼ぎを生活費として充てる件。


 これについては、多少考えられていた。


 どうやら俺たちは、お店の売り上げ額から仕入れ額を差し引いた残りのお金を、丸々生活費に充ててもいいみたいだ。


 俺もあまり詳しくはないが、通常お店を経営するともなれば様々な費用が掛かるはずである。


 例えば電気、ガス、水道代に始まり、電話代、店舗の家賃、備品や壊れたものがあれば修繕もしなきゃならないし、きっと他にもお金はいるのだろう。


 でもそれらは丸ごと、親父たちが那月さんを通して支払ってくれるとのことだ。


 2.生活費として考えるべき範囲。


 こちらも限定的で、食費と携帯代と電気、ガス、水道代。


 あとは自分たちのお小遣いや、買い物に掛かる金額を賄えばよいとのこと。


 学校関連の費用だったり保険、税金なんかは特に考えなくていいし、もともとうちは持ち家だから家賃についても除外していい。


 ◇


「……という事みたいなの」


「なるほど……。

 それならまぁ、うーん。

 なんとかならなくもない……、か?」


 いや、これは大事なことだ。


 ちゃんと試算してみよう。


 まずは食費。


 俺は昼弁当で、ひと花は学食。


 朝晩はふたりとも自宅だ。


 学食はそんなに高くないし、自炊中心であることを考えると、多く見積もっても月に4、5万円もあれば足りるだろう。


「……なあ。

 ひと花は携帯代っていくらくらい?

 あと買い物したり友達と遊びにいったり、毎月どれくらい必要だ?」


「ん、んと……。

 全部で2万円くらいかな。

 休みの日にお母さんの喫茶店を手伝って、毎月それくらいもらってた」


「そっか。

 わかった」


 毎月1万円ほどの俺より多い。


 女子だけあって、男子より買い物なんかにお金を使うのかもしれない。


 あと水道光熱費は、ここ数ヶ月分を調べてみたら毎月2〜3万円くらいだった。


「つまり、毎月10万円ほど喫茶店で稼げればいいわけか……」


 喫茶店は平日放課後と日曜に営業するから、月辺りの営業日は平日20日、休日4日くらい。


 だとすると例えば平日は1日3千円、休日は1日1万円を、俺とひと花の二人掛りで稼ぎ出せばいい計算になる。


 こう考えると、案外楽勝なんじゃないかという気もしてきた。


「ゆ、優希くん。

 やりましょう。

 わ、私、やりたい」


「……なんだ、ひと花。

 やけに積極的だけど、なにか理由があるのか?」


「べべべ、べっつにぃ!

 ちょっと楽しそうかなって、思っただけだし!」


 彼女が顔を赤くして、不自然にそっぽを向く。


「そっか。

 それはそうと、巴さんからの手紙には、ほかにはなにも書かれてなかったのか?」


「――ッ⁉︎

 か、書いてない!

 なんにも書いてないから!」


 またひと花がキョドりだした。


 最近は少しずつマシになり始めてきていると思うのだが、やっぱりまだ彼女はたまにこうなるのだ。


「……ま、そうだな。

 とりあえず、やるだけやってみるか」


 ひと花もやる気になっていることだし、俺は親父たちからの無茶振りを、受け入れてみることにした。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「それはそうと、ひと花。

 これから自分たちで稼いで暮らしていくにあたって、いまの俺たちの財政状況を把握しておきたいんだ」


 俺は財布と残りの生活費を取り出し、中身を数えていく。


「ひのふのみの……」


「ぷふっ。

 優希くん、おじいちゃんみたい」


「う、うっさいな。

 えっと、俺は8万8,624円持ってた」


「え?

 ゆ、優希くん、お金持ちだったのね」


「月初に親父から、当月分の買い出しなんかのお金を預かってたからな。

 んで、そっちは?」


 ひと花が自室に戻って、財布とお金を持ってまた降りてくる。


「わ、私は2万と221円。

 これからお金の管理どうしよう。

 こ、これ、優希くんに預けておいたほうがいい?」


「そうだなぁ。

 小銭はともかく、大きいのは合わせて箪笥に入れておいて、お互い必要なお金だけ持っておくことにしようか。

 しかし全部で10万8千円かぁ。

 ちょっと心許ないなぁ。

 喫茶店の稼ぎがどうなるかもまだ分からないし、これからしばらくは、節約を心がけていったほうが良さそうだな」


「うん。

 そ、そうしましょう」


 週末の土曜には那月さんがやって来る。


 そうすれば喫茶店も本格始動だ。


 とりあえず今日はここまでにして、俺たちはもう自室で休むことにした。

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